【シリーズ・この人に聞く!第193回】岸壁幼魚採集家 鈴木香里武さん

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182センチの大柄な体躯にセーラー服と金髪ロン毛という容姿のインパクトに加え、芸名のような本名を持つ幼魚・稚魚を専門に研究する鈴木香里武さん。3月3日生まれで、今年丁度30歳を迎える節目。小学校から大学院まで学習院で学び、現在は北里大学大学院で稚魚の生活史を研究中。若き起業家としてプロデュース業を手掛ける一方で、さまざまなメディアで魚の世界の入口を開く「お魚王子」として活躍中。子どもたちへの想いと、これからの構想についてお聞きしました。

鈴木 香里武(すずき かりぶ)

1992年3月3日生まれ。うお座。幼少期から魚に親しみ、専門家との交流やさまざまな体験を通して魚の知識を蓄える。「フィッシュヒーリング」を提唱し、学習院大学大学院で観賞魚の印象や癒やし効果を研究。現在は北里大学大学院海洋生命科学研究科に在学して稚魚の生活史を研究している。荒俣宏氏が立ち上げた海好きコミュニティ「海あそび塾」の塾長を務め、岸壁幼魚採集家として漁港に現れる稚魚・幼魚の観察を続けている。メディア・イベント出演、執筆、写真・映像提供等の活動をする傍ら、水族館の展示やイベントの企画等、魚の見せ方に関するプロデュースも行う。
著書に「海でギリギリ生き残ったらこうなりました。進化のふしぎがいっぱい!海のいきもの図鑑」(KADOKAWA)、「わたしたち、海でヘンタイするんです。海のいきものびっくり生態図鑑」(世界文化社)、「岸壁採集!漁港で出会える幼魚たち」(ジャムハウス)、「海でギリギリあきらめない生きざま。知恵と工夫で生き残れ!海のいきもの図鑑」(KADOKAWA)、「魚たちからの応援(エール)図鑑」(主婦の友社)、最新刊は「この目、誰の目?魚の目図鑑」(ジャムハウス)など。株式会社カリブ・コラボレーション代表取締役。名前は本名。男物のセーラー服がユニフォーム。

 鈴木 香里武 twitter
twitter.com  

魚の癒し効果の研究に没頭する日々

――お名前もビジュアルもインパクトが強くて肩書もユニークですね。いつから幼魚・稚魚に興味をお持ちになったのですか?

初等部から大学院まで学習院で育った

初等部から大学院まで学習院で育った

岸壁幼魚採集家と名乗っています。これは棒のついたタモ網で漁港で這いつくばって海面に浮かぶ魚の赤ちゃんを掬うという壮大な金魚すくいみたいなシンプルさで、原始的で釣り道具すら必要ない。タモ網とバケツがあればできる活動です。盛っている話ではなくゼロ歳の赤ん坊時代からやっていました。両親も海が好きで、休みの日になると僕を連れて行ったのですが、なぜか行き先は海水浴場や磯ではなく漁港でした。寝返りも打てない頃、ビニールシートに僕を寝かせて両親は魚を掬いに行き、気づけば自分も片手に哺乳瓶、片手に網を持っていました(笑)。お魚王子というネーミングは出版社の方が名付け親。小学生の頃にさかなクンに出会ったことも転換点のひとつでした。尊敬していますし、今もいろんなことを教えて頂いている師匠です。

――学習院でお育ちになったということはお坊ちゃまでいらしたのかなぁ~と想像しますが。

小学校から大学院まで学習院に通いました。周りには苗字を聞けば誰かわかるような有名な方も多かったですが、うちはごく普通の家庭です。小学校の頃、深海魚の研究者になりたいという夢があって、理系の勉強をして海洋学を学ぶため他大学受験を考えていました。でも研究者になりたかったわけでなく、まだ魚の世界を知らない人にこのおもしろさを伝える仕事をしたいのだと気づいた。それが15歳、高校一年生の時でした。

――15歳でそうした進路を見極められたのは早熟でしたね。大学ではどのような勉強に取り組まれましたか?

