正月から数えて1年の後半が始まるこの日は、歴史の中でたくさんの節目の日として記憶されてきました。
第一次大戦で初めて戦車が投入されることになるソンムの戦いの始まった日、防衛庁設置法施行で自衛隊が発足した日、環境庁がスタートした日。幕末の不平等条約で函館、横浜、長崎が開港されたのも、南北戦争のゲティスバーグの戦いが始まったのも、古代オリンピックの第一回が開催されたのも7月1日。
そして、無謀な閣議決定が行われたことによって、今後の歴史に記憶される日です。
歴史の中の7月1日
▼紀元前776年 第1回の古代オリンピックが開催される。
Wikipediaによると第1回古代オリンピックが始まったのはこの日であるとされる。
JOCによると第1回から紀元前728年の第13回大会まで、オリンピック競技は「競争」の1種目のみだったという。
最初のオリンピック種目
古代オリンピックで最初に行われた競技は、1スタディオン(約191m)のコース を走る「競走」でした。オリンピアの聖地には、競走のための「スタディオン」が築かれていました。スタディオンは長さ約215m、幅約30mの広場を高い盛り土がスタンドのように囲んだ施設(貴賓席として白い大理石のベンチも用意されていた)です。1スタディオンという距離は、このスタディオンの競技場が基準となった単位なのです。
紀元前776年の第1回大会から紀元前728年の第13回大会まで、古代オリンピックで開かれていたのは競走1種目だけでした。1スタディオンはゼウスの足裏600歩分に相当し、ヘラクレスがこの距離を実測したとも伝えられています。
▼1859年 函館、横浜、長崎が開港
日米修好通商条約など米・英・仏・露・蘭の5カ国との間で結んだ条約で、函館(当時は箱館)、横浜(神奈川)、長崎が開港。安政の五カ国条約では、5つの港を開港する取り決めだったが、残る神戸(兵庫)と新潟の2港は、港の選定や工事の遅れから開港時期が大きくずれこんだ。
安政の五カ国条約は、不平等条約として明治期をかけて改正の働きかけが続けられることになる。
▼1863年 アメリカ南北戦争最大の激戦、ゲティスバーグの戦いが勃発
銃剣で武装した集団突撃戦が行われ、多くの兵士が砲撃によってなぎ倒されたと言われるゲティスバーグの激戦は、7月1日から3日間にわたって繰り広げられた。この戦闘を機に南北戦争での合衆国軍(北軍)の優位が確実になったと評価される。
北軍の司令官であるリンカーン大統領は、同じ年の11月19日、戦没兵士が埋葬されたこの地で有名なゲティスバーグ演説を行った。曰く「人民の、人民による、人民のための政府をこの地上から絶やさないことこそが、私たちが身を捧げるべき大いなる責務」であると。
▼1890年 第一回帝国議会選挙
大日本帝国憲法の定めにより、憲法の施行(1890年11月29日)に先立って行われた衆議院議員選挙。もう一方の院である貴族院は、皇族議員・華族議員・勅任議員による終身制で、選挙が行われるたのは衆議院のみ。
第一回選挙当時の選挙権には、直接国税15円以上納税の満25歳以上の男性という規定があり、全人口の1%強に過ぎなかった。北海道と沖縄県は有権者0だったいう。
▼1916年 第一次世界大戦でソンムの戦いが始まる
英仏軍・ドイツ軍双方が長大な塹壕陣地で対峙し続けていた西部戦線で、英仏軍は周到な準備砲撃を行った上で突撃を敢行する。しかしドイツ陣地の損耗は少なく、イギリス軍は1日で2万人近い戦死者を出すほどの損害を受ける。その後も塹壕を挟んだにらみ合いは続き、9月にはイギリスの戦車Mk.1が初めて戦場に投入されることになる。
▼1921年 中国共産党結成
