狩野川にかかる新城橋や塚本橋の下も冠水しました。ハザードマップでオレンジで囲んだ三つのうちいちばん下のエリアは函南町塚本地区。こちらはあとで触れます。
上の細長いオレンジが三島市長伏方面から新城橋・塚本橋へ向かう県道140号。こちらも冠水して通行止めになりました。
ハザードマップの左下、赤い線が大きく蛇行しているところは沼津市と三島市の境界。狩野川の東岸なのに三島市じゃなくて沼津市になっています。
この場所を下の地形分類図で見ると、記号が示すのは「旧河道」。「旧河道」というのはむかし河川だったところです。つまりむかしの狩野川はこのようにぐにゃっと曲がっていて、沼津市と三島市の境界はその頃に定められたんですね。
そういえばわたしたち地元民はここのことをまさに「旧川(きゅうかわ)」と呼んでいました。一般的には「松毛川」とよばれるこの湾曲した川も今回かなり水位が上がったそうです。
函南町間宮(まみや)地区、塚本地区、肥田(ひた)地区
オレンジで囲ったうちいちばん上のエリアは函南町の間宮地区。「スーパーあおき函南店」へ買い物にいく途中の道路は泥で茶色っぽく、駐車場には冠水した水が引いたあとの乾いた泥が残っていました。
ハザードマップ左のオレンジ囲みが塚本地区。道の駅「伊豆ゲートウェイ函南」や「めんたいパーク」のあたりが広く冠水したそうです。
その右のオレンジ囲みが肥田地区。136号線の道幅が狭まるあたりから冠水したようです。地形分類図を見ると、いずれも氾濫平野や旧河道ですね。
伊豆の国市長崎地区、原木(ばらき)地区
伊豆の国市では上のオレンジ囲みの長崎地区が広く冠水したのをニュースで見ました。
ハザードマップ左のオレンジ囲みは原木地区あたり。川の近くにある友達の実家は床上浸水でした。
わたしが通った14日も道には泥の茶色が残り、公民館では地区の方たちが水に浸かったと思われる家具など、たくさんの大きなゴミをまとめていました。
ハザードマップでは洪水が想定されている濃い青色であり、地形分類図ではやはりここも氾濫平野。長崎地区には旧河道も見えますね。
伊豆の国市宗光寺(そうこうじ)地区、小坂地区
ハザードマップ左端のオレンジ囲みは伊豆長岡方面から大門橋へ向かう道路。ここを走った時にも泥の茶色が残っているのを見ました。
ハザードマップ上の細長いオレンジ囲みは伊豆の国市宗光寺地区の136号線沿い。12日に「天一ラーメン」さん付近が冠水している画像を地元の方のツイートで見ました。地形分類図を見ると、狩野川と旧河道に挟まれた氾濫平野であることがわかります。
自分はどんな場所に住んでいるのだろう
以上、狩野川水系の近隣市町の冠水被害について見てきました。あくまでもわたしが見聞きしたエリアだけですので、ほかにも「ここも冠水したよ」というところがあったらコメント欄で教えてくださると参考になります。
森林が国土の大部分を占める日本では、平野部に都市機能が集中するのは避けられず、自然と人口もそこに集まります。
しかし狭い日本にわずかにある平らな部分は、みんな氾濫平野や扇状地と言った「川が運んだ土砂でできたもの」ですから、川が時おり起こす自然の脅威を忘れてはいけません。
さらに、今回の台風では冠水などの水害だけでなく、山間部での土砂崩れ、そして断水や停電といった二次被害も多くの人々を苦しめています。
また、伊豆に限らず「暴風雨の中で避難するのは危険ではないのか」「指定避難所が満杯で移動するように言われた」「そもそも指定避難所は本当に安全な場所なのか」などの疑問や困惑の声が全国で上がっていました。
今回各地で繰り返されたアナウンス「命を守る最善の行動を取ってください」とは、自分の住む街で、どんな災害の時にどう動くことなのか。ハザードマップや避難所の存在は「材料」や「選択肢」に過ぎないのかも知れません。深く考えされられます。
氾濫を食い止めた功労者
とにもかくにも、川の始まりである湯ヶ島で観測史上まれにみる大雨が降ったにも関わらず、狩野川本流の中流域・下流域では水が堤防を超えることはありませんでした。
