小学校の敷地に新しい市役所が建てられることになったので、小学校のグラウンドはずいぶん離れた仮設グラウンドに引っ越した。
津波で被災した小学校だから、この場所に市役所を建てることには反対の意見も多かったのだが、それでもやっぱり津波に浸かった場所に市役所ができることになって、それにもう小学校のグラウンドでは工事が始まったので、小学生たちが走り回ったりするグラウンドは何百メートルも離れた場所に移された。
高いネットで囲われた動物園の柵みたいな仮設のグラウンドは、小学校から歩いて5分か10分。途中はずっと工事現場。仮設の道路には大型ダンプやコンクリートミキサー車が引っ切りなしに走っている。川原の護岸工事も行われているせいか、「20t」と特別のステッカーが貼られた超大型ダンプや、法面を被う巨大なブロックを積んだトレーラーも走っている。もちろん平場の造成地ではブルドーザーやパワーショベルが鉄の軋み音を上げている。小学生たちは、そんな道を歩いてグラウンドまで行くことになる。
学校とグラウンドの間には、いまのところ高田のまちなかの事実上のメインストリートとなっている道路もある。そこには横断歩道もない。
少年野球や少年サッカーの練習を見かけることはときどきあるけれど、体育の授業をしているのはまだ見たことがないから、できるだけ、授業では使わないようにしているのかもしれない。それでも、横断歩道のないクルマの通りの多い道路をわたるときには、少年野球や少年サッカーチームの保護者の大人の人たちが、安全のために付き添っている。
保護者の多くがクルマを駐めるスーパーの駐車場と仮設グラウンドを隔てる道にも、横断歩道はない。
そんな話を縷々記していく考えで、小学校の仮設グラウンドができた頃からときどき写真を撮ってきた。環境としてはほんとうに良くない場所なんだから。
3月10日、小学校の仮設グラウンドでは朝から少年野球の子どもたちの声が聞こえていた。ノックバットの音、甲高い子どもたちの声、に対して低く響くコーチたちの声、また甲高い子どもたちの声、ときどきお母さんたちの声……
少年野球の練習の声が聞こえると、春の日差しが広がった。空は曇り空だけど。
目をつぶれば、ここがどこなんだか分からなくなるだろうな、なんて思ったりもした。きっと、自分が子どもの頃に練習していた田舎の小学校のグラウンドとか、あるいはたとえば練馬区あたりの運動公園とか、そういった平和な景色が思い浮かぶんだろうなと思った。だけれど、目をつぶらなくてもいいんだと思い直した。
土曜日だから、本当なら今日も仮設グラウンドの周辺では工事の土埃がつむじ風のようになって立ちこめているはずなんだが、昨日の大雨で国道でさえ何カ所も通行止めになっているくらいだから、今日は工事が少ない。土埃も上がらない。だけどここは被災地のかさ上げ工事現場の中に造られた、仮設のグラウンド。
仮設のグラウンドに、少年野球の声が響き渡る。心に春の風が広がっていく。環境としては良くはない。それでも子どもたちの声がする。
3月10日。これから何年か後、今日この仮設グラウンドを駆けていた子どもたちは、今日のこの日をどんな風に思い出すんだろうか。
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