もう10年以上前になるけど、1年だけロンドンに住んでいたことがある。(表向きは英語の勉強、本音はサッカーとビールとビートルズをとことん楽しみたかったから!)
その時の生活を振り返ってみて今感じることを書いてみたくなった。
ちょっと面倒くさいけど憎めない隣人たち
イギリスの首都ロンドン。自分が住んでいたのは西部で比較的日本人も多い地域。他にもインド系やアラブ系、アフリカ系に東南アジア系と様々な人がいて、逆に純粋なイギリス人はあまりいなかったかもしれない。
色々な人がいて面白かった。
例えば、家の近くにあったテイクアウト専門のケバブ屋のおじさん。
よく買いに行っていたので顔見知りだった。ある日、ものすごくお腹が空いていたのでラージサイズを注文したところ、「お、今日は彼女と一緒に食うんだな!?」と冷やかしてきた。「違うよ、すごいお腹が空いているからだよ!そもそも彼女いないし!!」と言うも、「別に隠す必要なんてないじゃないか?フォークを1本余計につけとくから仲良く食べるんだぞ!」みたいなことをことを悪びれもせず言ってくる。日本ではクレームが来るかもしれないよ、おじさん・・・。
そのほか、近所のコインランドリー屋で会うおじさんも面白かった。待っている間、ヘッドホンでずんちゃかずんちゃか音楽を聞きながら、なかなか切れ味鋭いダンスを披露してくれた。一緒に踊らされたときはしんどかったけど。
また、こんなこともあった。
ある日のバイト帰り、バスを待っている間にバス停でタバコを吸っていた時の事。
友人からもらったお土産のマルボロを吸っていたんだけど、当時からタバコは高くて普通に買うと一箱1,000円くらいはしたから、すごく大事に吸っていた。
突然、自分の後ろに並んでいた同い年くらいの黒人の兄さんに、「おお、マルボロか!いいなあ。俺にも一本くれよ」と言われ、まあいいかと思い差し上げたところ、その後ろとそのさらに後ろ、そしてそのさらに後ろの人達にもくれと言われ、しぶしぶあげる羽目に。
この図々しさ、日本ではまず味わえないと思う。
あのくらいの緩さが日本にあってもいいのでは?
こんなことが結構あったから、現地で日本人の人と話をすると本当にホッとしたのを覚えている。(そうそう、この相手を敬う謙虚な姿勢!って)
でも、今振り返ると、時には面倒くさいなあとすら感じたやり取りもすごく懐かしくて、戻れるならもう一度あの生活がしたいとすら思う。
そこには、生まれた地域や文化を超えたコミュニケーションが確かにあって、いい意味でも悪い意味でもあまりお互いを気にしすぎずに、ざっくばらんに話をすることができる空気が漂っていた。
日本に帰ってきてしばらくして感じたことは、安心と同じくらいの「息苦しさ」。お互いを尊重しあって失礼なことのないように、という振る舞いは日本が海外に誇る点だと思うけど、もう少しロンドンのように「適当」さがあってもいいのではないかと思う。
ケバブ屋のおじさんが、私が日本でするように気を使っている素振りを見せたら「なんか嫌なことでもあったのかい?ついに振られたか?」と笑顔で聞いてきてくれそう。
あのレベルまでずけずけと、とは言わないけどそのくらいのゆとりが今の日本には必要なのかもしれない。
また、いつの日かあのケバブ屋に行こう。おじさん、元気でいるといいな。
最終更新: