海辺の地をゆく「気仙沼・岩井崎」 2013年4月17日 iRyota25 2013.05.31 5 2,919 0 2013年4月17日(769日目)の宮城県気仙沼市・岩井崎 陸中海岸国立公園の最南端、豪快な潮吹き岩で知られる岩井海岸。 三陸のリアス式海岸を縫って走る国道45号線沿いを走ると、たくさんの観光看板のお出迎えを受ける。 しかし、あれだけの大震災だ。しかも1m近い地盤沈下。潮吹
想像以上の大きさ!石巻の津波避難タワー iRyota25 2015.12.31 5 3,379 0 想像以上に大きい。石巻市が整備を進めている津波避難タワー。その第1号として市東部の渡波地区に2015年3月に完成した「大宮町津波避難タワー」は高さ約13メートルの鉄骨造。冬期の気温に考慮して、高さ10メートルの位置に約120平方メートルの居室も設けられている。 津波避難
マンモス防潮堤が攻めて来ると… 海辺はたいへん!! iRyota25 2013.12.02 1 3,152 0 マンモス防潮堤が攻めてきた!! これまでにない斬新なイラストだ。ぱっと見たところは可愛らしいのだが、よく見てみるとドキッとする。 5階建てビルの高さの建造物が海と陸地の間にずだーっと続く光景、想像できますか。その高さ、奈良東大寺の大仏さまとほぼ同じ。マンモス
大船渡駅前の時計塔 iRyota25 2013.10.24 1 2,405 0 3時24分。津波が町に到達した時間で時計は止まっている。 時計塔がいまも立ち続けているのは岩手県大船渡市の沿岸部、大船渡駅前。 港からは200mも離れていない。 駅の東側を南北に走る県道230号線。大船渡駅と盛駅、ふたつの市街地を結ぶ線路に沿って走る道。国道と並行する
海辺の地をゆく「いわき市薄磯・豊間」 2013年6月22日 iRyota25 2013.07.09 3 3,107 0 2013年6月22日(834日目)の福島県いわき市薄磯・豊間 塩屋埼灯台。 美空ひばりファンならきっと訪れたことがあるだろう。「みだれ髪」の歌が流れるスピーカー内蔵の歌碑や、永遠のひばり像が建てられた観光スポット。木下惠介監督の映画「喜びも悲しみも幾歳月」の記念碑もあ
原発から10km。富岡町のいま iRyota25 2013.06.28 5 9,522 0 JR常磐線富岡駅。 たんまりと水がたまった「立入り禁止」の標識。 印刷した紙をパウチしたものらしいが、 虎ロープに括り付けるための小さな穴から入ってきたのだろうか。 原発事故から2年余り、警戒区域に指定され続けていた時間の重さを感じる。 月の下交差点から駅方向へ
被災地を埋める白いクローバー(2013年6月4日の陸前高田) iRyota25 2013.06.14 5 1,917 0 こうして眺めていると、 なんだか夢の中にいるみたいだ。 すぐそばで動いている重機の音もかき消されて、 空から鳥たちの声が聞こえてくるような気がしてくる。 でも、現実の陸前高田は、走り回る大型ダンプや、働き続ける重機の音に満ちている。鈍い音、甲高い音、連続する音
海辺の地をゆく「気仙沼・波路上」 2013年4月17日 iRyota25 2013.05.29 4 2,142 0 2013年4月17日(768日目)の宮城県気仙沼市・波路上(はじかみ)の海岸 三陸海岸を南北に貫く国道45号線。 南から気仙沼に向かい、陸前階上駅(BRTとして運行中)の手前から東に少し走ると太平洋に突き当たる。 岩井崎はリアス海岸の景勝地。海辺の岩が潮を吹く眺めが人気の場所
海辺の地をゆく「気仙沼漁港」 2013年4月17日 iRyota25 2013.05.20 3 1,976 0 2013年4月17日(769日目)の宮城県気仙沼市・気仙沼漁港 早朝の気仙沼漁港に散歩に行ったら、埠頭は工事用の資材や重機でいっぱいで、とっても忙しそうな状況でした。 上の写真で積み上げられた、黒いゴムのようなものは、防舷材とよばれる係留用の資材です。左の写真のように
海辺の地をゆく「石巻市・巻石」再訪 2013年4月15日:時代を越えて伝えられていくもの iRyota25 2013.05.15 5 3,176 0 2013年4月15日(767日目)の宮城県石巻市・巻石、住吉公園 以前にも写真で紹介した石巻の巻石を撮影していたら、ご近所のおじさんが自転車でやってきて、立ち話でいろいろ教えてくれました。 海辺の地をゆく「石巻市・巻石」2012年11月17日 石巻の町の名前の由来ともされる巻
海辺の地をゆく「若林区荒浜」2013年4月18日 iRyota25 2013.04.23 1 4,359 0 2013年4月18日(震災から770日目)の宮城県仙台市若林区荒浜地区 ここは仙台市です。100万人以上の人々がくらす政令指定都市です。東北一の大都市です。震災から2年以上、769日もの月日が過ぎた現在の仙台市の光景です。 荒浜の住民たちは津波に対する意識が高かったといいま