共産主義政党による国際組織・コミンテルンの指導で、毛沢東らが中国各地で結成していた共産主義のグループを糾合したと言われる。
▼1925年 中華民国国民党が広東国民政府を結成
前年の国民党一全大会の決定に基づき結成されたが、この年3月の孫文の死去の後、蒋介石と汪兆銘が決別。反帝国主義的な五・三〇運動を運動の盛り上がりを背景に汪兆銘が国民党政府を結成するが、中国は混乱の度を深めていく。
▼1932年 富士山頂での通年気象観測が始まる
設置されたのは、臨時富士山測候所。富士山レーダーが設置されていた富士山最高峰剣ヶ峯近くではなく、富士山山頂、通称お鉢の南側、成就ヶ岳と駒ヶ岳の間の東安河原に設置された。
▼1939年 第二次ノモンハン事件
満州国とモンゴル人民共和国の国境紛争。それぞれの後ろ盾である日本軍とソ連軍が戦火を交えた。5月に発生した小規模な軍事衝突を受けて、7月1日からは大規模な渡河作戦、戦車戦、航空戦が行われる。地上ではソ連戦車に対する日本陸軍の劣勢が明らかになった。
直接国境を接しているわけではない日ソ両国の軍事衝突。集団的自衛権の行使によって日ソともに約1万人の兵士の命を失うことになった。
▼1942年 第二次世界大戦「エル・アラメインの戦い」始まる
北アフリカで対峙したドイツとイギリスを主体とする地上軍が、エジプト北部の地中海沿いの町、エル・アラメイン(アレキサンドリアの西約100キロ)を取り合う戦闘が始まる。敵からも智将としての尊敬を集めたエルヴィン・ロンメル率いる枢軸国側だったが、補給の乏しさと対するイギリス第8軍の物量の前に敗走し、翌年には北アフリカから枢軸国軍は追い払われた。
第二次世界大戦のターニングポイントのひとつとなった戦いと称される。北アフリカを失ったことで、連合国はイタリアへの侵攻が可能になったのみならず、バルカン半島から東ヨーロッパに討ち入る道も拓かれた。(ルーズベルト米大統領の反対でこの作戦は採られなかったが)
▼1946年 戦後の核軍事力のデモンストレーション、クロスロード作戦始まる
第二次世界大戦終結の翌年に南太平洋のビキニ環礁で行われた原爆実験。敗戦国である日独のみならず、連合軍側の老朽艦なども含む70隻の艦艇を環礁に配置し、原爆による破壊効果が調べられた。唯一の核武装国のデモンストレーションとしての「作戦」という側面も大きい。
▼1968年 核拡散防止条約(NPT)が調印される
核兵器廃絶を目的に、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中華人民共和国の5カ国以外の核兵器の保有を禁止する条約として、最初の62カ国による調印が行われた。核廃絶を目指すとしながらも、保有国に対して製造や装備を制限するものではないため批判も多い。
日本の署名は1970年で批准は76年。核燃料リサイクルに向けて走り出していた当時の日本では、核兵器となりうるプルトニウムの保有をめぐって米国との駆け引きの途上にあったことが、調印が遅れた背景にあるとされる。
▼1968年 郵便番号導入
当初の郵便番号の枠は5つ。上3ケタは太線囲み、下2ケタは細線。枠は5ケタ分あっても、郵便物の取り扱いの多い都市部の郵便番号は3ケタ(例えば〒160=新宿区新宿周辺)、郡部は5ケタのことが多く(例えば〒410-21=田方郡韮山町周辺)、都市部の宛先より多くの数字を書く必要があった。
▼1968年 ポケットベルのサービス開始(日本電信電話公社)
意外と古い。
▼1979年 初代ウォークマン発売(ソニー)
当時はもちろんカセットテープ。ステレオ再生専用機というコンセプトが斬新だった。
▼1992年 山形新幹線開通
在来線区間に乗り入れる初のミニ新幹線。
