15歳で上京し、東京バレエ団に入団。19歳で「眠れる森の美女」王子役で主役デビュー。彗星のごとくバレエ界に現れ、バレエファンの注目を一心に集めた首藤康之さん。現在はバレエのみならず映画やコンテンポラリーダンスなど体を通した表現活動を続けられる一方で未来のバレエダンサー育成に力を注がれています。9月末新国立劇場で、シェイクスピアの定型詩「ソネット」を現代の視点で読みなおした新作公演を控え、作品への意気込みもお聞きしました。
首藤 康之(しゅとう やすゆき)
15歳で東京バレエ団に入団。19歳で「眠れる森の美女」王子役で主役デビューを果たし、その後「ラ・シルフィード」、「ジゼル」、「白鳥の湖」等の古典作品をはじめ、モーリス・ベジャール振付「M」、「ボレロ」他、ジョン・ノイマイヤー、イリ・キリアン等の現代振付家の作品にも数多く主演。また、マシュー・ボーン振付「SWAN LAKE」では“ザ・スワン/ザ・ストレンジャー”/“王子”役で主演し、高く評価される。04年、「ボレロ」を最後に東京バレエ団を退団、特別団員となる。以降は、浅野忠信監督の映画「トーリ」に出演、ジョー・カラルコ演出「SHAKESPEARE’S R&J」でストレートプレイに出演する他、東京バレエ団「牧神の午後」、「ペト
ルーシュカ」、「ギリシャの踊り」に客演。07年には自身のスタジオ「THE STUDIO」をオープン。その後もベルギー王立モネ劇場にて、シディ・ラルビ・シェルカウイ振付「アポクリフ」世界初演。小野寺修二演出「空白に落ちた男」に主演。最近では「The Well-Tempered」、「時の庭」等、中村恩恵との創作活動を積極的におこなっている。また、ドイツ・デュッセルドルフにて、ピナ・バウシュが芸術監督を務めるNRW国際ダンスフェスティバル、アイルランドのダブリン国際ダンスフェスティバル他、海外のフェスティバルにも数多く出演等、国内外問わず活動の場を広げている。
8歳の誕生日にもらったミュージカルチケット
――プロフィールを拝見すると、15歳で単身上京されて東京バレエ団へ入団されたそうで。ずいぶん早くにご自身の進む道を決められました。首藤さんがバレエを始めたきっかけは何でしたか?
バレエを始めたのは小学3年生からでした。実はそれには理由があって、8歳の誕生日に両親からミュージカルのチケットをプレゼントされました。僕の生まれ育った大分県では大分文化会館という劇場が、その当時一番大きくて、さまざまな公演が行われていました。初めて鑑賞したミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」にとても感動して。幕が上がった舞台の上は別世界。ここだ、劇場という自分の居場所を見つけた!という感覚でした。15歳で上京し東京バレエ団へ入ってからは、四六時中バレエのことだけ考えていればよかったのでとても幸せでした。
――客席から「あのステージへ立とう」と。幕の向こう側で演じたいと感じられたのが8歳!感動体験だったわけですね。今でこそ男子バレエダンサーも増えてきたと思いますが、当時はいかがでした?
女の子の友達が通っているバレエ教室に通うことにしましたが男子は僕だけでした。でもまったく違和感がなかった。最初はタイツ姿にとまどいがありましたがバレエのレッスンが大好きで週2回でしたがレッスンのない日も教室へ通うほどでした。誰かに強制されたのではなく、踊ることが楽しくてしょうがなかった。それでも男子の友達にはバレエをやっていることを何となく秘密にしていました(笑)。小学5年生の時発表会で、初めてソロを踊りました。
――バレエを始めて2年間メキメキと上達されて。初めてのソロは上手く踊れましたか?
それが…初めて緊張感というものに襲われました。もし失敗したらどうしようと思うとガクガク震えてしまって。名前を呼ばれて舞台に立つまで凍りつくような気持ちでしたが、足元にスポットライトを浴びると、ふわ~っとそれが消えて不思議と踊れました。それまであじわったことのない恐怖から、それまであじわったことのない快感を体験した。小学校時代はバレエのレッスンをすることが楽しみで、学校での生活よりむしろ放課後が中心に回っていました。
確固たるメソッドを身につける、基礎の大切さ
――首藤さんは誰かから言われてバレエを習ったのではなく、自らの意欲で続けてこられたのですね。現在は全国各地から未来のバレエダンサーを目指す男子をご指導されていらっしゃるとか?
はい。去年までは男子のみのクラスを行っていました。沖縄から北海道まで約80名が日本各地からバレエ男子が集まり、小1~3、小4~6、中高と3つに分かれてレッスンしました。クラス全員男子で、教えるのも男の先生というシチュエーションは滅多にない経験で、みんな仲間意識が芽生えてとても仲良くなりました。
今年からは男女混合にして、クラシックバレエのクラスの他に、コンテンポラリー、マイムムーブメントのクラスを加え、色々な方向からダンスをみるワークショップを神奈川芸術劇場(KAAT)という劇場内の稽古場で1週間開催しました。はじめての試みでしたが、すばらしいワークショップになり、子どもたちは様々な方向からダンスを見つめ、その中でも沢山の発見をしたようです。
子どもたちへ指導するのは、最初、自分が何を教えられるのか?不安がありました。僕は東京バレエ団で18年間、その前を合わせればバレエ生活25年間過ごしています。その経験やバレエのメソッド、基礎の大切さを伝えていくことはもちろん、挨拶やアーティストとしての礼儀や佇まいなどを伝えていければと思いました。
――子どもたちが7日間集中レッスンを受けるだけでもすごいですが、この先伸びる子は見ていてわかりますか?
