福島県いわき市北東部。福島第一原子力発電所から直線距離で30kmを少し越えるこの地域には、原発事故の直後からコメ作りの再生に取り組んできた人たちがいる。距離が近いにも関わらず空間線量は比較的低い。しかし農地にホットスポットがあるのは事実。原発事故の実害と風評被害にに戦っていくためには、作物の放射線量を低減するしかない。ほとんどの農家が消費者への直販を行ってきたという、美味しいコメ作りの先進地域の人々の、安心できる農業への挑戦をリポートする。
≪今回の内容≫ 放射線量を少しでも減らすためには、できるだけたくさんのケースで「実験」する必要があった。そんな佐藤さんたちの前に心強い味方が登場する。
地元企業・東北イノベーターの協力
佐藤さんたちが試した条件は多岐にわたる。無肥料でのコメ作り、ゼオライト(注*)を入れないで肥料を入れる、代かきする前にゼオライトを入れる、セシウム吸着能力があるとされるヒマワリ(注**)を植えてみる…。
たとえば――、セシウムは化学的な性質がカリウムに似ているため、肥料からカリウムを吸収した稲はセシウムの吸収量が少なくなると言われている。それは本当なのか。本当だとしたらどれくらい効果があるのか。ゼオライトと併用するとどうか?
そんな疑問(仮説の種)を検証しようと思えば、実験の件数は膨大になる。しかも、佐藤さんたちの活動に参加している農家の方々全員が、それぞれの耕作地の状況に合わせた疑問や仮説をもっている。すべてを調べようとすれば検査費用だけも想像を超える金額になる。とても圃場整備基金からの借金だけでは足りないだろう。しかし、放射能の影響はちょっとした条件で変化する。できるだけたくさんの条件で検査を行わないと、“ 安全なコメ作り ”に向けた確かな方法は見いだせない。
この問題の解決で大きかったのは株式会社東北イノベーターという企業の存在だ。東北イノベーターは地元・久之浜に本社を置くプラントエンジニアリング企業で、東電福島原発の業務にも携わってきた。原発事故の後、放射線量測定の機材が不足している状況を見て、食品関係の線量を測定できる機器を導入。地元の人々からの線量検査のニーズに破格の料金設定で対応し始めていた。
この企業が佐藤さんたちの活動を支援してくれることになったのだ。
東北イノベーターの協力はサンプルの線量測定にとどまらなかった。技術者集団として科学的知見からのアドバイスを行ったり、農地や山林からの放射性物質拡散を抑える方法や水田用水路へのゼオライト設置方法をいっしょに考えたり。佐藤さんたちのグループのミーティングも東北イノベーターの会議室で行われるようになった。まさに全面的なバックアップだ。
この協力があったからこそ、多種多様な条件での線量測定が可能になった。昨年の収穫後には、稲わらやモミや葉など、稲の部分による放射線量の測定など細かなデータ収集も行われた。稲わらについては、根っこから何センチという部位ごとの測定まで。これらのデータは小久地区のコメ作りにとって重要であるばかりでなく、福島の農業の将来にとっても貴重な意味を持つものだ。
注*)ゼオライトは、スリーマイル島やチェルノブイリなど過去の原発事故でも放射性物質を吸着するために利用されたほか、横浜市や川崎市でのゴミ焼却灰処理にも利用されている。福島県も森林除染の際の放射性物質拡散防護にも利用するという。今年に入ってからは、製紙会社や印刷会社でもゼオライトを用いた機能性不織布や特殊紙などを相次いで開発している。
注**)佐藤さんたちの活動を知った市から依頼されて実験してみたが、結果はかんばしくなかったという。
放射能に負けない佐藤さんたちのコメ作りは、毎日連載でお届けしています。
●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)
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