岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」。
東日本大震災前に約7万本あった陸前高田の松の中で、唯一津波に耐えて残った松。
「希望の一本松」、「ど根性松」とも呼ばれているが、一本だけ残ったこの木は、まさに奇跡の松だと思った。
この松をどうしても見てみたかった。
「奇跡の一本松」を初めて見たのは、昨年のゴールデンウィークだった。
陸前高田には、まだ夜明け前の早朝に到着して、日の出を待っていた。灯りはなく、暗いためにいったい周りはどのような状況なのかがわからず不安だった。暗闇の中、言いようのない孤独さと怖さの中、太陽が上るのを待っていた。日の出までがとても長く感じられた。
空がうっすらと徐々に明るみ始めて陽が上ると、周りの状況が見えてきた。ほとんど何もない野原のような場所に、被災物したものが一部、山のように積まれていた。そんな中、雲間から差し込む朝日の中で一本すっと立っている「奇跡の一本松」の姿は神々しかった。
この時の姿は、「奇跡の」というよりむしろ「希望の」という呼び名の方がしっくりくるような光景だった。
モニュメントとなった奇跡の一本松
約1年後の2013年7月18日、再び「奇跡の一本松」を訪れる。
ただ、一本松は前年と全く同じというわけではなかった。
塩害の影響で枯死してしまった「奇跡の一本松」は、2012年9月12日に切断され、防腐処理を施した後、再び元の場所に震災のモニュメントとしてあった。
到着したのが夜だったために、「奇跡の一本松」は暗闇の中に、ライトアップされて立っていた。ただ、時間が遅かったためか、途中にある柵が閉まっていて、
一本松には近づくことはできなかった。
翌日、再び「奇跡の一本松」を訪れる。
天気はあいにくの曇り空で時折、小雨がぱらついていた。あまり人に出会うことがない陸前高田だったが、この一本松には、ほぼ人が絶えることがなく訪れていた。
「奇跡の一本松」の保存については、反対意見もあるそうだ。保存処理に1億5千万円の費用が必要なのだが、そのお金を復興にあてた方がいいという。保存の賛否についてはわからないが、復興が進み、誰もが一本松を保存してよかったと思える日が来てほしいと思った。
10年後、復興した陸前高田の街のバックに奇跡の一本松が立っている光景を見たいと思った。
奇跡の一本松
Text & Photo:sKenji
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