中越地震から防災を学ぶ(2)

orangeoor18

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2004年10月23日17時56分に発生した新潟県中越地震。

この震災以降にも全国各地で災害が発生し、広い地域に被害が及んでいます。
14年以上も経った今だからこそ気づくことがあるかもしれないと思い、今後に備えて防災を学ぶためにも、震災被害が大きかった地域の施設を訪問しました。

最大震度6強を記録した新潟県小千谷市にある「おぢや震災ミュージアム そなえ館」。
中越地震の教訓を生かし、災害から身を守るための備え方を学べる施設です。

避難ゾーン

震災当時の状況を4D×3D映像で体感した後は、避難ゾーンを見学しました。

この震災では約10万3千人の方々が避難生活を送っていたといいます。
その中でも小千谷市は特に多く、避難者数は最大約3万人まで増えました。

当時、市で指定されている避難所は60か所以上ありましたが、そのうちの半分近くが倒壊や損壊によって使用できなかったのだそうです。

そうなると当然、避難所は不足してしまいます。ライフラインが途絶え、住居も損壊して、さらに避難所もまともに使えない。このような状況の中での避難生活がどれほど過酷なものであったのかを感じ取ることができました。

避難所に入りきれなかった方々は、自家用車の中や町内会の集会所。さらには農業用のビニールハウスでも避難生活を送っていたのだそうです。
(民間企業が提供した大型避難テントにも多くの人が生活をしていました)

避難場所を再現

こちらでは農業用のビニールハウス、体育館などそれぞれの避難場所を再現しています。配られた物資や自宅からの持ち出し品などが展示され、震災当時にどんな生活を送っていたのかがわかります。

ビニールハウスは確かに外に比べれば雨風をしのぎ、寒さを和らげる空間ではありますが、写真を見てもわかるように下は床ではなく土です。

また、ビニールハウスの中に数人ではなく、数十人は入っていることがわかるので、プライベートの空間はありません。

また、当時は仮設トイレに関する取り決めは、ほとんどなかったのだそうです。どの地域にどのぐらいのトイレが必要なのかを把握することが難しく、うまく配置できなかったり、設置されても使い方がわからず敬遠されることもあったといいます。

普段はあまり気にすることがないほど、日常生活で当たり前に使っているトイレですが、災害時はそれが当たり前ではなくなります。

過去の災害から学べることはたくさんあると改めて気付かされました。
避難ゾーンの次は中越地震から復興までの様子を紹介しています。次回に続きます。

 おぢや震災ミュージアム そなえ館 ― 私たちの10月23日を伝えるために。 ―
c-marugoto.jp  
 中越地震から防災を学ぶ(1) by orangeoor18
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最終更新:

コメント(4

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  • J

    jina

    トイレ問題は深刻ですね。各自治体で用意する必要もありますが、家屋倒壊されなかった方は自宅避難に切り替えたり、自助のための準備を十分にしておくことも大事です。余震が何度もあったので自宅避難も危ないかもしれません。災害の時にどんな判断を取るか。。選択肢をたくさん持つことも大切だと思います。

  • B

    baikinman

    寒さが厳しく、豪雪地帯での地震。
    大雪が降ってくるとビニールハウスはどうなってしまうのか気になりました。

  • C

    cha_chan

    ビニールハウスで避難生活というのは自分も初めて聞きました。下が土というのと、外からも丸見えというのが確かにつらいですね・・・。自宅が被災して避難所も入れない場合もちゃんと想定しておきたいですね。

  • P

    pamapama

    第2弾待っていました。避難場所の再現というのはとてもいいですね。ビニールハウスへの避難というのは驚きました。