これまでの話
ティムの家
1時間近く走っていたのだろうか。ティムの住む村に着く。
山間の小さな村だった。
彼の家は山の中にあり、平屋建てのアメリカらしい開放的な雰囲気を持った家だった。家に着くと、彼はグレイハウンドのオフィスに電話をして、バスの時刻について聞いてくれた。グレイハウンドとは、アメリカの長距離バスの代名詞的存在な会社で、アメリカ全土に路線を網羅しているバス会社だ。
彼は、電話を終えて受話器を置くと、
「もう、今日はバスはない。遅いからうちに泊まっていった方がいい。家族はサマープログラムでキャンプに行っていていないから気にしなくていいよ。」と、僕に向かって言った。
サマープログラムとは、夏休みに子供がキャンプや旅行に出かけるもので、アメリカでは夏の恒例行事のようなものらしい。突然の話で一瞬びっくりしたのだが、僕は彼の申し出を喜んで受けた。
出発前、旅先で現地の人と交流することができればと思っていたのだが、まさか、泊まることになるとは思ってもいなかった。先程まで、いったい今日、自分はどこに泊まり、どうなってしまうんだろうという不安も大きかっただけに、嬉しさは倍増だった。
ティムの家のシャワー
ティムの家に泊まることが決まると、
「水着は持っているか?」と彼が聞いてきた。
「持っている」と答えると、
「シャワーを浴びに行こう。水着に着替えろ」と言った。
なぜ水着が必要なのかがわからなかったが、言われた通りに着替えると、彼は家を出て裏の山道を登り始めた。彼の後を追う。しかし、どう考えても、こんな場所にお風呂があるとは思えない。「いったい、どこに行くんだ?英語を聞き間違えたかな」と思いながらついて行くと、小さな滝が見えてきた。ティムは滝のそばまで来ると
「天然のシャワーだ」と言って笑みを見せて、渓流に飛び込み、滝の水を浴びた。
どうやら、彼の言うシャワーというのは、この滝のことらしかった。アメリカ人らしいワイルドさとユーモアに嬉しくなった。僕も彼の後に続いて、渓流に飛びこみ、滝シャワーを浴びる。少し勢いのある豪快なシャワーは気持ちよかった。水は思ったよりも温かい。浴びた後は、渓流で水浴びを楽しむ。10分程すると、彼は水から上がり、服を着始めた。僕も上がって、上着を着る。
天然シャワーからの帰り道、ティムは
「このあたりは、マウンテンライオンやガラガラヘビが出るんだ。夜になるとよく熊が家に来る」とさらりと言った。
なんとも、野趣あふれる場所だ。
素敵な晩餐
家に戻ると、
「夕食の買い出しに行こう」とティムが言った。
一緒に、村の小さな食料品店まで行く。店に向かう途中、ティムはすれ違う村人全員と言葉を交わす。どうやらこの村の人はみなお互いを知っているらしい。
お店はくたびれた感じの小さな店で、賞味期限が切れていそうなものばかり置いてあったが、僕の目には、それが映画の中で見たアメリカらしい光景に映り、嬉しかった。店で今夜の食材とミラーと書かれたビールを買うと、再び家に戻る。
帰って間もなくすると、ティムの友人、ピーターが尋ねて来た。
ピーターは、ひげを蓄え、眼鏡をかけている。年齢は恐らくティムより上で、40代くらいだろうか。やはり彼もこの村に住んでいるらしい。
ピーターが加わると、ディナーが始まった。今日の晩餐は、ティムの家のベランダでのバーベキューだ。
この晩餐が、とても素晴らしかった。
いったい、何がいいのかというとロケーションだ。ティムの家は、山の傾斜地にあるのだが、ベランダがちょうど、山の急斜面に張り出すような形になっている。ベランダは広く、床の一部がくり貫かれていて、そこから自然の木が一本生えている。その木の枝からロープがぶら下がっていて座れるようになっていた。まるでトムソーヤの木の上の家だ。心くすぐる造りだった。
近くには渓流が流れており、沢の音が聞こえてくる。そんな場所で、僕たち3人はコールマンの強力なランタンの灯りの下、買ってきたばかりのミラービールをあけると乾杯した。
ティムがビールと一緒に買ってきたチキンを炭火で焼き始める。大量の肉が焼きあがると、僕はビール片手にチキンをほおばり、片言の英語で話をする。ティム、ピーターもゆっくりと簡単な英語を選びながら話してくれる。ピーターはかなり昔に、日本に来た事があるらしい。彼がその時の話をしてくれた。ひととおり話終えると、今度は日本についていろいろな質問をしてきた。英語に慣れていない僕は、何度か聞き返しながら彼の質問に答えていた。話の中心は、文化や慣習であり、ピーターは日本社会を褒めてくれた。けれど、
「アメリカでは若者の間で麻薬が広がっていて問題になっているが、日本はどうだ?」と、彼に聞かれると、当時、違法ドラッグが日本でも問題になっていただけに、ばつが悪かった。
ティムはイスに深く腰をかけながら、ピーターはベランダでねっ転がりながらそれぞれビール片手に話をする。
沢の音が聞こえる緑豊かな森の中にある魔法のベランダでビールとバーベキュー。
これほど雰囲気のある時間を過ごすことができることに至福を感じた。
連日の疲れがたまって、眠さもピークに達しているはずだったが、いつまでもこの場を楽しんでいたかった。
その後も、ふけていく夜の闇の中、ランタンの灯りが作り出す世界に心の安らぎを覚えながら、遅くまで話を続けた。
しかし、夜中の12時が過ぎると、流石にティムとピーターも眠くなってきたようで、素敵な晩餐は終わりとなった。
僕はその日、ティムの長男の部屋を借りて寝た。
今回の旅行で、最も素敵な1日が終わった。
<初めてのヒッチハイク ~その4~ に続く>
Text:sKenji
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