正午の“にゃー”タイム
私事で恐縮なのだが、先日26歳の誕生日を迎えたばかりだ。他人にどう思われているかはともかく、世間から見ればもはや良い大人である。大人には大人たる態度と言うものがあり、気品ある振る舞いが求められるのだ。それは承知している。
しかし、しかしだ。ここは宮城県・田代島。人口は100人前後、周囲には誰も居ない。「旅の恥はかき捨て」と言う。僕がそこそこの良い大人であることは、この際どうでもいい。しかし、僕が女の子、もしくは子供であれば多少マシなのだろう。しかし、たらればを言っても仕方がない。やると決めたらやるしかない。しかし、曲がりなりにも自分は成人男性という身分だ。ましてこんな姿、街中ではとうてい見せられないだろう。変人と言うレッテルすら貼られかねない。しかし、ここは島である。何度も確認した。僕の周りには猫しかいない。しかし、しかし、しかし。
・・・そして僕は意を決した。猫がいる方へ居直って、こう言ってやった。
僕「に、にゃーー。(限りなく高い裏声)」
言ってやった。言ってやった。大の大人が、猫に猫語で話しかけてやった。
・・・だが、猫は警戒しているのか、こちら側をじっと見据えて微動だにしない。ややもすれば、「なに言ってんだ、こいつ。」と、言わんばかりの冷めた顔にすら見える。いやしかし、一回試してみただけじゃわかるまい。
逆の立場で考えてみてほしい。
仮に猫が、いきなり人間の言葉で話しかけてきたとしたら、僕なら間違いなく硬直する。何が起こったのか、理解するまでに時間もかかるだろう。きっと、この猫は今そういう状況なのだ。半信半疑である。
だからこそ、僕はここであきらめてはならない。さらにひと押し、警戒心を取り払ってあげなくては。もう一度、もう一度だけ話しかけてみよう。
さぁ、行くぞ。3、2、1・・・
僕「にゃーーぉ。(一回目よりは上手な感じで)」
すると・・・、
猫「にゃーー」
!!?
返事した!奴は返事をした・・・のか?再度周辺に人がいないことを確認し、僕はもう一度言ってやった。
僕「にゃーぅ。(だんだん上手になる感じで)」
猫「にゃーぉ、にゃーぉ」
トコトコトコトコ・・・(近づいてくる)。おおっ、おおおおおお!!!こいつ・・・、まさか懐いているのか。まさか。
と思ったが、それはどうやら勘違いだった。猫の視線の先はどうやら僕が持つ手提げかばん。田代島には食堂がないため、石巻のスーパーで昼食用の菓子パンを購入していたのだ。おそらく、それに反応していると見た。
僕「わかった。わかった。」
思わせぶりなことを言う。言ったところで伝わってないだろうけれど。袋からパンを取り出すと、猫は再びにゃーにゃー鳴きながら、僕のくるぶし付近にすり寄ってきた。さらに周辺にはほかの猫まで。さすがは「猫の島」田代島である。
こうなるとパンをちぎって分けてやりたいのが人情だが、島では人間の食べ物を与えるのは原則厳禁。眼の前で見せびらかしつつ、自分の口に放り込む。いつの間にか7~8匹と集まった猫たちは期待の眼差しでパンの方向を追うも、最後は僕の口のなかへ届くパンに唖然としていた。猫には少々かわいそうな気がするが、やっている方はちょっと楽しい。
こうして、猫の前で昼食を終えた僕は、再び猫と遊ぼうと思った。
僕「にゃーぅ。(小馴れた調子で)」
猫「・・・・・」
つんとした態度で猫は路地裏へ駆けて行った。
僕「あ・・・。(地声)」
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