「いや、万はいるね」
口永良部島の移動は基本的に車となる。隣りの島、屋久島ほどの広さはないが、それでもメイン集落の本村(ほんむら)から他の集落に移動しようと思えば、それなりに時間を要するのだ。そして僕は少し気になっていることがあった。
ガササッ、ガササッ!
車が通ると取り乱したかのように走り出すシカたち。あるシカは危険にも飛び出し、あるシカは器用にもガケ沿いへ逃げていく。かと思えば、車に驚いてか(?)急に硬直して立ち止まってしまうヤツもいた。
それが「たまに」ならまだしも、数分に1回ペース、しかも集団で飛び出してくるから大変である。島民の人々も慣れているようで轢いてしまうことはないそうだ。とは言え、その都度減速したり、急ブレーキになったり。助手席に乗せてもらっている僕はもうへろへろだ!
いったい何匹おるねん!
人口およそ150人の口永良部島。だけど、こんなにもよく見かけるシカに限って言えば、数千匹はカタいのではないか。僕は、屋久島と口永良部島を行き来する漁船の船長である武石さんの車に同乗させて頂いた際、思わず質問してみた。ところが、武石さんは、
「いや、万はいるね」
と、さらりと即答。種類としては屋久島と同じ“ヤクシカ”らしいが、屋久島のヤクシカより、ひと回りほど大きいのだというからその存在感は抜群だ。
初めてシカを見たときは、そのサファリパークみたいな雰囲気に「口永良部島、すごい!」と良い大人のくせしてワクワクもした。が、馴れてくると、走行中どこから飛び出すか分からないヤクシカにはもう冷や冷やモノである。それにしても、万もいるのか・・・
増えるシカと口永良部島
しかし、その存在感は何も車道の上だけの話ではない。こんなヤクシカたちの食生活を支えるのは、この緑いっぱいの口永良部島である。シカの繁殖力は凄まじいようで、緑ある限り、シカは増え続けるのだそうだ。
ところが、それで良いかと言われれば、答えはNOである。口永良部島では牧場にて牛が育てられているが、その牛たちに確保すべき牧草も、ヤクシカたちが食い荒らしているのだ。島で牛を飼う山地竜馬さんに聞けば、牛の飼料となる牧草は一部輸入飼料を買って賄っているのだそう。牛飼いにとって、牛は貴重な収入源だ。それを育てるための費用がかさんでしまっては本末転倒である。
「明日は口永良部島の牛飼いたちで、シカ除けの柵を貼る作業をするんですよ。」
と山地さん。かつては栄養不足で牛を死なせてしまったこともあるらしく、シカ対策は死活問題とのこと。駆除することで1頭あたり5000円支給されるらしいが、誤って牛を撃ってしまった過去もあり、容易に狩猟は出来ない現状もあるそうだ。そんななか、運よく駆除できたものは食用にすることもある。それでも繁殖の方が勝っているらしい。
また、シカが増えるとヒルが増えるとも言われている。ヒルにとって、シカは宿主となるらしいのだ。シカ除け作業を終えた山地さんは「ヒルに食われちゃったよ」と足もとを気にしていた。
島の道路をのんびり歩いていても、やはりヤクシカを見かけた。白くもこもこした小ぶりな尻尾といい、追えば逃げる臆病な性格といい、僕が見る限りのヤクシカはどうにもこうにも可愛らしい存在。しかし、ヤクシカが自由に生きることで、牛や人間が不自由をするのだと思えば、なかなか共存は難しいんだなぁとしみじみ感じてしまう。
改めて、この島からは「生きること」を学べた気がする。
口永良部島の車道
至る所でヤクシカを見かけます。。
まだまだ「島記事」あります。
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