「どこがどう変わった?」2016年末の富岡町 iRyota25 2016.12.23 2 4,707 0 北から南まで、事故原発のすぐ近くを通って通り抜けできるようになった国道6号線。南相馬方面から南下していわき市に向かう途中、帰還困難区域を抜けた先の富岡町南部を歩いた。 歩道橋に括り付けられた「富岡は負けん!」という横断幕は、これまで何度も付け替えられて来たも
【東北の風の道】まつり・つどい・いのり(第2号) iRyota25 2016.07.23 3 6,706 0 東北の各地が夏の祭りに向けて燃えている。 陸前高田の町でも8月7日の七夕祭りの準備がたけなわだ。お手伝いしている祭り組では、平日22時、23時過ぎまで作業が続けられることもざらだ。それでも祭り組の人たちは「今年はまだ午前0時を回ったことはないんですけどね」と笑う。
かさ上げされた盛土の上の別世界 iRyota25 2016.06.20 4 7,402 0 津波被害を受けた地域では、これから先の津波災害に対処するため、各地でかさ上げ工事が進められている。かさ上げとは、他の場所から土を持ってきて土地を高くすること。大げさな言い方をすれば、高い所から低い場所へという自然の摂理に抗って行われる、人類ならではの地球改
あなたの愛車がこうならないという保証はない iRyota25 2015.10.07 2 1,585 0 クルマ好きな方にはショックかもしれませんが、津波後に火災にあった自動車の成れの果ての姿を何枚か写真で紹介します。 クルマの話に入る前に。先日、岩手県の大槌町に行った時、小鎚川の河口の水門が撤去されていてびっくりしました。かさ上げ以外には分かりやすい形での復
「がんばろう!石巻」灯びが教えてくれること iRyota25 2015.01.16 4 3,227 0 大晦日の朝、「がんばろう!石巻」のかんばんに行った。もしかしたら会えるかもしれないなと、少し期待をもちつつ門脇地区に入る。 期待したとおり、その人はいた。震災前まではこの場所で店舗を構え、震災から1カ月後の2011年4月11日に「がんばろう!石巻」のかんばんを作り
越喜来の「潮目」から2015年の謹賀新年 iRyota25 2015.01.08 8 5,711 1 引き戸を開けて中に入ると、手作りのベンチの上に小さな鏡餅。元日の日差しを受けてやわらかに、あたたかに光っていた。 ここは岩手県大船渡市越喜来(おきらい)にある「潮目」。震災で流されてきた廃材などを組み合わせて作った、まるで秘密基地みたいな手作りプレイパーク
ガレキと呼ばないで(石巻・門脇にいまも残る軽自動車) iRyota25 2014.08.19 3 1,882 0 真夏の石巻、まちなかから日和山を越えた海近くの町、門脇(かどのわき)を歩きながら、ちょっと気になることがあった。 まさか、あの軽自動車、まだあったりはしないよな。 石巻市で被災した自動車がまとめて保管されていたのは、すぐ近くの南浜。高く積み上げられていた被災
東北には「ひまわり」がよく似合う iRyota25 2014.08.01 2 2,592 0 いまから3年前、廃墟のようになった町に小さな双葉が芽を出した。ガレキと呼ばれる被災物に覆われ、町はまだくすんだモノトーンの世界だった頃のことだ。津波に襲われた後、晴れた日には塩が浮き上がるような固い地面から芽生えた若葉に、たくさんの人たちが心を撃たれたとい
復興支援ベース アーカイブス -3 iRyota25 2014.07.25 4 2,519 0 お世話になったその方の仮設住宅へは港から山の方へ向かう道を通って行った。津波で大きな被害を受けたその道の両側は、いつしか町中のガレキが集められ、積み上げられてガレキ置き場に変わっていった。 震災から1年。その方の仮設住宅へ通うたびにガレキの山はどんどん高くな
越喜来はきらいですか? いえ、大好きです! iRyota25 2014.04.11 4 3,335 0 岩手県大船渡市越喜来。知らなきゃ読めない地名ですが「おきらい」と読みます。 その越喜来でずっと気になっていた、まるでおもちゃ箱のようなこの施設。掲げられた手描き看板には――。 ここがオキライですか? いいえ地名はオキライでも、だ~い好きです! 場所は、道の駅三陸
ガレキと呼ばないで(大槌町役場のニコンFM2) iRyota25 2014.01.24 3 2,081 0 この写真は2014年の元日に撮影したものです。 同じカメラを持っていました。ニコンFM2。当時のフラッグシップ機に匹敵する性能をコンパクトなボディに凝縮して、たしかにペンタプリズムの交換ができなかったり、外付けモータードライブの性能が劣っていたりはしましたが、F3を
【遺構と記憶】がれきがなくなるとは? 2013年12月30日の大槌町 iRyota25 2014.01.22 2 4,085 0 2013年の年末、岩手県大槌町に行った。約1年2カ月ぶりだった。 上の写真は津波に持って行かれた住宅の跡地。まだ新しそうなコンクリート基礎の天端に、上屋を固定していたはずのボルトだけが残されている。(ここにはどんな家が建っていて、どんな人たちが暮らしていたのだろ
