我が家の災害備蓄品を公開します! cha_chan 2017.05.11 11 6,129 0 東日本大震災のような大きな自然災害が起こった直後に高まる防災意識も、時が経つと徐々に意識が低下してきてしまいます。 我が家でも2012年に災害備蓄品を買い揃えてから、その後家族も増えているのに、そのまま現在まで放置してしまいました。防災意識が低下する中で、何が
いわきオリーブ麺、買って作って食べて助け合いのバトン ~ちゃっこいメッセージ~ jina 2017.05.09 9 2,605 0 オリーブの花言葉は「平和」です。 日本でオリーブの産地と言ったら小豆島ですが、福島のいわき市でもオリーブが栽培されています。 NPO法人 いわきオリーブプロジェクトぐるっといわき 2010年、いわき市の地域活性化プロジェクトとして「オリーブプロジェクト」を立ち上げら
避難ルートを実際に歩いてみました。~熱海・サンビーチ編~ pamapama 2017.05.01 9 5,255 0 海の自然に恵まれた伊豆に住んでいるので、子供を連れてよくいく海がいくつかあります。そんな時「もし津波が来たら」という考えは必ず浮かぶのですが、同時に「きょうは大丈夫だろう」という甘い気持ちが必ずどこかにあります。 でもそんなことではいけません。東北地方に伝
天皇陛下より1歳年下の桜並木 hometown_of 2017.04.28 1 1,477 0 釜石市唐丹には桜の名所がある。かつての唐丹村の南から北までずらりと2000本以上も植樹された桜並木だ。 花びらが散り始め、若葉の緑が目立つようになっても、その美しさには息を呑む。この時期の平日でも、桜を愛でにやってくる人の姿がぽつりぽつりと見られる。 幹の雰囲気
【アバッセたかた】工事現場で驚いたこと hometown_of 2017.04.22 10 8,081 0 陸前高田の高田地区につくられる新しい中心市街地アバッセたかた。オープンは4月27日の予定。今月15日の撮影だから、オープンまでもう2週間を切っている。 建物の中ではテナントの開店作業が行われている。同時進行で外構や周辺の道路では工事が進められている。工事現場から
熊本地震から1年「つながっている絆」 hometown_of 2017.04.14 1 1,471 0 2月に岩手県遠野市で開催されたひな祭り会場には、熊本県菊池市からのお客さんを歓迎する看板が掲げられていた。遠野には菊池姓が多いことから(人口の約4分の1も菊池さんいるのだとか!)交流が始まり、1998年に友好都市になった。 東日本大震災のとき遠野市は、甚大な被害を
だって孫っこが… hometown_of 2017.04.11 4 1,138 0 最近では震災当時の話を聞くことは少なくなった。何度も繰り返し同じ話をしてきたから、当時の話をしたからといってどうにもならないから、あまり思い出したくないから…。理由はいくつもあるだろう。震災後しばらくは、わたしのように外から来た人に震災の話をしてくれる人が
生きているということ hometown_of 2017.04.11 1 1,198 0 ここに写っているの、たぶん私なのよ。 陸前高田のコミュニティホールのエントランスで行われた津波写真展で、避難所となった体育館の写真を指差しながらAさんは話し始めた。数えきれないほどの人がいる体育館の写真の片隅。Aさんとはとても判らない小さな人影を指差しながら
【復興支援ツアー2016】震災の語り部さんのお話 leoleo 2017.03.24 4 2,054 0 今年も会社で実施している東北復興支援ツアーに参加をさせていただきました。 去年までは各自で計画を立てて行動する内容でしたが今年は会社の方でプランを立てていただいたツアーとなりました。 今回のツアーで自分が最も印象に残っていることは、バスの中で震災の語り部さん
【復興支援ツアー2016年度レポート】目指せ「津波伝承 女川復幸男」優勝!石巻・女川の旅 akaheru 2017.03.24 3 6,594 0 2017年3月17日から2泊3日で復興支援ツアーに行ってまいりました! 今回の目的は下記です。 ・女川、石巻を中心に回り、震災発生から6年が経過した今、現地がどのように変化しているかを実際に見て回る。 ・旅先で食事、買い物をすることで、少しでも現地に貢献する。 ・3月18
【復興支援ツアー2016】 大川小学校で感じた事 baikinman 2017.03.24 4 3,334 0 今回で3度目の訪問。大川小学校はいつ来ても風が吹き寒く感じます。 校庭に面した円形の教室は、柱だけ残っており、風が通り抜けていきます。 見て分かる通り、大川小学校はとてもモダンな設計の校舎です。 そのため、今まで校庭に面した部分はガラス張りになっていて、だから
モアイ像の視線の先に hometown_of 2017.03.17 3 1,815 0 南三陸のモアイ像が何かを見つめている。 モアイ像はチリ地震をきっかけに生まれた南三陸とチリ国の友好から、東日本大震災後に贈られたもの。これまでは、仮設のさんさん商店街をじっと見つめてきた。 そう、モアイ像が見つめているのは、かつてさんさん商店街があった場所。