魚の世界の入り口を開く、興味を持つきっかけづくりをしたいと考えました。その一つとして「魚の癒し効果=フィッシュヒーリング」というコンテンツを提唱し、科学的に検証したくて学習院大学文学部心理学科に進みました。ここでは「観賞魚に対する印象」を研究。心理学の研究者としては出世できないタイプです(笑)が、誰も研究を手掛けていないカテゴリーで、参考資料や先行研究を探すところから苦戦しました。

――いろいろ資格も取得されていらしておもしろいですね。レイキヒーラーは何か研究と関係がおありで?

人の心に寄り添った展示ってなんだろう?と考えていて、将来的には水族館をプロデュースしたいので、人の気持ちと観賞魚を結びつけるようなことをしたいんです。そこに、その魚のいる意味がアップする科学的裏付けがあると俄然と存在価値が違うと思う。レイキは非科学的ですが、色の情報が知りたくて資格も取りました。魚の色や動きのヒーリング効果を知りたい。興味のある分野の勉強はとても好きで、レイキで得た知識を水族館を作る時に反映し、魚の色と香り、音楽など組み合わせたいと思っています。

クリエーティブな両親+さんまさんが名付け親

――鈴木香里武さんというお名前は本名だとか。苗字もスズキ、名前もカリブ。名は体を表すと言いますが海の生き物ですね!お名前の由来は?

ゼロ歳から岸壁幼魚採集にいそしんできた

ゼロ歳から岸壁幼魚採集にいそしんできた

父がテレビ局の番組プロデューサー、母は明石家さんまさんのラジオ番組でアシスタントを務めていました。母はその後作詞家に転向し、NHK「おかあさんといっしょ」などに詞を書いています。クリエーティブな環境が身近で、日常に音楽やモノづくりがあった。作る側のことを考えられるようになったのは両親の影響が大きい。さんまさんの番組がきっかけで両親は結婚し、新婚旅行でカリブ海へ行って、子どもは海に関わる名前にしたいという話を聞いたさんまさんが「なら、カリブでええやん!」と言ったそうです(笑)。「踊る!さんま御殿!!」というテレビ番組に出演した時に、さんまさんが名付け親だと公表してくださった。芸名だと思われがちですが本名です。魚の名前に加えて、うお座生まれ、アクアマリンが誕生石で全部海関連なんです。

――クリエーティブのDNAですね!最新著書もおもしろそうですが、これはどんな内容ですか?

「この目、誰の目?魚の目図鑑」(ジャムハウス)で著書は6冊目となりますが、非常にマニアックな企画です。僕はもともと魚の目が大好きで、本では200種類以上の魚を紹介しています。ひときわ輝いている目は、オーロラが見えたり、光が反射したり、デコレーションされています。Twitterで魚の目から何の魚か当てるクイズをしていたら、ちゃんと答える人もいて。魚の生きざまが目に現れている。魚は生き残るために目を守る。目隠しをしたり、模様と同化してカムフラージュしたり、ハート型の目、細い目、膜で形を変えたり。楽しみ方はいろいろ。魚の生態情報も掲載しています。

――本当に魚がお好きなんですねぇ。目の付け所がユニークでつい引き込まれてしまう。まさに魚の目!(笑)

マニアックな話を真っ向からしてもなかなか興味をもってもらえません。他の分野とコラボレーションで興味を持ってもらうきっかけづくりをしています。僕の場合は例えば「癒し」とのコラボレーション。他にも音楽とコラボ、車とコラボ…すると一定数、そのテーマに興味のある人がいるので、その世界に魚への興味の入り口を開くことになります。コラボレーションプロデューサーとしての仕事も楽しいですし、まさにそれがしたいことです。そのために会社(株式会社カリブ・コラボレーション)も創りました。その前段階として他分野スペシャリスト集団「カリブ会」も創りました。僕一人だと魚の話しかできないので、各分野のスペシャリストとつながってコラボレーションするためです。

