2018年に第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞し作家デビュー。その後、数多くの作品を執筆。今、最も勢いのある若手作家として注目されています。企業に勤務する傍らで作家活動を続けるパワーはどこから湧き出てくるものなのでしょう。物語を紡ぐ視点、今の社会に感じることを踏まえ、小説に込める想いをお聞きしました。
岩井 圭也(いわい けいや)
1987年、大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞し、デビュー。著書に「夏の陰」「文身」「プリズン・ドクター」「水よ踊れ」「この夜が明ければ」「竜血の山」、「生者のポエトリー」を2022年春上梓。
エンタメ小説で「詩」を核にした3つの理由
――近著「生者のポエトリー」を拝読して、細部の表現力にすごい熱量を感じました。6編の短編がすべてつながりのある物語として構築されていること。登場人物と詩を挟んだ物語の展開に心震えました。
はじめは短編を繋げた物語にするつもりはなく、1点読み切りの短編物語として雑誌連載をスタートしました。1編書き上げてから編集担当者と「もしかしたら連作にできるかもしれない」と。ポエトリーって一篇だけでは表現しきれないし、登場人物を変えた展開はきっとあると思いました。それで連作になった経緯があります。
――どうして「詩」を物語の核としたのでしょうか?
「詩」を読むのがもともと好きでしたが周りに「詩」を読む人はあまりおらず、小説は読んでも「詩」は読まれていない。フランスとかイギリスでは「詩」は至る所にあるので、日本もそうなっていけばいいな、という思いがありました。でも詩人ではありませんので詩集を書こうとはならず、小説家として「詩」を通して何かできるのではないか、と考えました。思いついたのが、小説の中で「詩」を使うという方法。これを物語と融合させたらどうなるか。エンタメ小説では登場人物の思考の流れは論理的でないといけない。読者がわからなかったら成立しない。「詩」を挿入することで、わからないものをわからないまま表現できるのではないか。なんだかわからない感情を「詩」の形で表すことで、今までのエンタメ小説とは違う形で表現できるのではないか。そうした技巧的な企みもありました。
――わからない気持ちをわからないまま表現できる「詩」。6篇のどれもが心に沁みました。
「詩」を書くときに一番気を付けたのは、うまさよりも登場人物が本当に書く「詩」としてふさわしいかどうか。私は詩人ではないし技巧的に自分が優れているとは思わないので、うまい「詩」は目指さなかった。ただ各6篇の登場人物の心にちゃんと近づいているものを書きたいと。その点は注意しました。
もう一つ大きかったのは、「ポエトリーリーディング」という存在。要するに「詩の朗読」ですが、その言葉では表現しきれないほど奥深い。例えば、いとうせいこうさんのポエトリーリーディングは節が入っていて、バンドのメンバー6,7人従えて即興演奏をして、そこでいとうさんが詩を読むという迫力あるライブです。単独で読む朗読もあり、多種多様な方法はいろんな可能性がある。口に出して言うことで、読むのと違う受け止め方ができる。これを小説にあてはめたら、もっとおもしろいんじゃないか。ですので、もともと詩が好きだったこと、技巧的な企み、ポエトリーリーディングの魅力という3つがあり「詩」が核となる物語が誕生しました。
――岩井さんはどれが一番気に入っている章ですか?私は5篇目の「あしたになったら」でした。ものすごい勢いで作品を発表されていますが、執筆にどのくらい時間を掛けました?
人によってそれぞれ違いますが、「あしたになったら」はとても人気がありますし私もそうです(笑)。実は一番書くのに時間を掛けたのはこの5編目。最初に一回書いたものを全部ボツにして書き直したのです。
「生者のポエトリー」は雑誌で定期掲載をしていたもので、1篇目はデビュー1年目に書いた作品で2019年。一番新しい短編は2021年1月号掲載のもの。2年ほど費やしながら各篇を書かせていただきました。
――設定、年齢層、立場、まったくそれぞれ違うプロフィール。身近にモデルがいましたか?
今まで生きてきて出会った人の中で、エッセンスみたいなものはあります。例えば5篇目だとブラジル人の女の子の知り合いは実際にはいません。自分が10歳の頃に思ったこと、感じたこと、感じるであろうことを踏まえて、今海外から来られている知り合いはいますので、そういう方々が話していること、感じていることからエッセンスをいただいて、一人の人物に造形しています。ライブに行ったり、ラッパーの方に話を聞いたり、ポエトリーリーディングも聞きに行きましたが、文献渉猟は今回ありません。
小説好きの理系少年、剣道で集中力を培う
――岩井さんは北大大学院、しかも農学院をご卒業というご経歴です。生粋の理系研究者が小説を執筆なさることに衝撃を受けましたが、どうして作家に?いつ頃から目指されたんですか?
同じ北大農学部出身の先輩に作家の谷村志穂さんがいらっしゃいますが、今のところ私と二人しかいません(笑)
10歳くらいの頃、小学館の「小学三年生」という雑誌で、作家の北森鴻さん(2010年没)の連載があって、その読み物がすごく好きでした。一年間の連載が終わってしまい、自分で物語の続きを書き始めたんです。オリジナル作品ですが舞台はほぼ同じ。子どもですからなかなかものにならず、キャラクター設定表を作って終わってしまいましたが、その時からなんとなく「小説を書きたい」という気持ちが芽生えた。中学、高校と進んで物語設定を考えるのは続けていましたが、10枚くらい書いたら続きが書けない。高校生の時、数学は全然ダメでしたが生物が好きで農学部に。北大の農学部に行くと決めた時は小説を読んでいましたが、自分で書くことはすっかり忘れて普通の理系生徒でした。
――10歳で物語の続きを書いたのが始まりだったのですね。大学で理系に進んでからは?