3月13日、陸前高田で震災写真展が始まる hometown_of 2017.03.17 3 1,399 0 コミュニティホールのエントランスでは、語り部の釘子屋さんによる震災写真展が始まり、訪れる人が写真に見入っていた。 釘子明さんは言う。「陸前高田の人は震災を忘れてしまっている。外の人たちよりもむしろ、被災した人の記憶が風化している」と。 震災当日の写真、避難所
怒りの炎です 51mister 2017.03.12 5 1,747 0 震災から6年が過ぎました。 震災で亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。 タイトルが「怒りの炎」であるのは、震災に対してではありません。 復興が全く見えない地域があります。 原因は震災の被災ではありません。 原発事故の被災です。 震災と原発事故を一緒
アバッセの看板が掲出される【2017.3.11】 hometown_of 2017.03.11 1 2,001 0 3月11日2時半過ぎ、陸前高田のかさ上げ地に建築中の「アバッセ(Abasse)」の敷地東側に、施設名を示す看板が掲出された。 防災無線で黙祷が呼びかけられた時間をはさんで、現場では看板のベース部分の工事が続けられていた。3.11に合わせての看板お披露目かと思って作業員さ
消防隊員の最後の砦 hometown_of 2017.03.11 5 2,303 0 一本松茶屋の駐車場に見慣れない白い箱のようなものが設置されていた。地震の揺れを体験するための起震施設? と思って声をかけてみた。 「すいません、これ何ですか?」 返ってきたのはこんな言葉。「どうぞ、中に入ってみて下さい」 「東日本大震災では多くの消防隊員が命を
砂の降るまち iRyota25 2017.03.03 6 4,562 0 ザザザザッと信じられないような音を立てて砂が吹き付けてくる。 陸前高田。復興工事の真っ最中。 ここは4月27日オープン予定の中心市街地。左手には店舗ビルが見えるはずなのだが、見えない。 風が吹けば、かさ上げ現場から砂埃が容赦なく吹き付けてくる。ふだんでも、日常的
【遺構と記憶】国道45号線のポール基部 iRyota25 2017.02.13 2 2,082 0 ここは陸前高田、海沿いを走る国道45号線。津波に引きちぎられた道路案内表示のポールが痛々しい姿のまま残っている。 赤い看板の「オカモト」は、被災したその場所で営業しているガソリンスタンド。看板には「津波到達高さ」の表示がある。三角形の建物は道の駅タピック45。
WILDLIFE in TOHOKU「くるみとカラス」 iRyota25 2017.02.03 5 1,890 0 写真の中にくるみの実があるの、わかるかな? ほら、こっちの写真には、1ッコ、2コ、3コ6個は写っているみたい。 くるみの樹は川や沢の近くの日当りのいい場所で大きく成長するそうで、東北の川沿い、たとえば写真を撮影した気仙川の岸辺にもたくさん生えている。大きな立派な
中浜小学校で出会った「ひと」 iRyota25 2017.01.29 2 1,391 0 仙台市から海沿いの道を南へ走っていくと、こんもりとした丘がいくつも見えてくる。巨大防潮堤の代わりに、丘とそこに植えた樹木で津波被害を軽減しようという千年希望の丘の群れだ。そこからさらに南に向かってどんどん走って宮城福島県境あたりまで来ると、荒涼というほかな
2016年から2017年へ。「正月早々のいい話」 iRyota25 2017.01.07 2 1,963 0 正月早々いい話を聞いた。お正月だからといって、松竹梅とか一富士二鷹三茄子みたいな縁起ものの話ではない。その話とは、町会費の積み立てでリヤカーを買ったという話。どうしてリヤカーがいい話なのか、少しの間おしゃべりにおつきあいいただけたら幸いだ。 高齢化ニッポン
これが津波? iRyota25 2016.12.25 4 2,127 0 もしかしたらこれも津波の余波なのだろうか。11月22日の津波警報が解除された後、予定を変更して気仙沼に向かう途中、沿岸の町で海が盛り上がるような景色を何度も目にした。 宮城県沿岸部に津波警報が発令されたのは、地震発生からほぼ2時間が経過した午前8時過ぎのこと。仙
津波警報発令。その時わたしはどう行動したか iRyota25 2016.12.24 2 6,721 0 その朝、わたしは仙台市の隣の多賀城市にいた。前の日に鹿島神宮で「どうかこれ以上、地震や天災で人々が苦しみませんように」と願をかけた後、歌枕として有名な「末の松山」の写真を撮影するために、多賀城で夜明けを待っていた。 三十六歌仙の一人清原元輔が詠んだ「契りき
車は、いざという時にすぐに逃げられるように停めなきゃ iRyota25 2016.12.14 3 2,776 0 何気ない日常の光景から被災地の実情が見えてくる。 写真は夕暮れ時の大型スーパーの駐車場。写っている車はすべて前に向いている。つまりバックで停めて、前進で出庫できる方向に停められている。 東北の被災地では駐車している車の多くがこの形。私自身、東北に来たばかりの
もう地震はイヤだと鹿島神宮に祈ること iRyota25 2016.12.11 3 1,968 0 鹿島神宮に参拝しに行ってきた。といって、剣術が上手くなるようにといった願掛けに行ったのではない。 鹿島神宮の奥宮のさらに奥には、古くから知られる秘石がある。「要石」。この石に地震が起きないように、もしも起きたとしても大きな被害を引き起こさないように祈願する