バレエレッスンは通常1時間半。でも小学校の授業は50分ですから、小さな子はせいぜいそのくらいで集中力は途切れてしまいがちで、だんだん疲れて騒いだり、はしゃいだりします。でも伸びる子は目指している姿、佇まいが違う。中学生以上になるとプロを目指すという明確なイメージができている。皆、同じ格好でレッスンをするので、意識の違いがものすごく見えます。
――「基礎の大切さ」ということを何度かお聞きしましたが、プロになるためのスキルが、先々プロにならなかった時も生きるものなのですね?
はい。たとえプロのバレエダンサーにならなかったとしても、「あの時、先生に言われたのはこういうことだったのか」と思い出してもらえればと。バレエの素晴らしさ、なぜバレエをやるのかを自分自身の感覚でわかってほしい。小さな子には言葉で説明してもわからないこともあります。たとえば「常に…」という言葉を言うと「ツネニってナアニ?」と聞いてきます(笑)。その時は体現して視覚から伝えます。
――集中力が切れてしまってうるさくする子に、首藤さんはどんなふうに指導を?
「うるさいぞ!静かにしろ!」と怒鳴りつける人もいますが、僕の場合は黙って静かになるのを待ちます。子どもは動物的な本能で理解します。僕がピアノも止めて、何も言わずに立っていると、自然と静かになるのです。そういう駆け引きも楽しみながらやっています。以前、子どもたちに将来の夢は?と聞いた時に、小さな子どもたちはプロのバレエダンサーだけでなく「踊れる宇宙飛行士」や「踊れる野球選手」など答えもいろいろでした。子どもって言葉ではなく、本能的な力がある。それをダンスにいかしてもらえればと思っています。とにかく基礎が大切。毎日のレッスンを尊重する心を早い時期にもてば、テクニックや色々なことがあとからついてくると思います。
表現者として社会とつながっていくこと
――首藤さんはこれまでのバレエ人生で、もう辞めちゃいたい!と思うような出来事はありませんでしたか?
本番中にじん帯を切って踊れない時期は苦しかったですね。練習が厳しいから苦しい…と思ったことは一度も無いです。年齢と共に肉体と精神は老化する…というけれど、肉体も精神も死ぬまで進化し続けると、僕は思っています。体型キープが大変ですね…と声を掛けられることもありますが、それは全然大変ではなく、毎日レッスンしていれば保てます。それよりも前へ進むため、進化するための努力が大変です。年々、もっと努力を…という気持ちです。
――+αを増やしていくことは自分への挑戦ですよね。そのために日頃から気をつけていらっしゃることはありますか?
自分自身の身体との対話です。生まれた時より年を重ねるたびに親密な関係になっているので、通じ合っている感じがします。最近ほとんど怪我することもなくなりました。心と身体の関係がうまくいっているからです。食事にしても、好きな物を食べます。たくさん食べた時は、たくさん動けばいいですから。
――9月末には新国立劇場で新作公演ですね。これまでもたくさんの素晴らしい作品に出演されていますが、今回はまたシェイクスピアの定型詩『ソネット』を現代の視点で読みなおした新作ということで、バレエをあまり観ない人でも堪能できそうです。
シェイクスピアは偉大な作家として多くの言葉を残してきました。この世に存在する絶対的な、愛、生、死といったことを美しい言葉で表現しています。『ソネット』では虚構と現実が折り重なり、登場人物は詩人、青年、ダーク・レディの3人が織りなす愛の葛藤が描かれています。それを現代のダンス語法で読み解く作品で、人間の本質を探究するというバレエダンサーとしての壮大な試み。僕と中村恩恵さんの二人でどのような空間を創り出せるか、楽しみにしてください。
――では最後に3.11大震災を踏まえて、これからの子どもたちへ伝えたいことをお願いします。
3.11によって誰もが多くのことを考えさせられたと思います。自然災害の前で僕らは無力です。でも、僕は表現して残していくこと、表現者として社会とつながっていきたい。今やっていることに誠実に取り組むことが未来を培うことなのだと思っています。それは簡単なようで、とても難しいものですが、自分がこれまで続けてきたことをこの先も続け、伝えていきたいです。
編集後記
――ありがとうございました! どちらかというと静かにお話しされて、うっかりすると聞き洩らしてしまいそうな首藤さんの密やかなお声に、全神経集中させたインタビューでした。親の勧めで始めた習い事ではなく、たった8歳の時に心惹かれてスタートしたバレエの道。自分を律する人だけが持つ、独特な美しいオーラを放っていらっしゃいました。舞台で、お二人のオーラがどのように重なるのか楽しみです!
取材・文/マザール あべみちこ
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