「アドリア海の真珠」と称されるクロアチアのドブロブニク旧市街。真珠に例えられる街は世界中にいくつかありますが、なかでも紺碧の海原に浮かぶようにあるドブロブニクはまさに海に浮かぶ宝石。ぜひ、一度は訪れたい街のひとつです。
ドブロブニクの魅力
ドブロブニクは世界一周旅行に出る前から行こうと心に決めていた場所。その魅力はなんと言っても「街並みの美しさ」。アドリア海にちょこんと小さく突き出た岬を縁取るように城壁が造られ、その内側には中世を彷彿させる街並みがあるのです。
街中に一歩足を踏み入れるとそこはまるで数百年前のヨーロッパの世界。石畳の通りの両脇に建ち並ぶ建物は現代にいることを一瞬忘れてしまいそうな光景です。
真偽のほどは定かではないものの、ドブロブニクは宮﨑駿アニメ「紅の豚」のモデルになったと言われています。実際に街を目にすると、その噂は本当ではないかと思わせるものがあります。
個人的にはさらに、スポンザ宮殿の時計台が「魔女の宅急便」の中に出てきたワンシーンを想起させました。
ドブロブニクの歴史
ドブロブニクの街の歴史は、7世紀、ローマ人が砦を築いて「ラグーザ」と名付けたことに始まるとされています。
13世紀以降になると街は地中海貿易によって発展。ビザンツ帝国、ヴェネツィア共和国、ハンガリー王国、オスマン帝国などの強国の影響を受けながらも、巧みな外交と強固な城壁によって自治を守り続けたといいます。
しかし1806年、その歴史ある都市国家もナポレオンが率いるフランスに降伏。その後、1814年にオーストリア=ハンガリー帝国の配下に入ります。
第一次世界大戦後にユーゴスラビア領となりましたが、1991年にクロアチアとして独立宣言をして現在に至っています。
戦火をあびたアドリア海の真珠
多くの旅行者を魅了するアドリア海の真珠。しかし、いま私達が目にしている美しい街並みは、ドブロブニクに住む人々の不屈の努力の証でもあるのです。
実はこの街もクロアチアの独立宣言と共に始まったユーゴスラビアとの戦争で壊滅的な被害を受けたのです。
紛争時、ドブロブニク旧市街には数千発の砲弾が撃ち込まれ、およそ70%もの建物が破壊されたそうです。
旧市街は1979年に世界遺産に登録されたものの、91年には危機遺産リストに記載されてしまいます。
しかし、95年に戦争が終結。すると地元住民が中心となって修復工事が始まります。修復では屋根や彫刻などに同じ素材を用いて行われたそうです。
その努力が実を結び、1998年に危機遺産のリストから除外。再び蘇った美しい街並みが世界中の旅行者を惹きつけているのです。
今訪れると戦争の後を感じさせないドブロブニク。街の輝きを再び蘇らせた方々に感謝すると同時に、この美しい街が二度と戦火にまみれないことを心より願わずにはいられません。
ドブロブニク
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