【シリーズ・この人に聞く!第199回】鳥類学者 川上和人さん

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自然界の中でも鳥は一番身近に観察できる生き物。子どもの頃から夢を抱いていたわけでなく、偶然の連なりで鳥類学者になったという川上先生。著書からほとばしる知性とユーモアを探るため、つくば市の森林総合研究所まで伺ってお話を伺いました。

川上 和人(かわかみ かずと)

1973年生まれ。東京大学農学部林学科卒、同大学院農学生命科学研究科中退。農学博士。森林総合研究所・チーム長。『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』『鳥肉以上、鳥学未満。』『鳥類学は、あなたのお役に立てますか?』など著書多数。図鑑監修も多い。

鳥は生態系の要素の一つ、その機能に注目

――先生の書いた鳥にまつわる本がどれもおもしろくて。今日はお話しを伺えること楽しみに参りました。まずはじめに鳥類学者の研究についてお尋ねします。小笠原諸島での調査の他は、こちらのつくば市にある森林総合研究所で普段はお仕事をされているんですね?

2017年6月 南硫黄島の調査にて、登攀の準備中。(撮影:鈴木創)

2017年6月 南硫黄島の調査にて、登攀の準備中。(撮影:鈴木創)

1年のうち4分の1は調査のため小笠原諸島へ行きます。調査は研究の始まりの部分です。サンプルやデータを持ち帰って、そこから分析、論文を書いて発表というのが一連の流れです。調査だけ取り上げて注目されてしまいがちですが、それは研究のごく一部。調査前には研究のデザインがあり、計画をたてて調査に臨みます。調査期間だけが重要なのではなく、大切なのはそれで一体何を明らかにするかです。

――研究の一部である小笠原の現地調査で、まだ明らかにされていない鳥の生態や進化を追っているのですね。

そして、研究者は論文を書くだけではなく、その成果を普及するのも重要なミッションです。研究結果に基づいて保全事業を進めたりして、さまざまな形で活用することは不可欠です。また、僕らは税金で研究をしていますので、研究成果を一般の方々にもわかってもらい楽しんでもらうことも大切です。応用だけはなく、自然の中に埋もれた真実を明らかにしていく基礎科学としての側面過程が重要です。

――鳥を中心に、生態系の中で生物全般が関わってくるものだな~と本を読んで思いました。

鳥には食べる物、棲む所が必要で、様々な形で他の生物とのネットワークができます。鳥の研究では、もちろん鳥だけを対象にする場合もあります。僕は生態系の一部、パーツとしての鳥に注目していて、生態系の中でどういう機能を持っているかに興味があります。他の生物との関係がわかると、その中での鳥の地位がわかります。歴史もそうですが大きな流れがわかるとおもしろいです。単に、ここにこの鳥がいたという事実だけでなく、全体像を理解するための体系や位置づけがあると、鳥というものがさらにおもしろくなります。

――全部つながりの中の命ですね。先生が楽しんでいらっしゃるのは文章から滲み出ています。単なる知識や紹介でなく、鳥を観察するエッセー。こうした文体でいつ頃から執筆を?

僕自身は楽しく研究をしながら、鳥のおもしろさを多くの人と共有したいと強く思っています。文章を書くことは好きで、学生の頃から機会があると簡単な記事を書いていました。しっかりと書き始めたのは就職をしてからですが、文章を書くことには抵抗がありませんでした。

――そのおもしろさは本を読んで頂きましょう。ところで今朝うちの森で鳴いていた鳥の声を録ってきたんですが。声を聞けば先生はどの種類の鳥かわかりますか?

姿を見ればわかりますが、声だけだと…がんばらないとわかりません。その点はアマチュアのバードウオッチャーのほうが詳しいです。彼らは熱意があるので識別能力が高いです。僕は研究者なので研究のために必要なことはします。たとえば小笠原諸島の島に何が生息しているかわからない場合、調べるのにものすごく努力をします。それ以外の部分で、調査対象でない鳥が鳴いても、ああ綺麗な声だな…と思って満足してしまいます。普段はバードウオッチングはしません。私にとっての鳥は、あくまでも研究対象なのです。

偶然の出会いから鳥好きに

――ではここから少し、先生の子ども時代のお話をお聞かせ頂きます。やはり生き物全般に興味を持たれていた?

