平ヶ岳は、新潟県と群馬県の県境にある日本百名山の山だ。
その名のとおり、なだらかな山頂には、庭園のような湿原と池塘(ちとう)が広がっている。
深田久弥は、著書・日本百名山で次のように述べている。
「長く平らな頂上は甚だ個性的である。遠くから望んでも一目でわかる。苗場山も平らではあるが、少し傾いている。平ヶ岳はほとんど水平である。」
広い山頂は、頂上を示す標識がなければいったいどこが最高地点かわからないほどだ。
日帰り登山も可能な山なのだが、ゆっくりと湿原を見たかった為に、1泊2日の山行とした。私は8月末に登ったのだが、この日、百名山にもかかわらず、山に登っていたのは自分以外に4人だけのようだった。しかも、他の登山者は日帰りだったために、夕方から翌日朝までは、山を独りで貸切状態だった。百名山を貸切できたのは初めてのことだった。
1日目
登山初日、早朝4:00に新潟県魚沼市にある鷹ノ巣登山口に到着。
仮眠を取って、8:00に登山開始。遅い出発となる。
家を出る前に少し調べた情報によると、山頂までの途中に水場が2箇所あるとのことだった。水は2Lほど持っていたし、何の心配もせずに出発したのだが、これが間違いだった。
この日、天気は朝から快晴。登り始めると気温はぐんぐんと上昇していった。
強い日差しが照りつける。加えて、風が全くなかった為に、水分補給のペースが普段以上に早かったのだが、途中に水場があるからと思い、さほど気にせずに持っていた水をどんどん消費していった。
そして、1箇所目の水場ポイント付近に着くと、残っていたわずかな水を飲み、沢に水を汲みに降りる。
しかし、そこで愕然。
なんと、水が枯れていた。
ただ、次の水場ポイントまでは1時間程度だったために、気を取り直して、再び登り始める。ただ、この時、嫌な予感はしていた。一時間後、次の水場ポイントに到着。
そこで、再び愕然。予感は的中した。2つ目の水場も枯れていた。
正確にいうと、枯れてはおらず、50cm四方程度の濁った水溜りとして残っていた。ただ、水は流れておらず、文字通りの水溜り。おまけに死んだ虫が浮いている。
「こんな泥水、死んでも飲めるか!」とまず思った。しかし、すぐに
「やはり、死んでしまうなら飲もう!!」と思い直し、念のために水を汲んでおく。
土が舞いあがらないように、静かに上澄をすくったのだが、それでも水は濁っていた。
2つ目の水場から、次の水場があるキャンプ指定地までは、コースタイムでは1時間半以上の登り坂。濁った水は飲みたくなかったので、極力を汗をかかないように、普段よりゆっくりとしたペースで登るようにした。
途中、雲が出てきたのがせめてもの救いだったが、それでも喉の奥がカラカラになってくる。喉が渇いてどうしようもなかった。
水を飲みたいという欲望と、汚れた水溜りの水は飲みたくないという理性のせめぎあいが続く。
しかし、ついに理性は欲望の前に屈した。我慢しきれずに、口を湿らす程度に禁断の泥水を口に含んだ。
その後も、渇きとの苦闘が続いたのだが、なんとか、平ヶ岳の一つ手前にある池ノ岳山頂・姫池に到着することができた。ここまでくれば、水場があるキャンプ指定地まではなだらかな下りだ。10分程度でつく。姫池まできて、初めて「もう大丈夫だ」と思った。
キャンプ地にある水場に着いた時の安堵感と嬉しさについては、言うまでもない。
到着するやいなや、沢に流れている水をがぶ飲みする。美しい澄んだ水で、美味しさは格別だった。大量の水を飲んで、ひと休憩した後に、テントを設営する。他に登山者は誰もおらず、自分だけだった。
テントを張ると、水など最低限の装備を持って平ヶ岳に行く。平ヶ岳の山頂までは30分ほどの距離だった。
山頂は広い湿原となっており、独り、のんびりとしていた。しかし、雲行きが怪しくなってきたかと思うと小雨がきた。しかし、雨はすぐにやみ、虹がでる。
平ヶ岳からテントに戻ると、「たまご石」までのんびり散策しながら行ってみる。
遠くまで見渡しても、人っ子ひとり見当たらず、この広い山域に自分ひとりしかいないかと思うと、気分は最高だった。
夜、ちょうどこの日は満月だった。月があたりを明るく照らし出す。幻想的な光景だった。一人だけの独占状態に気分も上々だった。
おかげで、7時には寝ようかと思っていたのに、月光によって浮かび上がる美しい光景に見入ってしまい、寝るのが8時過ぎになってしまった。山時間では、夜更かしの遅い就寝時間だった。
月明かりが優しかった。
2日目
翌朝は午前3時起床。当然、日の出前のために暗い。
寝袋から出ると、お湯を沸かしてレトルトご飯を暖める。
ゆっくりと朝食をとり、テントをたたんで撤収準備をする。あたりは明るくなってきている。
準備が完了するとキャンプ指定地を後にする。
今日は昨日来た同じ道を戻る。先を急ぐつもりだったのだが、朝日に照らし出された湿原と姫池が美しく、結局、6時過ぎまで姫池でのんびりしてしまった。
誰もおらず、静かで神々しい光景だった。
早朝の姫池を見た後は、ひたすら下り、下山した。
再び、鷹ノ巣登山口に戻ってくると、ザックを車に放り込んで、会津駒ケ岳を「はしご酒」ならぬ「はしご登山」するために桧枝岐村へ向かったのだった。
<終わり>
一般的なコースタイム
「鷹ノ巣登山口」
→→→[徒歩:約3時間]→→→
「台倉山」
→→→[徒歩:約2時間10分]→→→
「池ノ岳]
→→→[徒歩: 約30分]→→→
「平ヶ岳」
→→→[徒歩:約25分] →→→
「池ノ岳]
→→→[徒歩:約1時間35分] →→→
「台倉山」
→→→[徒歩:約2時間10分] →→→
「鷹ノ巣登山口」
※ コースタイムは標準的な時間です。所要時間は人によって大きく変わります。
時間はあくまでも目安として、余裕をもった登山計画を立てて下さい。
平ヶ岳
Text & Photo:sKenji
最終更新: