メンタルとフィジカルの両面を指導できるスポーツトレーナーとして数多くのアスリートを勝利に導いた立役者。医学的にも正しい3~12歳向けの筋トレ&ストレッチを紹介した新刊は動画解説も付いて、保護者が知っておきたい運動の教科書として活用できます。中野さんの子ども時代をはじめ日々の正しい運動について、詳しくお聞きしました。
中野ジェームズ修一(なかのジェームズしゅういち)
スポーツモチベーションCLUB100 最高技術責任者PTI認定プロフェッショナルフィジカルトレーナー米国スポーツ医学会認定運動生理学士(ACSM/EP-C)
1971年8月20日、長野県生まれ。フィジカルを強化することで競技力向上やケガ予防、ロコモ・生活習慣病対策などを実現する「フィジカルトレーナー」の第一人者。また、日本では数少ない、メンタルとフィジカルの両面を指導できるスポーツトレーナーとして、日本を代表するトップアスリートから一般の個人契約者まで、数多くのクライアントをもつ。2014年からは青山学院大学駅伝チームのフィジカル強化指導も担当しつつ、講演会なども全国で精力的に行っている。著書に『世界一伸びるストレッチ』『世界一効く体幹トレーニング』(ともにサンマーク出版)、『青トレ』シリーズ、『定年後が180度変わる大人の運動』(ともに徳間書店)など、ベストセラー多数。新刊は『医師も薦める子どもの運動』(徳間書店)より刊行。
成功体験と達成感は別のもの。
――新刊「医師も薦める子どもの運動』拝読して12歳頃までの運動が大人になってからの健康を作るものだと改めて認識しました。運動にふさわしい時間帯や運動量はありますか?
トップアスリートのフィジカルトレーニングは、夕方4時から6時くらいがトレーニング効果が高まるとされています。これは交感神経と副交感神経が入れ替わる時間帯です。朝は交感神経が活発なため、それぞれ競技のために練習時間にあてます。一方で、子どもが運動する時間帯は特に限定しません。自分が取り組みやすい時でいい。何もスポーツをしていない子の場合は1時間以上は毎日動いた方がいい。ですが、今はそれも難しいと聞いていますので、最初は30分でもいいからトレーニングをしてほしい。成長期に筋肉をつける、腱を強くする、代謝能力を上げる、神経系発達を促すなどは遊びの中で培われるものですが、明らかに今それが失われている。公園で座ってゲームをしている子どもたちが大人になると、どうしても体が構造上弱い。大人になってから強い体を作るために、子どもの頃から体を動かす習慣を作ってほしくて、この新刊を書きました。
――登山やトレッキング、マラソン、サッカーなど足を使う競技の場合、こんなトレーニングはやってはいけないというものは?
足に限定したものではありませんが、オスグッド症候群はよく言われますね。まだ成長段階で骨が柔らかい時に、膝関節を過剰に屈曲して負荷をかけ、一気に収縮するような運動は避けなくてはいけません。うさぎ跳びがダメでオスグッドになりやすい、というのはよく知られていると思います。なぜいけないのか?わかっていないと、似たような運動をして負荷をかけてしまう。
――昭和ではうさぎ跳び、かなり熱心にやっていた時代がありましたからね。では子どもが結果を出すこと。出し続けるという継続する力は、何が一番要素として必要でしょう?
そのスポーツや、取り組んでいることが「好き」ということでしょう。嫌々取り組むことに成長はない。仕事に関してもそうで、嫌なことはしたくない。楽しいことをしたいという優先度が高い。何か報酬を得られるから頑張るのが第二世代、成果主義です。今は第三世代と言われていて、楽しいか楽しくないか?で傾向が変わってきている。そのスポーツが楽しくなかったら成績が伸びていかない。逆に嫌いだと思ってやっていくうちに技術を習得できるようになると楽しくなります。できないができるようになると達成感が得られます。達成感を得られると自己肯定感が高まります。そして、達成感が高まるとアドレナリンがたくさん出ます。興奮状態になって、もう一度達成感を味わいたくなる。それが繰り返されることで良い結果を出せるようになるわけです。
――自ら選んで取り組む自発性が大切なのでしょうね。
成功体験と達成感は別のものです。難しいことに挑戦して得られる達成感や喜びが、結果に結びつくのでしょう。例えば、誰もいないゴールにシュートが決まっても成功体験にはなっても達成感は得られません。逆に、難しい試合でシュートを決めることができた時は達成感を大いに得られる。毎回勝つ選手はいません。どんな有名な選手でも負けることもあれば、勝つこともある。4年ぶりに勝てて達成感を得られても、次の1年は自己ベストが出ない、怪我をする、試合に出ても成績が悪い…というのが99%です。トレーナーとして選手に携わっているのは結果を出すための失敗の積み重ねのほう。4年に一度の晴れ舞台で結果を出すために、負ける体験をしながら毎日コツコツとトレーニングをしているのです。
ひとり一人の成長に寄り添うのが指導。
――中野さんの子ども時代はどんな?今のお仕事につながるエピソードはありますか?
「しなければならない」「そうすべきだ」という思いが強い子でした。自転車走行の安全知識を教えに、おまわりさんが学校へレクチャーしに来てくれました。横断歩道の所でちゃんと止まって右左を確認する・・・という、あれです。でも、その日の帰り道に一般道で見かけたおまわりさんは、そんな動作はせずに走っていった。それを見てショックで母に伝えて、警察署の一番えらい署長さん宛に「おまわりさんは僕らに教えてくれた通りにやっていませんでした。ぼくはなっとくできません」と手紙を書きました。翌朝、電話が掛かってきて「お手紙ありがとう。きょうおまわりさん全員に伝えたからね」と。小学2,3年生の頃の出来事です(笑)。
――おもしろいですね。その視点はスポーツトレーナーの仕事に生かされていますか?
トレーナーになりたての頃は、クライアントに宿題を出してもちゃんとこなさないと「なんでやらないんだ」と頭ごなしでした。勝ちたいなら宿題こなすのが当然だと思っていましたから。ただ、それでは勝てなかった。僕の妥協できないこだわり特質は、心理学を学ぶうちに変化しました。いろんな性格の人がいるから、自分の考えと違って当たり前だということに気付かされたのです。単一な指導ではなく、ひとり一人の個別性に沿って指導のほうが良い結果を生み出すのです。
――新刊では子ども時代の過ごし方が将来の健康につながる点を強調されています。子どもの頃、中野さんはどんなスポーツを?
3歳から水泳を。きっかけは3つ上の姉がスイミングクラブへ通っていたからです。姉の後ろを追って通い始めました。他にも、ミニバスケット、野球、スキーなどいろいろ機会を与えてもらえました。水泳はそれほど好きではなかったのですが、スイミングクラブで一緒の友達と離れるのが嫌で、合宿も一緒に行くし、選手コースにも一緒に…という感じで(笑)。強い思い入れもなく、水泳しかなかったので、進学先も水泳で決めました。
卒業後は水泳の指導者に。強化選手育成の指導をする一方で、高齢者や子どもの水泳指導も並行して行っていました。この時点ではまだ「泳げない人を泳げるようにするにはどうしたらいいか?」ということがわかっていなかった。なぜなら自分は3歳から泳げていたので、泳げない人がなぜ泳げないのか?理解できなかったのです。教え方が上手な人というのは、なぜできないか?に共感できる人だと思います。その後、体のメカニズムが好きでスポーツの現場でトレーナーとして歩むことになりました。
――渡米されてロスアンゼルスでトレーナーを始めようと思われたきっかけは?
アメリカと日本を行ったり来たりして20歳前後でロスで学生をしていたとき、パーソナルトレーナーという存在と出会いました。まずびっくりしたのは、スポーツジムに行くと黒いTシャツに自分の所属ジムの名前と電話番号を白文字でプリントしたパーソナルトレーナーがたくさんいたことです。これって何の人だろう?と周りに聞けば、パーソナルトレーナーということでした。当時は日本でその肩書は認識されておらず。試しに3か月で自分の理想の体になれるか?あるトレーナーと契約してトレーニングを続けたところ、本当に理想的なスタイルができた。これは日本でも広めたい、と思いました。
必要なのは、不安と不変と共感。
――この書籍を執筆するにあたって親が子どもの運動に対してどんな悩みをもっているのか座談会をされたとか?どんなお話が出てきましたか?
ひとつビックリしたのは、「試合を観に来てほしくない」と親にいうお子さんが多かったことです。僕はいまだに親がこなかった試合は覚えていますし観に来てほしかったので。なぜ?と聞けば、家に帰ってからお母さんに試合のことをあーだこーだ言われたくない。お母さんがナデシコジャパンのメンバーだったらわかる。でもサッカーのことわからないくせに腹が立つ…ということでした。でもスポーツアロママッサージというのを取り入れて、お母さんが試合から帰ってきた子どもの足をマッサージするようになったら、試合のことを話してくれるようになったそうです。トレーナーも選手にマッサージをしながらコミュニケーションを取るのでよくわかりますし、その話を聞いて感動しました。
――私もかつて息子が出場していたサッカーの試合で、外野からわぁわぁ!声掛けてきたのでわかります。子どもの心をご飯で満たすというのも重要かと。手抜きもしてきましたが(笑)。
僕の母は、小さな頃から添加物は避けて、おやつも手づくりのものを食べていました。コーラなどの清涼飲料水やレトルト食品などは一切食べさせてもらえませんでした。それだから今、体が丈夫なのだと思います。一番健康を司るのはご飯です。同じトレーニングをしても、何度も骨折したり怪我が多い選手と、まったく怪我なく練習できる選手がいます。やはり、子どもの頃どういう食生活をしてきたか?はある時期になって骨の強さにも出るものです。
――運動するには食の意識も欠かせませんね。ではフィジカルトレーナーとして中野さんが毎日心がけているのはどんなことですか?
「不安であれ、不変であれ、共感すること」の3つを大切にしています。100%成果のでるトレーニングはないし、ゴールデンメソッドは世の中に存在しません。算数ではないので正解がない。この方法でいいのだと決定づけてしまうと、間違っていても気づかない。ベテランになるほど「これでいい」と思い込みたくなる。でも毎回、これで本当にいいのか?違ったのではないか?もっといい方法があったのでは?と常に不安でいないと、成長が止まってしまいます。もちろん選手たちには自信をもって「これでいい」と断定して伝えます。でも内面では不安感をいつも持つようにしています。また、選手は気分のアップダウンが激しい。技がきまらなかったり、体調が優れない、監督から怒られたり。トレーナーは常に一定でないと選手を支えられません。いつもテンションが同じ。風邪をひいたり、二日酔いなど許されませんし、プライベートで落ち込むことがあっても表には出しません。最後に、共感できるくらい相手に感情移入できることは大切。例えば、選手が大会前に怪我をして落ち込んでいたら、そういう時に自分も同じくらい悲しい気持ちになれるか。逆に、試合に勝って泣いている時、一緒に泣けるか?です。
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