大学生になって体育会剣道部に入り、週6日稽古をしていてめちゃくちゃハードでした。大学2年生の最後の春休み、遠征で関東に来ました。その時、品川駅の大きな書店でなんでかわからないけれど「あれ?そういえば作家になるんじゃなかったっけ?…こんなことをしている場合じゃないぞ!」と急に思い出して(笑)。でも、今はまだ書けないから、とにかく在学中は読むことに集中しようと。そこから剣道をやりながら、農学部の勉強やりながら、小説を読むことを学生時代続けました。農学部では菌の研究に取り組みました。
大学院卒業後、企業の研究職として就職し上京。会社の研修が3カ月くらい長めで、近くに友達もおらず時間はある。今なら小説が書ける!と思い、初めて一本の短編小説を書き上げました。初めてできたぞ!と満足し、これがスタートラインに。そこから書いては投稿し…最初の投稿で某新人賞の一次通過をして、あ、これはもう大丈夫だ。できるんだ!と思い、書くようになりました。
――準備期間があったのですね。学生時代に影響を受けられた本は何でしたか?
小・中・高でそれぞれありますが、井上ひさしさんの「吉里吉里人」。これは吉里吉里人の主人公「吉里吉里探訪記」を高校時代、勝手に書いていわゆる同人誌をやるくらいハマりました。それから武者小路実篤の「友情」。普段文豪の作品を読むことはほとんどないですが、中学時代に薄いから読めるかな?と読んでみたら、「これは自分のことが書いてある!」と。小学生の頃は「ズッコケ三人組」をよく読みました。修学旅行編が特に好きでした。
――普遍的に読み継がれる作品ですね。企業の研究者の立場と並行して作家活動もなさって。兼業は体力が必要でしょう。子どもの頃から剣道を?
小学5年生から大学院卒業まで剣道を10年ちょっとやっていました。瞬発力、集中力を培うことができた。それは執筆の上で影響は少なからずある気がします。集中力…あんまり長く持ちませんが(笑)。地元の学校体育館で夜週2回稽古。小学校5,6年生の時に通って、中学進学でいったんやめたんです。しんどかったので(笑)。もう剣道はやらないと決めたはずが、結局またやりたくなって中3で復活。やっていなかった期間は退屈でした。やることがないぞ!剣道部に入ってもう一度やるか!と。そこから高校、大学、大学院まで続けました。
――小学校時代は剣道以外に何か習い事を?やっていたことで何を得られました?
公文式の国語と算数を小2か小3頃から6年生までやっていました。それとピープルで水泳を。小3、4年生の頃から6年生まで。級がどんどんあがって1級まで到達し、ひと通りやったので小6で卒業。
やればできるようになっていく過程がおもしろかった。それは小説にも通じている。私は、作品投稿時代が6年間ありました。ひたすら新人賞に投稿した6年間を耐え忍べたのは、水泳や公文や剣道で培った「やればやるだけ身につく」という原体験があったおかげかもしれません。中学受験を経て中高一貫校へ通っていましたが勉強は好きでなく、ただ国語は得意で文章読解問題の小説を読むのは好きでした。それは勉強と感じなかったのです。
至近の生活を大切にして幸福度を高めたい
――それにしても岩井さんの作品はいろんなテーマで書かれています。朝早く起きて必ず書く習慣をお持ちと伺いました。毎日どのくらい書かれているんでしょうか?
執筆ペースは平日と休日と違いますが、月算150枚(原稿用紙換算)くらい。本当はもっと書きたいのですが平日3~4枚書いて、土日に10枚くらいですね。私の担当している仕事はリモートワークがしやすい内容で、出勤は週一くらいです。
読者としては浮気性で、いろんなのを読みたいので、そういうものを書いています。いつも何十個か書きたいテーマのストックがある。今書けるもの、書きたいものを選んで編集者と話しながら決めて書いています。
――言葉を紡ぐ作家として、大切にされている想いや視点はどんなことでしょう?
ふだんのコミュニケーションでは100%意思疎通なされるのが一番優先されるべきこと。ただ小説の世界はそうではない。わかやすさはもちろん大事ですが、同時に主人公が置かれている状況とか成し得ることに忠実であるべきです。読者だけに書こうとすると言葉も安易なものになり、わかりやすい方向に流れていく。自分の作る世界に対して、誠実に書くことを意識しています。常に相反するものの中で挟まれていますがエンタメ作家としてわかりやすさを提示し、どうしてもわかりにくさもあり、どの言葉にするか?を探している。伝わりやすさは大事ですが、それだけが目的ではないんです。プラスαで「他の人に書けないことを書く」を心がけ、両立できるよう気を付けています。100人全員がわかるものを書くのが小説家の仕事ではないと私自身は思うので。わかりやすさだけでなく、自分が求める世界を妥協しないことも大切だと思います。
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