2021年9月:噴火で上陸できず、ドローンを用いた西之島調査にて。

2021年9月:噴火で上陸できず、ドローンを用いた西之島調査にて。

いいえ、まったく。子どもの頃から鳥が好きで、自然が好きで、そういう経験がいっぱいあって鳥類学者に…と期待されがちですが普通に漫画を読み、テレビでアニメやドリフ、ひょうきん族などを観て、それが8割くらい占める生活をしていました。もともと鳥が好きで自然が好きで学者になった人もいますが、僕は生物に特に興味がありませんでした。一般的には、最終的にどんな職業に就くにしても、その仕事をずっと夢見て目標にしてやってきた人ばかりではないと思います。もちろん子どもの頃からの夢を実現してきたすごい方もいます。でも、そうではない人も多いと思います。

――そうですね。でも後に鳥は生態系の中で、一番楽しい生き物とお感じになられた。

いわゆる好きは「愛でる」ですが、そういう意味では愛でていません。生態系の中で鳥は特殊で、野外でどこででも見られるすごく身近な生物です。都市、山、海など、世界中で見ることができる非常に普遍的な存在です。大型の脊椎動物でこれほど普通に見られる生き物は他にいません。もう一つ、空を飛んで長距離移動できるのは、他の生物は持っていない特徴です。哺乳類は大型でも1日千キロ移動は難しいですが、鳥なら可能です。こんな特殊性を持っているため、生態系の中で他の生物では成し得ない機能を持ちます。モノを運び、新しい所に進出し、意思を持って別の所に行け、海をも超えられる。これは他の生物にない能力で、生態系の中での特別な機能です。僕はそこにすごく興味があります。ただ最初からそう思って鳥の研究をしようとするほど成熟していたわけではなく、最初は偶然に鳥の研究を始めただけでした。

――偶然に導かれて、なのですね。小・中・高では、どんなことがお得意でしたか。

公立小学校に通い、習い事はピアノを6年、少しですが水泳や英語教室にも通いました。中学の勉強では、理解力は速いけれど字は汚かった(笑)。高校では生物ではなく物理化学を選択しており、生物学者になる気持ちはそこでもまだありませんでした。

実は僕は今も虫が苦手です。動物も哺乳類はそんなに得意ではありません。生物学者は動物好きと思われますが、必ずしもそうではないです。虫もなるべく触りたくないし、哺乳類を触るにもあまり積極的じゃありません。

――高校時代は物理化学の専門を選択されたのですね。鳥を好きになったエピソードは?

大学に入って生物学研究会に所属しました。山へ行って鳥や動物を見たり、生物を観察するサークルです。僕と高校時代の友達がサークルのオリエンテーションに行って、偶然にそのブースに入りました。サークルのブースは100個以上あったので、どれに入るかなんて偶然でしかないです。その時、その建物に行かなかったら、僕は鳥類学者になっていませんでした。そのサークルでバードウオッチングをやったらおもしろかった。生まれて初めてNikonの双眼鏡を覗いたら感動するほどよく見えました。鳥好きな先輩がサークルにたくさんいて、鳥を見るだけでなく一緒に皆でお酒を飲んだり、山で遊んだり、そういう楽しみの一つとしてバードウオッチングもしていました。

――大学時代の楽しい経験が原点だったんですね。

ええ、そこで初めてカラスにはハシブトガラスとハシボソガラスがいることや、鳩にも複数の種類がいると知りました。サークルがきっかけで鳥を見始めたわけです。大学3年時に学科に分かれ、農学部林学科へ入りました。大学4年生になったらどうしても卒論を書かなくてはいけないので、最初は植物の研究をしようと思っていました。しかし、偶然その年、鳥類学者の樋口広芳先生が東大に赴任され、サークルで興味を持った鳥をテーマに卒業研究を見てもらえることになりました。その後、小笠原諸島で調査をされていた樋口先生が僕に「調査をしてこないか?」と。当時、小笠原諸島が何処にあるのかも知らず、島の名前も聞いたことがなかったけれど、言われた通りに小笠原諸島に行って鳥の研究を始めました。すべて受動的でした。