▼1997年 香港が中華人民共和国へ返還
アヘン戦争の講和条約として、1842年に英中間で結ばれた南京条約で香港島がイギリスに割譲されたのを契機に始まったイギリスによる香港支配。99年間の租借を定めた1898年の条約が満了したこの日、香港は中国の特別行政区となった。
▼1999年 NTT分割
1985年に電電公社から民営化された日本電信電話株式会社(NTT)が、地域会社であるNTT東日本、NTT西日本、長距離会社のNTTコミュニケーションズの設立で、持ち株会社と併せて4社に分割された。ちなみにNTTは「Nippon Telegraph and Telephone Corporation」の略。
▼2014年 第二次安倍内閣が、集団的自衛権行使容認を閣議決定
この日が誕生日
◆1780年 カール・フォン クラウゼヴィッツ
ナポレオン戦争の時代のプロイセン王国の軍人・軍事理論家。「戦争論」を著す。
◆1866年 チャールズ・ダベンポート
まるで人間を家畜のように改良しようという優生学思想を作り上げ、母国アメリカのみならず、ドイツにも広めた生物学者。
◆1870年 阪田三吉
大阪府堺出身の伝説的将棋棋士。通天閣下には死後建てられた「王将」の碑がある。
◆1872年 ルイ・ブレリオ
ライト兄弟の初飛行の5年半後、ドーバー海峡横断を世界で初めて実現したフランスの航空開発者。機首にエンジンとプロペラを装備し、大きな主翼の後ろに尾翼と垂直安定板というブレリオ11型のスタイルは、ライト機よりもはるかに今日の飛行機に近いものだった。
◆1893年 獅子文六
ししぶんろく。日本の文学者。代表作に「悦ちゃん」「てんやわんや」など。
◆1955年 明石家さんま
お笑いタレント。
◆1961年 ダイアナ元皇太子妃(プリンセス・オブ・ウェールズ)
1996年の離婚確定後もエイズ、ハンセン病、地雷除去などの社会貢献活動に尽力したことで知られる。死後、遺体は女王の反対を押し切る形で、チャールズ皇太子に引き取られ準国葬が営まれた。
◆1961年 カール・ルイス
オリンピックで9つの金メダルを獲得したアメリカの陸上選手。
◆1985年 桜井のりお
日本の漫画家。性別は女性。「子供学級」「みつどもえ」など。
この日亡くなった人たち
・1224年 北条義時
鎌倉幕府2代執権。頼朝の妻・北条政子の実弟。京都の朝廷に対する幕府の優位を決定づけた承久の乱(1221年)の後、職を辞していた。出身地伊豆に夫婦並んだ墓石が建てられている。
・1860年 チャールズ・グッドイヤー
生ゴムに硫黄を加えることで飛躍的に品質を改良できる加硫法を発見したアメリカの発明家。加硫は生ゴムに弾力や安定性を与えるが、強く加硫すると生ゴムはプラスチックのように硬化することも見出し、弾力性に富んだ実用的なゴムとともにエボナイトの発明者でもある。タイヤメーカーのグッドイヤーは彼の業績に因むが、本人との関係はない。
・1896年 ストウ夫人
「アンクル・トムの小屋」などを著したアメリカの作家で奴隷制廃止運動化、ハリエット・ビーチャー・ストウの忌日。
・1925年 エリック・サティ
フランスの作曲家。近代と現代をつなぐ結節点。
・1934年 三岸好太郎
札幌市出身の洋画家。フォーヴィズム、シュルレアリスムなど時代の空気を吸収した独自の作品を残すが31歳で夭逝した。
・2005年 萩原葉子
詩人・萩原朔太郎の長女で小説家。「父・萩原朔太郎」「天上の花」「蕁麻の家(いらくさのいえ)」など。
・2006年 橋本龍太郎
第82・83代内閣総理大臣。消費税を5%に増税した際の首相。
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