スリランカを代表する遺跡と言えば、文句なしにシーギリヤだろう。
シーギリヤは今から1500年以上前に築かれた古代都市で、鬱蒼と広がる森の中にある。
最大の見どころは、360度切り立った断崖になっている岩の上の宮殿跡だ。心地よい風が吹き抜けるこの遺跡から見下ろす光景はなんとも言えない程、爽快で格別だ。世界遺産の中で最も人気のある遺跡のひとつ、マチュピチュ以上に感動したという旅行者もいる。
出来事は、そのシーギリヤを一日かけて見終わった後に起こった。
遺跡出口のゲートを出て、砂埃の舞う未舗装の小道を歩く。時折、象も歩いている道だ。日も傾いてきているとはいえ、まだまだ暑い。しかし、そのような中、時折、風がサァーと通り抜けていくのがなんとも気持ちいい。
泊まっている安宿があるダンブッラの町まで、往路同様にローカルバスで帰ることにする。
舗装されたメイン道路まで出て、バスを待つ。
しかし、なかなかバスが来ない。
せっかくだから、ぶらぶらとシーギリヤの岩山を見ながら道路沿いに散歩をすることにした。バスが来たら、その場で止めようかと思っていた。スリランカのバスは停留所ではなくても、手を挙げれば止まってくれることもあったからだった。
バスの気配をうかがいながら、道路沿いを散策。
すると、バスではなく、一台の白いメルセデス・ベンツがすぐ脇に止まった。見るからに高そうな車だった。運転していたスリランカ人の中年男性が声をかけてきた。
「どこに行くんだ?」
「ダンブッラ」と答える。すると、
「乗っていくか?」と言う。
「乗っていく。」と、すぐにでも返事をしたいところだが、スリランカについてまだ、実質二日しかたっていない。この国のことがよくわかっていなかった。そのため、
「いくらするの?」とお金がかかるか聞いてみた。彼は笑って
「100ルピー(約80円)だ。」と答えた。僕はすぐに
「40ルピー。」と切り返す。すると
「80ルピー。」と値段を下げてきた。
「バスは40ルピーでダンブッラまで行くよ。40ルピーより高いならバスで行くよ。」と言うと、
「よし、乗れ。」と言う。
交渉成立。
なんか怪しいおじさんだなあと思いつつ、白ベンツに乗り込む。エアコンが効いていて快適だった。
車に乗ると、すぐに彼は
「どうだ、いい車だろう。ベンツだぜ、ベンツ。」と得意げに言ってきた。
「スピードも出足も最高だ。」などとその後もしばらく彼の車の自慢話が続いた。
僕もうんうんと相槌を打つ。本当に素敵な車だった。しかし、そのうち話が進むにつれ、
「俺はドライバーで、今、結婚式をあげたばかりのハネムーンをシーギリヤのホテルまで送ってきたところでその帰り道だ。」と言った。
「んっ?、ドライバー?」
よくよく聞くと、彼はホテルに雇われた運転手のようだった。ベンツもホテルの所有物。
「なーんだ、まるで自分の車かのように、これだけ自慢話をしておいて、
彼の車じゃないじゃん!」と内心、クスッと笑ってしまうと同時にどこか憎めないこのスリランカ人に親近感を持ってしまった。
彼の名前はシルヴァ(※)。車の自慢話が終わると、今度は、彼が送り届けたハネムーンカップルの話に、シルヴァは話題を移した。
「今夜はあのカップルは熱いぜ。」などと言いだして、一人で興奮していた。そのうち、エスカレートしてどうやら男女の卑猥な単語であろうスリランカ語を僕に教え始めて喜んでいる。
いささか変な車に乗ってしまったようだ。この時ばかりは、内心少し後悔の念も生じた。
彼の携帯電話に友人から電話がかかってきた。すると、僕を携帯電話にださせて、
その教え込んだ単語を言わせて、更に大喜び。僕にとって、彼から教えてもらった単語は単なる聞き慣れない横文字であり、その言葉を発することにそれほど抵抗はなかった。それよりも、喜んでいるシルヴァを見ている方が面白かった。なんで、このおじさんは言葉だけで、こんなに興奮して喜んでいるんだと不思議に思うと同時に感心してしまった。
普通ならば、初対面でいきなり下ネタ話全開の彼を怪しい人だと、警戒すべきなのだろうが、無邪気な笑い顔に、だんだん親しみを感じてしまっている自分もいた。
一人の老人が道端を歩いていた。シルヴァは、車を老人の脇に止めると声をかけて乗せた。そして、5分程行ったあたりで降ろすと「俺の知り合いだ。」と笑顔で言った。
「結構、いいところもあるじゃん。」と見直した。その後も、シルヴァのテンションは下がることなく、盛り上がっていく。そして、
「俺の家族を紹介する。うちに寄って行け。」という話になった。僕は彼に、
「シルヴァが教えてくれたと言って、奥さんや子供さんに例のスリランカ語を言っていいかい?」と意地悪な質問をすると、彼は慌てて、
「ダメだ。それだけはダメだ。絶対に言っちゃあダメだぞ!」と血相を変えて言う。
実は、家庭ではいいお父さんなのかもしれない。
その後も車中では、海外でヒッチハイクをすると決まって聞かれるような仕事や日本の生活の話をして、盛り上がっていたのだが、しまいには
「俺の家に泊まっていけ。」という話に発展してしまった。
日本ならまだしも、見知らぬ外国で突然出会った人の家に泊まるのはさすがに警戒心もあり、その場はとりあえず適当に言葉を濁しておいた。
その後も車はカーブの少ないまっすぐなスリランカの道路を軽快に走りつづけて、ダンブッラの町へ向かった。
町に着くと、シルヴァはちょっと寄って行きたい場所があると言って、メインストリートにある車の修理屋の前にベンツを停めた。
正直、この時点までは、まだ、僕は彼が信用できる人物かどうか自信を持って見極められてはいなかった。
<「スリランカ旅行記 Vol.2 ~ベンツをヒッチハイク (その2)~」へ続く>
(※)シルヴァは仮名です。
シーギリヤ
Text & Photo:sKenji
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