夢を持たなくても道は拓ける

――95年に初めて小笠原諸島に行かれたと本にありました。27年前ですね。

2017年6月:南硫黄島の調査。山上の調査のため谷部を登攀中

2017年6月:南硫黄島の調査。山上の調査のため谷部を登攀中

子どもの頃から鳥が好きで研究がしたくて小笠原諸島を選んだというわけではありませんでした。もともとは鳥にそれほど興味はなく、なんとなくサークルに入り、偶然卒論で鳥をテーマにして、与えられたテーマで小笠原に行って鳥の研究を始めました。それでもそれ以来、鳥の研究を楽しく続けています。研究者は、昔からの夢を叶えてそうなるべくしてなる人ばかりではありません。子どもの頃の僕には、それほどしっかりとした将来の夢はありませんでした。

こういう人になりたい!とそこにまっすぐ向かっていく人は少数派で、多くの子どもは具体的な将来の夢なんて深く考えず、その時を楽しく生きていると思います。僕もその時々、楽しく生きてきて今のこの状態になっています。もちろん夢を抱いて努力することも大切ですが、無理して夢を見る必要はないし、無理して積極的になることもない。受け身であってもチャンスに従って、自分に合った職業に就くことができることもあります。だから、具体的な夢がない場合には、選択肢を増やす努力、目の前の選択肢を適切に選ぶ努力はしていければよいと思います。

――確かに。夢とか目標とかなくても日々を幸せに生きられるものです。

将来を考えず、やりたいことがないとダメ人間と思われがちです。将来何になりたいの?何のために大学に行くの?と聞かれると、ちゃんと答えなくてはいけないと思ってしまうからその場凌ぎで誤魔化すこともあります。でも、そうじゃなくてもよいと思います。夢がある人はそれを伸ばせばいいし、なければ先延ばしにして選択肢を狭めないようにすればいい。僕は大志は抱いていませんでしたが、その場その場で楽しくやっていく決断はしてきました。大きな夢や大きな目標がなくても、そういう子どもはそのままでもよく、無理に夢を持たせようとするのはお互い不幸になります。

――先生の場合は勉強ができたから選択肢が広がったように思います。コンプレックスはなかったですか?

僕はリズム感が悪く、すごく音痴で音楽が全然ダメでした。聞くのは大好きですけれど。運動も苦手で体育も非常に成績は悪く、そういう点でコンプレックスを抱えていました。ただ勉強はある程度できました。逆に勉強は大してできなくても音楽で素晴らしい才能を発揮したり、足の速い人、球技ができる人もいます。コンプレックスは誰にでもあります。勉強ができるのは、ある程度は遺伝だと思います。僕は勉強ができることをいかす方向で生きてきました。もしも僕が歌手になろうとしていたら、日の目を見ずに終わっていたでしょう。自分の能力を弁えず、この歌を僕が皆に届けたい!と思っていたら人生大変なことになっていたはずです(笑)。

――おもしろい(笑)。自分に何が合っているのか見極める力があったのですね。

何ができなくて、何ができるのかは理解していたと思います。僕は器用貧乏な7割主義者です。好きなことに没頭して極めるのは一つの方法ですが、僕が取っていた方法はそれではありませんでした。いろんなことを7割で済ます方針が僕には合っていました。いろんな方法からどれを選択してもいいから自分に合ったものを選べばいいと思います。僕の特性を最初にわかったのは親だと思います。中学受験をして私立中高一貫校へ進学しましたが、それは親が勧めてくれたものでした。きっかけがあったからやってみたわけです。これも受動的ですが、選択した進学校でも楽しく過ごせました。

――自分のことを早く理解する方法はありますか?

自分のことを本当にきちんと理解できているかは、時間が経たないとわからないと思います。僕も鳥の研究者になる時、研究に必要なアイデアを何十年間も出し続けられるのだろうか?と不安でした。でも考えてもわからないし、途中でダメになったら方針転換すればいいや、と思っていました。漫画「めぞん一刻」の中で、主人公の五代君が職場の先輩にうまくいかなかった時にどうするのかと聞くと、先輩が「その時は潔く全速力で引き返して謝ればいいんだ」というようなやり取りがありました。台詞はうろ覚えですが、あゝ人生ってそういうものだな!と気づかされました。いつでもやり直しはきくし、大概なんとかなるものなんです。

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