――やはり考え方がクリエーティブで研究という枠には収まり切れないパッションがありますね。

15歳くらいまで魚に関わる何かがしたいと漠然と思っていて、大学は海洋学を勉強しようかな?と。ところが15歳のタイミングで何かが降りてきて、気づくタイミングがあった。心の成長期というのかな。魚とは別に、子どもの夢を応援したいから学校をつくろうと思いついた。「カリブ会」をつくって100人越えたら会社にしようと。全部これを思いついたのが15歳の時でした。その時、黒髪が合わなくなったので金髪にしてセーラー服をユニフォームにした現在のいでたちになりました。セーラーは海の男の正装。15歳からこのいでたちで、キャラづけするための装いではないんです。

職業名に囚われないで生きてほしい

――早くから自分の視点をお持ちでしたが、小学生くらいの頃は何か習い事をされていましたか?

都内の自宅から休日は漁港まで出かけて採集した

都内の自宅から休日は漁港まで出かけて採集した

ジャッキー・チェーンの映画を観ていた影響で、小学校6年間と中学の途中くらいまで少林寺拳法を習っていました。武道の心構えは身につきましたね。習い事よりも、僕は家では工作が好きで、厚紙とハサミさえあれば何でも作りました。一方でプラモデルなどはあまり好みませんでした。決められた設計図通り作るのは苦手で、自分なりの発想で作るのが好き。これはプロデュースの仕事につながっているのかもしれません。屋外では漁港に這いつくばっていました。家は目白ですが、海まで1時間半くらい掛けて通います。距離が離れているからこそ日常にはない価値があるので。

――少林寺拳法と工作とタモ網と…幅広いですね。これからの子どもたちへ伝えたいのはどんなことでしょう?

職業名に囚われないで生きてほしいですね。職業名からやりたいことを辿ろうとすると枠の中に納まらないとならない。魚好きを肩書に変換しようとすれば魚類学者、水族館の飼育員、漁師、魚の料理人などがあります。「将来何になりたいか?」の、「何」の部分を単語で捉えようとすると、その枠の外で無限に広がっている世界に気づけずに終わってしまう。もし僕が大学の研究者になっていたら『こんなはずではなかった』…と思ったことでしょう。研究者が日々とても面白い発見をしていても、それが論文として学会の中でだけ回っているのではもったいない。一般の人に気づいてもらえるように、枠を突破してくれた第一人者はさかなクンです。お茶の間に魚の世界を引っ張ってきてくれたおかげで、魚の世界にぐっと近づけた。今は職業名はいくらでも自由に作れる。ユーチューバーなんて職業は僕の小学生の頃、なかったわけですから。好きなことを発信できるツールがある今の時代はとても恵まれていると思います。僕は幼少期にそれがなかったからこそ、今一つひとつの発信をすごくありがたく感じていて、120%の力を注いでいます。

――既存の職業名に自分を当てはめようとしないことは、可能性を拡げますよね。そうした発想を持てる親が増えるために親世代にメッセージしたいことは?

子どもが発信していることをピックアップしてほしい。子どもはやりたいことの塊で、エネルギーの宝庫です。子どもが語ることで例えば「ウルトラマンになりたい」というならば、大人側からしたらなれるわけがないと思って適当にスルーしてしまいがちですが、ウルトラマンになったらどんなことがしたい?とか紐解いて引き出してほしい。その子が興味を持っていることが何かを考えてあげる。そして、子どもに習い事を当てはめるのではなく、興味があることに気づいてほしい。

――では最後に2022年コロナ禍は引き続きですが、これからの抱負をお聞かせください。

僕の夢は、自分の水族館をつくること。20代のうちに水族館をつくることを掲げていて、前段として京王聖蹟桜ケ丘ショッピングセンターに9日間期間限定の水族館をつくりました。まだオフレコですが、今年はとある場所に常設の水族館ができる…かもしれません。

――新しい水族館!楽しみですね。つくりたい意欲が溢れているのを感じます。他にも構想がありますか?

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