狩野川がこのとてつもない量の濁流をなんとかこらえてくれたのは「狩野川放水路のおかげ」だと言われています。
国土交通省沼津河川国道事務所は台風最接近前の10月11日(金)に災害対策支部を設置。狩野川が一定水位に達した場合に備えて、狩野川放水路を開けるためのゲート操作を確認していました。
そして翌12日(土)、狩野川放水路は早朝から開放されていました。
狩野川放水路とは
狩野川放水路は、静岡県田方郡江間村(現・伊豆の国市)墹之上(ままのうえ)からショートカットして沼津市口野の江浦湾を結ぶ水路。
1951年から建設が始まったものの、狩野川台風が1958年9月に伊豆地方を襲い、残念ながら非常に大きな被害が出てしまったため、当初2本だったトンネルを3本に計画変更したんだそうです。
そして1965年7月、最大で毎秒2,000立方メートルを分流することができる狩野川放水路が完成しました。
先にも触れたように、ツイッターでは狩野川放水路が今まで見たことのないような激しさで濁流を放出し続けている姿を見ました。もし放水路がなかったらと思うとゾッとします。
しょっちゅう通る「ふだんの放水路」はとてもヒマそうに見えます。しかしできるだけヒマな姿であり続けてくれるのがいいんですね。
台風19号は日本列島を去りましたが、人々の苦しみは終わっていません。被害を受けた方々が1日でも早くもとどおりの生活に戻れるよう願っています。
最終更新:
baikinman
狩野川の情報は、友達とのラインから入手していました。
Twitterが有効なのですね。
災害時の情報入手の一つとして利用したいと思います。
pamapama
twitterだと友達以外からの情報も入ってきますからね。ただし今回も「○○だと聞いた」とか「○○らしい」という発信の仕方は多かったので、情報の見極めは大事だと思いました。
orangeoor18
> 狩野川河口から3番目の橋である御成橋(おなりばし)のすぐ下まで水が来ている画像
昼間の段階でこの橋よりもさらに河口寄りの場所でも川の水が溢れそうな状態だったので自分も心配でした。
>「そもそも指定避難所は本当に安全な場所なのか」
河口付近は川沿いから数メートルの範囲は浸っていました。その周辺に避難所もあり、今回の件であらためてこちらのような疑問もわきました。今後起こり得る災害時に備えて、どのように行動するか考えてみたいと思います。
pamapama
狩野川沿いの方は不安だったでしょうね。公民館などは特別に安全を考慮した場所ではないことも多いでしょうから、スペースを考えると各学校の2階以上の階が果たせる役割は大きいと思います。
cha_chan
私の住む静岡県西部の掛川では幸い台風19号による大きな被害はなかったようですが、自宅の裏に流れる川が増水して怖かったです。掛川の中心を流れる逆川は氾濫危険水域を超えて、ツイッターであと一歩で氾濫する状態の映像がアップされていました。掛川でも地域によっては避難勧告が出ていましたが、身の危険を感じたら勧告を待たずに自分で考えて避難しなければ、と感じました。
pamapama
「逆川」という名前がなんとなく氾濫や逆流をイメージさせますね。。。場所や時間など、判断は本当に難しいと思いますが、時間としては早いに越したことはないんでしょうね。。
akaheru
台風19号は本当にすごい風でした。
娘ちゃんも大変でしたね・・。
>ほかにも「ここも冠水したよ」というところがあったらコメント欄で教えてくださると参考になります。
こういった地元の情報がピンポイントで簡単に収集できると便利ですよね。
「もうちょっとで危険水準に」という段階で知れると更にいいのですが・・・。
pamapama
いくら情報を収集しても結局は自分の現状というか「窓からの見た目」とかが判断基準の大きなところを占めてしまいそうです。もっと先を見て早めの判断をしないといけないんでしょうね。