3.11が近づいて心ここにあらずな状態になるということはあるが、3月の声を聞くと、このまちの人たちは別の意味でもそわそわしてくる。庭先のスイセンが咲いた。どこそこの梅が満開だ。そろそろバッケも出て来るかなあ。春を恋いこがれる思いが募るのだろう。そんな言葉をあちこちで耳にするようになる。その思いはきっと津波以前からずっと続いている心の動きなのだと感じることがある。
春を待ち望む人たちが注目する場所が、津波の後、ひとつ増えた。それがまちの中心部にある浄土寺の河津桜。浄土寺は山側の高台にある古刹だが津波で大きな被害を受けた。津波から半年ほどが過ぎた後、このまち出身の若者たちを中心に、津波が到達したラインに桜を植える活動が始まった。現在では特定非営利活動法人「桜ライン311」として活動を続けている。
浄土寺の河津桜は、桜ライン311が植樹したものだ。根元には津波到達点を示す石碑も建てられている。
毎年3月に入ると、「浄土寺の桜はどうだろうね」という声が聞かれる。通りがかりにツボミの具合を見ては、「まだ固そうだけど、少しだけ色づいてきたよ」知り合いに報告する声も聞く。知り合いには、わざわざBRTのバスに乗ってツボミの様子を確認しにいく人もいる。「去年よりはちょっと早いかもね。もう咲くか、もう咲くかって今年は3回も見に行ったのよ」と。
河津桜はソメイヨシノに先駆けて咲く。元祖である伊豆半島の河津町で開花の時期に大にぎわいなのは東北でもよく知られている。観光バスが連なって国道が大渋滞、なんてことはないが、陸前高田の河津桜もまた、たくさんの人に愛でられている。咲く前から何度も足を運ぶ人がいるくらいだ。毎年、家族と記念写真を撮る人も少なくない。年々枝ぶりが良くなって来ているのよねとうれしそうに話す人もいる。きっと浄土寺の河津桜は幸せ者なのだとも思う。
生まれ故郷の伊豆半島では、早咲きの河津桜が満開になってからソメイヨシノが花開くまでインターバルがあるが、春が一度にやって来る東北では、河津桜が散る前にソメイヨシノが咲き、大島桜、枝垂れ桜、八重桜、右近桜など5月上旬まで桜の花盛りが続く。
その先駆けとなる浄土寺の河津桜。今年は3月末に花開いた。津波に襲われたその場所で、津波の記憶を伝えようとする若者たちの手によって植えられた河津桜が。
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