「バレエが好きで好きでたまらなかった」5歳で始めたバレエに心奪われ、17歳で単身渡英。苦悩と努力を重なた結果、名門バレエ団で最高位のプリンシパルまで昇り詰めた日本人バレエダンサー。その横顔は、朗らかで妖精のような女性。好きなことを大切に培い表現している彼女は、英国で知らないものはいないほどの存在。幼少期のエピソードをはじめ、今秋公演への意気込みをお話し頂きました。
佐久間 奈緒(さくま なお)
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団プリンシパル
1976年福岡県生まれ。5歳から三ノ上万由美に、10歳から古森美智子に師事。93年より2年間、英国ロイヤル・バレエ・スクールに留学。95年、現バレエ団に入団。02年に「ロミオとジュリエット」で主役デビューを果たし、その後プリンシパルに昇格。
5歳でバレエに開眼、夢中で続けてきた
――佐久間さんがバレエを習うことになったきっかけとは何でしたか?
母がバレエ観賞大好きで、初めて一緒に公演へ連れていってもらったのが5歳の頃でした。客席で私が舞台を真似て踊っている姿を見て「バレエ習いたい?」と母が聞いたら「やりたい!やりたい!」と私が答えたそうです。その翌日から近所にあったバレエ教室に通うようになりました。その日から一度もバレエが嫌だ!と思ったことがないんです。
――5歳というとまだ本当に小さくていらしたでしょうけれど、指導される先生はどんな方でしたか?
教室に通う同じクラスには小さな子がいっぱい通っていました。当時の先生はレッスンが厳しかったというよりも、それ以前に挨拶をはじめ礼儀作法がとても厳しかったという印象です。それは後々、とても役立つことでしたので感謝しています。母も礼儀作法には厳しい人でしたが、それに輪をかけて先生は厳しかったです(笑)。たとえば「何か質問されたら3秒以内に答えないとダメ」と常に言われていましたので、5歳の子への要求としてはかなり高度なものでした。
――学校へあがってからも、もちろん生活の中心にバレエがあったと思いますが、どのくらい練習をされていましたか?
週3回教室へ通っていました。私は先生にとてもかわいがってもらっていたので、教室の中だけでなく先生が出かけるスタジオに小さなアシスタントとして同行していました。私は6,7歳の頃でしたが、私よりもっと小さな子のクラスを任せてもらって。そのクラス終了後は教室に戻って、大人のジャズダンスクラスへ参加。バレエとは似て非なるものですが、実は母が参加していたのです。大人の中にチビッ子は私一人きりで(笑)。踊るのが大好きで、スタジオに朝から晩までいるのが好きな子でした。一方、学校ではお遊戯会みたいな舞台にあがる主役に必ず立候補する子でした。ステージが大好きでしたね(笑)。
――練習が全然苦にならなかったというのはスゴイですね。好きなことを続けるにはどんな努力が必要でしたか?
小さい頃は体で覚えるしかないんです。今は知識も経験もあるので体力を燃焼させなくても上手くいく方法を考える力があります。バレエは感覚なので自分の体が覚えるまで何回もやってみる。それしかなかったですね。母はバレエを強制することはまったくなくて「やめたければいつでもやめなさい」と言ってくれていました。スタジオに顔を出すことすらあまりなかった。関心がなかったわけでなく、そこは子どもを信頼して任せてくれていた。そういう点は感謝しています。
バレエ漬けの12年間を経て17歳で単身渡英
――学校へ通われてからもバレエ中心の生活だったわけですね。単身渡英までのバレエへの志とは?
5歳から習い始めた教室は家から3分で歩いて行ける場所にありました。指導者の先生も素晴らしかったのですが、5年そこで続けて10歳になった時、もう少しバレエに集中したレッスンをしたいと新たなバレエ教室へバスに乗って通うようになりました。母と相談して最終的に私が決めました。2つ目の教室には10歳から英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団へ入団するまでの7年間通いました。
――渡英のきっかけとはどんなことでしたか?
2つ目の教室でも指導される先生が素晴らしい方で、私が一生バレエを続けたいけれど、どうすればいいか相談したのです。すると先生は「日本にはビジネスとしてバレエができる環境が残念ながらまだない。海外のバレエ団に入って仕事として世界を舞台にして踊るべきだ」とアドバイスをくださいました。中学3年生の頃、その言葉を聞いて「私にはこの道しかない」と確信しました。
――そういう決断が中学3年生でなさるなんてすごく大人でしたね!
バレエがただただ好きで、バレエを辞める日が来ると考えただけで悲しくなったんです。続けるためには何が何でもその道しかないなら、その道を行くしかない!と。母はそういうことを熟知した上で「覚悟はできているの?」と聞いてきました。怪我をするかもしれないし、ある日突然踊れなくなる日が来てしまうかもしれない。そう言われても私は何とかしてバレエに関わる仕事をしたいし覚悟はできている…と伝えたら、この子はやらせても大丈夫と思ってくれたのでしょう。それならその道のために準備を…と先生も一緒に考えてくださることになりました。
――単身で異国の生活は苦労がおありだったのでは?
