初めてのヒッチハイク ~その4~

sKenji

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ベランダで朝食を

翌朝は7時過ぎに目が覚める。

ベランダに出てみると、ピーターが一人で居た。

「おはよう」と声をかけると彼も

「おはよう、よく寝れたかい?」と挨拶を返してくれた。

ピーターの脇にはノースフェイスの寝袋が置いてあった。

「ベランダで寝たの?」と聞くと

「そうだよ」と笑って言った。

そのままピーターと二人で話をしていると、ティムも目を覚まして話に加わった。
緑が美しい清々しい朝だった。鳥のさえずりが聞こえるベランダで朝食をすませると、僕は出発準備を始めた。ティムの話では、10:30に村の停留所にバスが停まるという。

バスの行き先はフレズノではなく、マーセドだ。当初は、フレズノでバスを乗り換えて、サンフランシスコ行きを考えていた。しかし、昨日の夜、ベランダでティムたちと話をしていた時に、ふと、アメリカの大草原が見てみたいと思った。僕は、ティムとピーターに

「どこまでも続く大草原が見てみたい。どこに行けば見ることができる?」と聞くと、ティムは

「カンザスのあたりまで行けば見れるだろう」と教えてくれた。

日本から持ってきたガイドブックでカンザス州の位置を確認してみる。しかし、いささか遠すぎる。他にも行きたい場所があり、日程を考えると時間的に難しかった。

「時間的に厳しいよ」と言うと、ティムは地図を何枚か持って来てテーブルの上に広げた。3人で地図を覗き込む。

しばらく見ていると、デンバーとアルバカーキの中間あたりに「Grass Land」と書かれている地帯を見つけた。そこまで行けば大草原が見れるのだろうか。僕は、Grass Landと書かれた場所を指で示しながら、

「ここまで行けば、草原を見ることができる?」と聞くと、二人は顔を見合わせて
少し迷っている表情を見せた。そして、

「たぶん」と言った。

自信のない返事が気にはなったが、僕は、Grass Landに行こうと思った。

「サンフランシスコはやめて、Grass Landに行くよ!」と二人に言うと、ティムは

「分かった」と笑いながら言って、「この地図を持って行け」と見ていた2枚の地図をくれた。

そんな訳でサンフランシスコ行きはなくなり、代わりGrass Landを目指す事にした。近くまで行けば何とかなるだろう。とりあえず、マーセドに行ってバスを乗り換え、デンバーまで行くことにしたのだった。

別れ

出発の支度を終えると、残り時間を惜しむようにお気に入りのべランダで、彼らと話をする。

バス到着予定時刻の15分前に家を出た。僕は、もう一度改めてティムの家を見る。大きいとも言えないし、綺麗ともいえない。けれど、アメリカらしいゆったりとした造りで、ぬくもりが感じられるこの家が好きになっていた。

ティムの車でバスの停留所に向かう。

途中、昨日は暗くてよく分からなかった村の全容を見る事ができた。本当に小さな村だった。ヨセミテからバスに乗っていたならば、きっと僕の目にはただの通りすがりの普通の村に映ったことだろう。ヨセミテバレーで川遊びに誘ってくれた学生クライマーと運命のいたずらに感謝した。

村にひとつだけある停留所までは、すぐだった。

到着して、バス停で話をしていると間もなくバスがやって来る。出会いがあるからには別れは必ずやってくる。それは旅に限った事ではなく、出会った瞬間に定められていることで、どうしようもないことだ。あたりまえのことであり、それはわかっている。けれども、彼らともっと話をしたかったし、もっと一緒に居たかった。

ティムは別れ際に「バスの中で食べろ。」とプラムを1個くれた。

短かい時間だったが、彼らは素敵な思い出をくれた。僕は何度もお礼を言った。つたない英語で、できる限りの感謝の気持ちを伝えた。そして、最後にもう一度、御礼を言うとバスに乗り込む。

バスは僕を乗せると発車した。トロトロと村の道路を走る。二人は手を振っていた。僕も振りかえす。たった1日だった。いや正確には1日にも満たない時間だった。けれども僕にとって、彼らはそんな時間の短さを忘れさせるくらいの存在になっていた。

彼らが小さくなっていく。ティムとピーターはまだ手を振っていた。

僕も最後に窓から大きく手を振り返した。

バスが右折して村の小道から大きな道路に入ると、彼らが完全に視界から消えた。
寂しさと切なさが残った。


こうして、僕の人生初のヒッチハイクは終わった。死ぬまで忘れることができない一日だったと思う。

マーセドに向かうバスの中、僕は少し感傷的になっていた。ティムからもらったプラムをかじって食べると、彼の優しさが伝わってきた。甘酸っぱい味だった。

<終わり>

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Text:sKenji

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