復興支援ベース アーカイブス iRyota25 2013.12.27 1 2,511 0 復興支援ベースに掲載された過去の記事から、もう一度読み返してみたいものを取り上げて紹介していきます。 84歳、みつぎさんの言葉が刺さります。 女川の離島に生まれ、女川に嫁ぎ、昭和三陸地震、チリ地震、そして東北大地震と3回の津波に遭遇した阿部みつぎさん。人生への
リアス・アーク美術館にある「被災物」と震災のリアリティ iRyota25 2013.10.31 5 3,263 0 「ノアの方舟」から名付けられた美術館で、会期が定められていない展覧会が続けられている。会場に足を踏み入れると、「モノ」と「言葉」が絡まり合った記憶の森が目の前に広がる。森は見た目の広さからは想像できないほど深く、そこここに物語の果実があふれている。たとえば
大船渡駅前の時計塔 iRyota25 2013.10.24 1 2,405 0 3時24分。津波が町に到達した時間で時計は止まっている。 時計塔がいまも立ち続けているのは岩手県大船渡市の沿岸部、大船渡駅前。 港からは200mも離れていない。 駅の東側を南北に走る県道230号線。大船渡駅と盛駅、ふたつの市街地を結ぶ線路に沿って走る道。国道と並行する
バニラスプーンの物語 iRyota25 2013.10.24 1 2,258 0 アイスクリームのスプーンってどうしてあんな形をしているんだろう。 喫茶店でアルバイトしていた時、ふと疑問に思った。 ティースプーンやコーヒースプーン、ヒメフォークなどなどたくさんをトーションで拭きながら先輩に聞いてみると、 「器を舐めなくてもいいように」 と単
ガレキと呼ばないで(浪江町・請戸地区) iRyota25 2013.09.26 2 3,754 0 ガレキなんて、ない。 ここにあるのは非日常なんかでも、ない。 ここにあるのは、未来の現実だ。 はままつ東北交流館などが企画した「3年目の被災地第3回福島視察ツアー」で福島県浪江町請戸(うけど)地区に行った。 この場所で改めて思ったのが冒頭の3行。 「ガレキと呼ばな
ガレキと呼ばないで(打ち上げられた漁船・請戸) iRyota25 2013.09.26 3 2,607 0 道の両側に夏草に覆われるようにガレキの山があった。 ガレキの山のそばには、何隻もの漁船が打ち上げられたまま放置されていた。 打ち上げられた?――しかし、それがとんでもない考え違いだと、ガツンと思い知らされることになる。 はままつ東北交流館などが企画した「3年目の
ガレキと呼ばないで(富岡町のクルマたち) iRyota25 2013.07.11 3 6,001 0 震災から約2年間、立ち入りが制限されてきた福島県双葉郡富岡町。 避難指示解除準備区域として昼間の限られた時間の立入が可能になった町には、 津波で被害を受けたクルマが多数残されていた。 もしも、自分が運転している時にクルマが津波に巻き込まれたら…。 青い初夏の空の
ガレキと呼ばないで(クツ) iRyota25 2013.07.10 2 1,975 0 長く警戒区域に指定され、自由な立ち入りが制限されてきた富岡町を歩くと、いろいろな場所でクツを見かけた。 震災と原発災害に見舞われるまで、誰かがきっと履いていたクツ。人が歩くためにつかってきた身近なアイテム。 被災地でクツを見かけるたびに持ち主のことが気にかか
ガレキと呼ばないで(富岡町の町なかで見たもの) iRyota25 2013.07.10 2 2,773 0 がらんとした住宅造成地の真新しい道の先に、ガレキの仮置き場がありました。 富岡町は、今年の3月まで警戒区域として立入が厳しく制限されてきたため、被災した建物やクルマなどの撤去はまだほとんど手付かずです。 津波の被害を受けた建物が点在するだけの平面的な空間には
ガレキと呼ばないで(楢葉町木戸周辺の変化) iRyota25 2013.07.05 1 2,484 0 2013年6月22日、2カ月ぶりに楢葉町に入った。 最初に木戸駅周辺に来たのは今年の3月7日、次は4月19日。 ガレキと呼ばれるのを拒んでいた被災した物やクルマ、そしてあの貨車はどうなっているのだろうか。 伸びる夏草のほか、恐ろしいほど変わらない光景 想像していたことだが
原発から10km。富岡町のいま iRyota25 2013.06.28 5 9,522 0 JR常磐線富岡駅。 たんまりと水がたまった「立入り禁止」の標識。 印刷した紙をパウチしたものらしいが、 虎ロープに括り付けるための小さな穴から入ってきたのだろうか。 原発事故から2年余り、警戒区域に指定され続けていた時間の重さを感じる。 月の下交差点から駅方向へ
ガレキと呼ばないで(あの電柱との再会) iRyota25 2013.06.14 3 2,834 0 クローバーが咲き乱れる陸前高田の町なかで、あの電柱と再会した。 初めて会った4月には、周囲は寒々しい景色が広がっていたが、シロツメクサが白い花を咲かせているだけで印象が少し違って見える。 2カ月ほどの間で変化したことといえば、日中ならそろそろ半袖でも過ごせるか
息子へ。被災地からの手紙(2013年6月4日) iRyota25 2013.06.13 3 1,863 0 2013年6月2日 岩手県大船渡市越喜来 あれからもうすぐ2年と3か月だ。 津波の悲惨さを伝えるような写真記事はどうしたものだろう。 「もうそろそろ。」 撮ってきた写真をモニタに並べながら、そう思った。でも違うぞと思い直した。 ひとつの出来事をすぐに思い出した。最初に被