こんにちは。いつもの田んぼ、いわき市小久の佐藤さんの田んぼにお邪魔しています。
と言いながら、現地を訪れたのは8月下旬。今ではすでに稲刈りも終わって出荷作業も進んでいるとのこと。なので、そうとうにタイミングを逸した報告になってしまうのですが、佐藤さんたち「安全な米作り研究会」の皆さんが、どんな稲作を行ったのか、その一端をご紹介します。
ポイントは田んぼの水の管理
遠目に眺めると、一面の緑が美しい田んぼでしたが、近づいてみるとイネにはすでに穂が伸びて、それぞれのモミは膨らみ始めていました。
「実を取ってみてもいいですか」と佐藤さんに許可をもらって一粒摘み取って、指先でつぶしてみると、乳液状のデンプンの汁があふれます。よく見るとモミの真ん中にはすでにデンプンが固まり始めた芯のような部分もあって…。
「味見しても平気ですかね?」
と尋ねて返事がかえってくる前にペロリ。
舌の先にほんのりとした甘みが沁みてきて驚きました。
お米の乳液って甘いんです。
佐藤さんは「そうかね」と、とくに気に掛ける様子もなく米作りの説明を続けます。
田植えから現在に至るまでの間のイネの成長について。結晶構造の中に土の中のセシウムを閉じ込める性質のあるセシウムの設置方法について。そして、水の管理について。
今回は田んぼの水管理について、現場を見ながら説明してもらいました。
ポイントとなるのは次の写真です。
いつもの田んぼから山の方に移動して見せてもらったのが、この田んぼの用水の取り入れ口。ご覧のとおり写真が飛んじゃってる遠景とは異なり、手前側が陰っているのが分かりますね。これはすぐ背後に山があるから。右下のパイプは、田んぼに水を取り入れる用水のパイプです。
田んぼには水を入れる用水と、水を排出する排水の2本の水路系があって、田んぼに水を張ったり抜いたりという水管理を行っています。
山が近いこの田んぼの近くの用水は勾配が大きいので、用水の途中からパイプで水を田んぼに流し込む、写真のようなやり方が可能なのです。
パイプの下の箱にはゼオライトを詰めた網袋が詰められています。用水路からとった水の中にセシウムが混入していた時に、田んぼに入ってくる量を極力減らすためにゼオライトでろ過する仕組みです。
水が必要ない時にはパイプを外して取水しないようにするだけ。排水は田んぼの下手にある排水用の堰を使って田んぼの水を排水路に流します。
山から流れてくることへの警戒
パイプによる取水口の上流がどうなっているか、佐藤さんが案内してくれました。
右下の田んぼの畦のそばの溝が用水の通り道です。写真の真ん中に斜めに見えるのは、山の斜面から落ちてくる水が田んぼの用水に流れ込まないように作った排水路です。
原発事故の後、佐藤さんたちは田んぼの土はもちろん、生育途中のイネやモミなどの放射線量を計測し続けてきました。お米の食べる部分、つまり白米に放射性物質が移行しにくい米作りを実現するために、ゼオライトやカリウムを田んぼに散布したり、撒き方の違いによる効果についても調査と工夫を続けることで、検出限界未満の米作りを実現してきました。
しかし、去年うまくいった方法を、そのまま続けただけではダメなのではないか――。
今年の米作りを始める段階から、佐藤さんたちはそう言い続けてきたのです。
「原発から流れてきたセシウムは、山の木々にもたくさん降ってきたはずです。落ち葉になって地面に落ちたものが、時間の経過とともに虫や微生物に分解されて小さくなって、これまでだったら雨が降っても流されにずに山に止まっていたものが、これからは流れやすくなっているかもしれない」
現状の田んぼの土への対策は、昨年に準じて行えばいいかもしれない。
でも、山から新たにセシウムが田んぼに流れ込んでくることは、手を尽くしてブロックしなければならない。
とはいえ、田んぼの用水の水を調べたところ、セシウムは昨年の時点でもまったく検出されませんでした。そこまでやる必要が本当にあるのかという議論もありました。
「1リットルで計って出なくても、田んぼには大量の水が入るのだから、用水から入ってくる可能性がないとは言えません。去年と同じやり方を続けていれば大丈夫だろうと油断することはできなかったのです」
安全な米作り研究会が今年取り組んだのは、田んぼへの用水の入り口にゼオライトを入れた網袋を設置して、セシウムをろ過すること。
「そして、山からの泥まじりの水が直接用水に入る恐れのある台風や大雨なのど荒天時の対応です。セシウムが付いた泥や分解された落ち葉が田んぼに水が入らないように、水をしっかり管理することですね」
そんな説明をしてくれなから、佐藤さんが山の斜面に駆け上がりました。
「この辺の枯葉の線量も計ってもらおう」
篤農家という言葉がぴったりの佐藤さんだから、農地はもちろん周辺の環境についての洞察の鋭さは素人にもわかるほど。しかし、放射能は目には見えません。こればかりはこまめなデータ収集が欠かせないのです。
「それ、イノシシ除けの高圧電線だからね!」
なんて話をしながら歩いて回った短い時間の間にも、放射能に負けない米作りを続ける農家のど根性を感じずにはいられませんでした。
あのゴルフ場はどうなったか
佐藤さんの田んぼで用水の管理について教えてもらった後、草取りをしようと軽トラックでやってきた飯島助義さんと合流、田んぼを見せてもらいました。飯島さんの田んぼといえば、今年の早春、すぐ近くの山の上のゴルフ場の惨状を見せてもらったことを思い出します。
自然とその話になって、山のゴルフ場へ登ってみました。
が――、
ゴルフ場のフェアウェイといわずグリーンといわず、芝のすべてが剥がされていた場所は、背の高い雑草に覆われていました。
ゴルフ場だった時の姿はもちろん、剥がされた芝が積み上げられた悲惨な姿も想像することができなほどでした。
「ひどいな、こりゃひどい」
飯島さんも言葉にならない様子でした。
「こんな状況になったことが、山からの水にどう影響するかだな」
山から流れ下りてくる水をどう管理するか。福島のみならず、原発事故で放射性物質が降下した農地すべてに共通する課題です。
実りの時を目の前に
「問題は大雨の時だな。山からの泥水が田んぼに入らないように、前もって用水を閉じるとかすることだね」
「そうだな、これからの台風も要注意だな」
ゴルフ場から下りながら2人が話すのは、汚染された土からどうやって田んぼを守るかということに終始しました。それもそのはずです。飯島さんの田んぼは佐藤さんのところより少し生育が早かったようで、すでに色づき始めた稲穂も少なくありません。
すくすくと伸びた田んぼを見渡しながら、広い田んぼにゼオライトや堆肥、カリウムなどを散布する苦労など、数カ月間のイネの成長についての言葉がぽんぽん飛び出してきます。
田んぼに入って稲穂の実の数を数えていた佐藤さんは、
「この1株はちょっと実が多すぎるよ」
でも、その目は笑っています。照れくさそうに飯島さんが説明してくれるには、モミがしっかり実るためには土の力が不可欠だから、土地の力に見合った実の数じゃないといいお米にならないんだとのこと。でも、飯島さんも笑顔です。
全体としてはいいできだということなのでしょう。
夏の終わりの田んぼにお邪魔したのは、稲刈りまであと1カ月少しという時期でした。
太陽の光を受けてしっかり光合成してデンプンをぎっしりと実らせてほしい。
そんな思いを込めて、佐藤さんたちの日々の米作りは進められているのです。
●TEXT+PHOTO:井上良太
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