海辺の地をゆく「楢葉町・山田浜周辺」2013年3月7日 iRyota25 2013.03.27 2 3,220 1 2013年3月7日(震災から728日目)の福島県双葉郡楢葉町。山田浜から山田岡の周辺 かつてゲートがあった場所、Jヴィレッジ。サッカーの聖地は原発事故から日本を守る最前線になりました。警戒区域が縮小された今も、Jヴィレッジ周辺には緊張感が張りつめています。(警察車両や
海辺の地をゆく「楢葉町・木戸」2013年3月7日 iRyota25 2013.03.08 4 3,461 7 2013年3月7日(震災から728日目)の福島県楢葉町・木戸 福島第一原発の爆発事故の後、長く警戒区域として町全域の立ち入りが禁止されてきた福島県楢葉町。警戒区域が解除されたのは2012年8月10日。東日本大震災から518日目のことでした。それからさらに200日以上が経過した現
海辺の地をゆく「石巻市・鮎川」2012年11月21日 iRyota25 2013.02.25 3 2,939 2 2012年11月21日(震災から622日目)の宮城県石巻市・鮎川漁港 宮城県の沿岸部で、太平洋に向かって突き出している半島が牡鹿半島です。その先端には奈良時代の昔から人々の信仰を集めてきた金華山が浮かんでいます。リアス式海岸の豊かな海はカキやホタテ、ホヤなどの養殖場は
海辺の地をゆく「七ヶ浜町・菖蒲田」2012年11月16日 iRyota25 2013.02.22 1 2,940 3 2012年11月16日(震災から617日目)の宮城県七ヶ浜町・菖蒲田海岸 仙台市の中心部から約20km。七ヶ浜町に入ると海辺の町の匂いがしてきます。東と北に松島湾、南側に広がる仙台湾に囲まれた七ヶ浜町は、仙台のベッドタウンでありながらリゾート地でもある場所。どことなく湘南
海辺の地をゆく「警戒区域北部」2012年1月21日 iRyota25 2013.02.21 2 5,507 3 2012年1月21日(震災から317日目)の南相馬市小高区~浪江町~双葉町~大熊町 東日本大震災から1年がたとうとしていた、いまから1年ほど前の「警戒区域」。許可証を持って区域内に入った方から提供していただいた写真から、当時の状況を振り返ります。 南相馬市原町区大甕(お
海辺の地をゆく「石巻市・佐須浜」2013年2月1日 iRyota25 2013.02.14 3 5,411 1 2013年2月1日(694日目)の石巻市渡波漁港・佐須浜 今回はこれまでで初めて、地元に詳しい方に海辺の地を案内していただきました。 案内人は竹内久古さん、古里裕美さんのお二人。訪ねた場所は石巻市佐須浜。万石浦の入り口に当たる渡波港の西側に位置する海辺の集落です。上
海辺の地をゆく「石巻市・巻石」2012年11月17日 iRyota25 2013.01.24 1 2,700 0 2012年11月17日(618日目)の宮城県石巻市・巻石 石ノ森萬画館がある中瀬から、旧北上川の300メートルくらい上流に小さな中州があります。石巻の歴史の中で、中瀬が産業の揺籃(ゆりかご)だとしたら、こちらの中州は石巻という地名の由来となった場所。源義経の伝説も残る由
海辺の地をゆく「石巻市・中瀬」2012年11月20日 iRyota25 2013.01.23 2 2,763 2 2012年11月21日(622日目)の宮城県石巻市・中瀬 旧北上川の河口を中心に町並みが形成されてきた石巻。川の中州の中瀬は、大河と海をつなぐ港として、江戸時代から栄えてきた。江戸の町で流通していた米の半数が、伊達藩や南部藩などから石巻経由で運ばれたものだったといわれ
海辺の地をゆく「女川町・清水」2013年1月31日 iRyota25 2013.02.01 3 2,827 3 2013年1月31日(693日目)の女川町清水・日蕨地区 「海辺の地をゆく」というタイトルなのに、どうして山の風景なの?あの日、このすぐ近くの清水地区仮設住宅のあたりまで、海が広がったのです。女川で津波というと、建物が消えた町なかや岸壁が壊された港、積み木のように転
海辺の地をゆく 「石巻市・南浜」2012年11月21日 iRyota25 2013.01.17 2 3,518 0 2012年11月21日(622日目)の宮城県石巻市・南浜 見たところ、ただ美しいばかりの砂浜だが、ここは宮城県石巻市。被災地のシンボルのひとつとしてたびたび紹介される門脇小学校から歩いて行ける浜辺。写真の角度から180度振り返ると、日和大橋が旧北上川を越えて湊地区へ続く
海辺の地をゆく「石巻市・雲雀野町」2015年8月2日 iRyota25 2015.08.03 3 2,594 0 2015年の「石巻・川開き祭り」の翌朝(あの日から数えて1,606日目)、門脇・南浜地区の海岸線沿い、雲雀野町の浜辺にには砂地に巨大な鋼管が並んでいた。 鋼管は砂に垂直に埋められて、互いにジョイントで繋がれているのだけれど、真横から見るとモアイ像が並んで海を見つめて