久之浜の里山にて

sKenji

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佐藤さんの田んぼ

佐藤さんの田んぼ

6月21日、福島県久之浜で放射能に負けない米作りをしている、稲作農家の佐藤さんを訪れて取材をした。

新幹線と特急を乗りつぎ、いわき駅で下車してレンタカーを借り、佐藤さんのご自宅に伺う。

居間で現在の米作りや田んぼの放射線の状況について話を聞き、その後、ご自宅裏の倉庫で、もみ殻をはずす作業を拝見させてもらい取材は終了した。

取材が終わり、次の現場に行こうかと帰りかけて、倉庫を出た時のことだった。

高濃度の残土(※)

高濃度の残土(※)

倉庫脇に置かれた米袋1個分ほどの残土にお互いどうしても目がいってしまう。これは10万ベクレルという高い放射能に汚染された土で、雨どいの清掃作業をしている際に集めた残土だという話を先ほど聞いていたものだった。

佐藤さんは目の前にある木を見てぽつりと言った。

「昔はこの木や裏山でよく遊んでいたもんだけどねえ。」

佐藤さん宅の背後には典型的な里山が広がり、森になっている。私が興味を示したのに気付いたのか、

「見てみますか?」と裏山に誘ってくれた。

とても静かな里山だ。時折、鳥のさえずりが森に響く。会話を止めると、聞こえるのは歩く際の地面を踏みしめる音と鳥の鳴き声だけだ。

その静寂の中、ゆっくりゆっくりと裏山に続く小道を一緒に歩く。佐藤さんは時折立ち止まりながら、一本一本の木について静かに説明をしてくれる。

裏山へ続く小道(※)

裏山へ続く小道(※)

いずれも佐藤さんにとっては、想い入れのある木ばかりだった。佐藤さんのお父さんが植えてくれたゆずの木が20本以上。お祖父さんが、いちいち山奥まで取りに行くのが大変だろうと植えてくれた榊(サカキ)の木々。

そして、佐藤さんの娘さんやお孫さんが家を建てる時にと、手塩にかけて育ててきた何十本という檜や杉の木。いずれも綺麗に枝打ちがされてまっすぐに伸びている。

佐藤さんは、この地で生まれ、60年近く、この里山で生きてきた。佐藤さんのお父さんもお祖父さんもそして曾お祖父さんもここで暮らしてきて、佐藤さんで4代目、娘さんで5代目になる。100年以上も前からこの地で暮らしてきたのだ。

しかし、今・・・

しかし、今、状況は以前とは異なっている。

お父さんが植えてくれたゆずは今では一個も売れない。売ることができないという。

娘さん、お孫さんの為に育ててきたという、目の前にあるこの檜からは8000ベクレルという高い数値の放射線が検出されており、到底木材として利用できず、枝打ちももうあの日以来やめているという。

恐らく今後、放射線量は落ちていくだろうとは言っていた。しかし、それは木の葉や樹皮に付着した放射能が落ちて、地表に移動するだけで、放射能が消えるわけではないのだ。

佐藤さんは、お孫さんができたら自分が育ったこの裏山で遊ばせ、かつて自分が登った木を登らせることを楽しみにしていたという。しかし、もうお孫さんを山で遊ばせることも、木に登らせてあげることもできない。

佐藤さんが木々の話をしてくださっている時、昔話をしてくださっている時、話に熱が帯びてくると、時折、わずかながらうっすらと目頭にも熱を帯びているように見える。

静かな口調で話してはいるが、私には絞り出すような心の叫び声に聞こえてしまう。

佐藤さんが子供の頃によく登っていた木がある。しかし、その木も放射線が高いためにいずれ切らなけれならないだろうと言う。子供の頃に遊び、その後も60年近く、共にしてきた木を自ら切らなければいけない心境はいったいどのようなものだろう。

いろいろな話をしてくださった佐藤さんの話の中で、胸に突き刺さった言葉がある。

「オレは山と田が生きがいだからね。(放射能が)なくなるもんならいいんだけど、なくならないからね。」

東電との補償金交渉で、温厚な佐藤さんでさえ、最後はけんか腰になってしまうこともあるらしい。始終穏やかで、普段は怒りという感情を持ち合わせてなさそうな佐藤さんの目が一瞬険しくなって放った言葉が忘れらない。


「今までの金を全部返すから元通りにしてくれって!そこまで言いてぇんだって!」

夏になると、セミがうるさいほど鳴き、カブトムシも多くいるというこの里山。
昔はよく森林浴をしていたらしい。

しかし、今、本来安らぐべき場所であるはずの裏山やご自宅、大切な田んぼは四六時中、放射線を心配しなければならない複雑な場所となってしまった。

ほとんどの人は、生まれ育った故郷、住んでいる土地など想い入れのある場所が少なからずあると思う。父親の仕事の関係で引っ越しを繰り返していた私にも子供の頃を過ごした大切な懐かしい場所がある。

マイホームという物質的なものだけでなく、同時に故郷という心の拠り所からさえも安らぎを奪われた被災地の方々。

私が同じ立場ならはたして耐えることができるのだろうか。

今の科学ではどうしようもない放射能という難題と佐藤さんは戦っている。

佐藤さん。裏山にて。
佐藤さん。裏山にて。
榊(サカキ)の木と佐藤さん
榊(サカキ)の木と佐藤さん
裏山にて
裏山にて
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Text & Photo(※を除く):sKenji
(※) 写真:井上良太

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