意外だった体育の歴史

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約2年ぶりに沼津市明治史料館を見学しました。戦国時代から現代まで振り返る沼津の歴史、沼津兵学校を開校したのちに沼津の様々な産業を発展させ政治家へと転身した江原素六にまつわる品々が展示されている中、年に1~2回程度の企画展も行われています。

先日まで行われていたのが、沼津の体育やスポーツの歴史を振り返る企画展「マエヘススメ!~沼津の体育・スポーツ史~」です。

沼津は日本の「体育」の先駆けの地です。明治初め、沼津兵学校の授業で「体操」を教えていたことが、日本の体育は沼津から始まったとされる所以です。

明治史料館 令和2年度第2回企画展「マエヘススメ!~沼津の体育・スポーツ史~」/沼津市

生まれも育ちも沼津ですが、初めて知りました。学生時代に受けていた体育の授業で変わったエピソードもないですし、スポーツと言っても他の地域と比べても特別盛り上がっているわけでも、すごく生活に密接している感じもありません。兵学校で始まったことがきっかけとされていますが、それが現在へどのようにつながっているのか。

実際に見学してみました。

日本体育の先駆けとなった地

沼津兵学校は、駿府に封ぜられた徳川氏により、フランス軍制による近代的な陸軍将校の育成のために、明治元年に設けられました。付属の小学校と共に、我が国近代教育の第一歩を示すものです。

沼津兵学校とは?/沼津市

「体育」時代が始まったのは明治時代になってからですが、それよりもっと前の江戸時代からの流れがあります。武士と呼ばれた人たちが心身を鍛え上げるために取り組んできたのが、柔術、剣術、槍術、弓術、馬術、砲術といった武術であり、さまざまな流派が学ばれていたのだそうです。

一方で江戸時代における競技観戦と言えば相撲。これはさらに歴史があり、もともとは鎌倉時代以降、武術と同じく自己鍛練を目的として盛んでしたが、江戸時代に入り、多くの人にとっての娯楽となりました。「楽しみを求める」という意味では、日本における最初の「スポーツ」は相撲だったのでしょうか。

沼津にも下石田村(現在は沼津の大岡)で相撲の興行が行われたという記録が残されています。

学校教育とした体育の普及

そして明治時代に突入し、沼津兵学校を開校。ここで「体操」という教科が日本の教育で最初に取り入れられたとされています。

資業生は「操練」、童生(小学校の生徒)は剣術・乗馬を含む体操と水練を学ぶことになっており、練兵場では木馬・手摺・竹飛び・棚飛び・駆け足・首振り・手足の運動などが行われました。

沼津市明治史料館

現代の体育の授業と比べると、なかなかハードな印象・・・。木馬や手摺はわかるのですが、「棚飛び」とは今で言うと跳び箱でしょうか。「首振り」という運動もなかなか想像できないですね。

この時代(明治初期)は、武士階級の消滅や廃刀令といった出来事から汲み取れるように、武術を続けることが難しい状況でしたが、西南戦争で組織化された抜刀隊の影響によって武術が再注目されたという経緯があります。その後、柔道と撃剣(剣道)が警察や軍隊、さらには学校などへと広まっていきました。

運動会が始まったのは開校からしばらくたって10年代から。ただ現代の運動会のイメージとは異なる形だったのだそうです。というのも、今とは違って学校には狭い運動場しかなかったこともあり、行われたのは千本浜を始めとする海岸や河原が開催場所になっていました。「遠足も兼ねる」という形式で、当時は綱引きや競走などの種目がありました。

明治30年代になってからは、中等学校(現在の高等学校)において、野球やテニスといった欧米発祥の競技が取り入れられました。また、課外活動として学校間の対抗試合もこの時から始まったそうで、現代で言う学校の部活動の原点とも言えるのかもしれません。

校区祭とは?

昭和に入って30年代になると、地方スポーツの振興を目指すという流れが全国的に広まりました。この一環として、静岡県内でも地域スポーツを盛り上げようと各地様々な大会を創設。

沼津市においても駅伝競走や体操祭。中には現在も続く町別ソフトボール大会もこの頃から始まりました。

あわせて校区祭という行事も市内各地で開催。こちらも現在も続いており、小学生の頃は実際に毎年参加していました。

校区祭とは学校ではなく連合自治会が主催する運動会です。前身は各村の青年団による陸上競技会だったそうで、そこから参加者を広げ、形をかえて今の校区祭につながっています。それぞれの町内会、子供会で1つのチームを組み、所属する子供、大人が参加。子供も小学生だけでなく、全員ではないですが、中高生も対象です。

全世代でチームを結成する町対抗リレーはすごく盛り上がっていた記憶があります。ここで町内の様々な人と関わりが持てたことは、今思うと良い経験だったのかも。

改めて小学生時代のことを思い返してみると、1月に駅伝、5月にドッジボール大会、8月に相撲大会、9月に校区祭と数々のスポーツ行事が行われていたことがわかります。こんなに盛りだくさんなのはこうした歴史が背景にあったからなのでしょうね。

今回の見学を通じて、沼津というまちにスポーツは重要な存在だったということは感じることができました。自身の過去も思い出しながら、いろいろと発見があった企画展でした。

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