会議室のドアを開けると何かを黙々と書いている男性達がいた。
ここは、株式会社東北イノベーターの会議室。東北イノベーターは、福島県いわき市久之浜にある企業で、本業はプラントエンジニアリングの会社だが、原発事故の影響を受けている農家の方々を支援もしている。
今回、その東北イノベーターの会議室に安全な米作り研究会の農家の方々が集り、月例会議を行うとのことで、取材に来たのだった。
今日の議題は、米袋の選定、安全な米作り研究会の情報共有、そして、暑中見舞いの宛名書き。
暑中見舞いの送り先は、昨年お米を買って下さったお客様。安全な米作り研究会の
メンバーが作ったお米のほぼ全ては通販で、東京の他、兵庫、大阪などのお客様の元に直接届けられている。
そのお客様全員に感謝の気持ちを込めて暑中見舞いを送ろうというのだ。本当は宛名面、裏面とも印刷をする予定だったらしいが、少しでもお客様に気持ちを伝えたいと、宛名を手書きすることになったのだ。
私たちがお邪魔した時は、ちょうどそのハガキの宛名書きの最中だった。
しかし、入室してすぐに部屋のあちこちからうめき声に近い、様々な声が聞こえてきた。
「ダメだ、目がダブって見える!」
「七十歳にして、初めて四十肩になっちゃったよ!」
「あっー、普段自分の名前しか書かないから、自分の名前書いちゃったよ!!」
「これほど、一生懸命に書くのは高校生の時以来だ。」という発言には、
「どうせ、カバンには弁当箱しか入ってなかっただろう(笑)」 という突っ込みも入る。うめき声の他にも、
「(こんな字で)無事届くんだろうか・・・」
という不安げな独り言もちらほら聞こえてくる。
実に様々な言葉が会議室を飛び交う。
しかし、口ではなんだかんだ冗談を言っている方も、みなさん真剣そのもので、一字一字を丁寧に一生懸命書いている。
普段はやり慣れない作業の為、失敗することも多い。
「あっー、また間違えた。ハガキ、もう一枚くれ。」
すると、今回の宛名書きのまとめ役になっている、東北イノベーターの新妻さんが、
「はい、新しいハガキです。書き損じは1枚5円ですから気を付けて下さい。ゆっくり書けばいいですから、まちがえないように。」
と冷静沈着な言葉と一緒に、新しいハガキを支給する。すると、
「このペースで書き損じていったら、赤字だ・・・」
という自嘲気味なつぶやきも聞こえてくる
書き損じ以外にも、一度書いた送り先を再度書いてしまうなど、余分に用意されていたハガキは使い果たされていった。
宛名書きが佳境に入ってくると、うめき声はさらに深刻度を増してくる。
「うわぁ、もう死にそうだ。」と言うと、隣から
「死なないでくれ、今死なれたら残された人間が大変だから。」とか、
「もうだめだ。カラータイマーがピコピコなってきた。」という発言には、
「いったい、あと残り何分持つんだ?もう少し頑張れ」などなど・・・。
みなさん、真剣に思いを込めて字を書いているからこそ、時間と労力がかかり、あちこちからうめき声があがる。
そうこうしながらも、一人、また一人と担当している宛名を書きあげていった。
今の世の中、年賀状を始め、各種挨拶状は、宛名、裏面共に印刷で済まし、大量な送付物を効率よく仕上げるのが時代の流れだ。
しかし、その流れに逆行し、自分たちの感謝の気持ちを少しでも伝えたいという想いだけで、普段はまったくやり慣れない、辛い作業を自ら進んで行っている農家の方々の誠意がひしひしと伝わってきた。きっと農作業よりも数倍辛かったことだろう。
私の前の席で宛名書きをしていた飯島さんが、書きあげたハガキを一枚一枚、もう一度小さく声にだしながら、指さし確認でゆっくりと丁寧に再確認している姿が印象的だった。
そして、会議が始まる
修羅場の宛名書き大作戦が終了後、会議が始まった。
会議が始まると、今までのうめき声、冗談まじりの雰囲気がガラッと一変した。目つき、表情が今までとはあきらかに違う。会議室には見えない緊張感が張り詰め、出席者は全員、凛とした表情に一気に変わった。
まずは米袋の選定、どちらのデザインがいいかという話から始まった。そして、コストの話。しかし、一番気にしていたのは紙質だった。みなさん念入りに米袋を手で触り、確かめていた。
「コストも大切だが、お客様に届ける大切な袋だ。安心なものを届けるにはちゃんとしたものを選ばなきゃならねぇ。」
会議進行役の佐藤さんが言うと、みなさんうなずいて同調していた。
次は本題の放射能の影響を排除した米作りについての話だった。
安全な米作り研究会では、いかに田んぼに放射性物質を入れないか、さらにイネに放射性物質を吸収させないかを、実に熱心に研究している。
たとえば、大雨の時は、山にある放射性物質が流れ込み易くなるから、田んぼへの給水を避けるという基本的なことから、ゼオライトと言う放射性物質を取り込む鉱物を田んぼに設置するなど。ちなみにゼオライトは身近なものであり、化粧品や浄水器にも使用されている。
実際に現地を訪れるまで、ブラックボックスだった米作りだったが、農家の方々の真摯な姿を直接見ることにより、もやもやしていた不安が大幅に低下した。
失礼だが、会議終了後の安全な米作り研究会のみなさんは、最初にうめき声をあげていた方々とは到底思えなかった。
ここには、安全と美味しさを追求し続けている本当の米作りのプロがいる。
Text & Photo:sKenji
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