英語がまったく話せないわけではありませんでしたが、やはり行ってみると聞き取れるけれど話せないし孤独感を味わいました。レッスン中に言われていることは理解できても、寮に帰ってから友達とコミュニケーションが取れなかった。それでも3ヵ月くらいしてその環境にすっかり慣れました。ロイヤルバレエ・スクールは春夏冬と長期休暇がしっかりあるので、その時期は日本に帰りました。でも2年生の春休みだけは帰らなかったんです。
――それはなぜ?
毎回、両親に航空チケットを用意してもらうのが申し訳なくて。それでバイトをして自分で航空券のお金を作ろうと春休み中バイトをしたんです。春休みでほとんどの生徒は実家に帰っていましたが、空いているスタジオで自習をして夜は日本食レストランでバイトという生活。両親に言うと心配するので内緒にして、航空券を買って帰国する時に「あれ?お金はどうしたの?」と聞かれて「実は…」と告白。その時は感動…してくれましたね。成長したなぁ~と思ってくれたのではないでしょうか。
舞台で踊りたい!というやる気のカタマリ
――ロイヤルバレエ団では大変な競争があると思いますが、その中で勝ち残っていくにはどんな心構えが必要ですか?
ロイヤルバレエ団は入団までも厳しいオーディションがあります。バレエをする家系、血統など選ばれた人が入ってきます。ロイヤルバレエ団に入るまでに10歳から17歳くらいの生徒が通うロウアースクールがありますが、そこに入団するにも選抜があります。そこでレッスンしてきた子のほとんどがロイヤルバレエ団へ進みます。私が単身で渡英したのが17歳でしたから、まず最初の3ヵ月はショックで(笑)。彼女たちとは立ち姿から違いますから劣等感の毎日。なぜ私はここに来てしまったのだろう…という後悔の念が湧いて。
――でもそのプレッシャーを乗り越えられたのは、何がきっかけになったのですか?
1年生の最後にスクールパフォーマンスというのがありまして2年生の公演で人数が足りないと1年生も入れてもらえるんです。多くはカバー(代役)で、名前をそこに連ねるだけでも1年生としては幸せなこと。私もそこに入れてもらえて、信じられない想いでとてもうれしかった。「もしかするともっと練習すれば、もっと何かいいことが起こるかもしれない…」という予感がして、春休み皆が実家に帰っている間、こっそり一人スタジオで自主練を続けたのです。春休み明けて先生が「休み前に習ったことを今ここでやってみて」と言われ、その場がちょっとしたオーディションになりました。そこで私は自主練の成果もあってちょっとうまくできたので、卒業公演で役をもらうことができたんです。それがきっかけで、校長先生をはじめ他の先生方にも名前を知られるようになりました。
――チャンスを引き寄せていますよね。それも練習の積み重ねの結果でしょうか?
「奈緒ちゃんは人よりうんとできるから…」と言われるよりも「奈緒ちゃんはこんなところができないからもっと練習しなさい」と先生方に指導されてきました。だから人より練習しなければ…という思いが強かったんですね。ロイヤルバレエ団でも、皆より練習すればどうにかなるかも…という思いでいましたし、実は今でもそうなんです。
――その謙虚さが今の奈緒さんの地位を築いているのでしょうね。では今秋公演「シルヴィア」への意気込みをお聞かせください。
この作品はもともと93年に吉田都さんに振付師のデヴィット・ビントレーが振りつけたものを2009年に私がバーミンガム・ロイヤルバレエ団の舞台で踊る際、新しく振りを付け直してくれた、いわば新作です。愛を失ったり、愛することを忘れてしまった男女にエロスを思い出させ、もう一度愛を分かち合おう…というラブストーリーの設定。音楽もエキサイティングですし、踊りも高い技術を問われるものばかり。しかもコメディも含まれているという見どころたっぷりなバレエ公演です。
――秋が楽しみですね。最後に、今バレエを習っている、あるいはこれからバレエを習わせたいと思う親子へメッセージをお願いします。
私は母に何ら強制されずに好きなバレエを好きなまま続けてこられました。でもやはり与えられている環境に感謝する気持ちは大事。感謝の心がいろんなチャンスを引き寄せてくれるのだと思います。練習が好きだったということはありますが、努力することで道は拓けてくるものです。私が将来子どもを産んで育てることになったら、母が私にしたようにきっとバレエ公演に連れて行って「やってみる?」と聞くと思います(笑)。
編集後記
――ありがとうございました!お会いするまではその華麗な経歴と美しい容貌から別世界に住むバレリーナをイメージしていましたが、素顔の奈緒さんは華奢でかわいらしい謙虚な日本女性でした。好きなことをずっと好きなままいられることは幸せです。恐らく越えてこられたのは苦しみにまみれた努力ではなく、軽やかに楽しむ努力。どうか多くの後進へ、その軽やかさを伝授してください。実年齢よりずっとお若く見えますが、出産とバレエの狭間で迷う女子のお年頃。この先の動向に注目しています!
取材・文/マザール あべみちこ
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