日々の子育てで感じる悲喜こもごもを柔和な文体でエッセイにし、漫画でそのシーンを切り取り「育児漫画」というカテゴリーで描きつづける高野優さん。それぞれキャラクターの異なる三人のお譲さんとどのように向き合っておられるか。何を大切に毎日を過ごされていらっしゃるか。子育て中のお母さんに聞いてほしい愛しいエピソードをたくさんお話し頂きました。
高野 優(たかの ゆう)
育児漫画家
中3・中1・小3の三姉妹の母。NHK教育テレビにて「土よう親じかん」(2008年4月~2009年3月)、「となりの子育て」(2009年4月~2011年3月)の司会を務め、子育てパパ・ママからの支持も厚い。
著書は「コドモスクランブル」(講談社)「みつばのクローバー」(主婦の友社)等、約40冊。台湾、韓国でも翻訳本が出版されている。講演会では、マンガを描きながら話をするという独特なスタイルで、育児に関するテーマが人気。2月末にはじめての絵本「よっつめの約束」(主婦の友社)を上梓。
元気で、夢中になれるものがあれば、それでいい
――高野さんの三姉妹それぞれキャラクターが異なって、それがまた楽しくてエッセイマンガで長く連載されてこられました。育てる上で教育方針はありますか?どんなことを大切にしてお子さんと過ごされていますか?
方針というほど立派なことは、なにひとつしていないんです。元気であれば十分。あとは、夢中になれることが見つかればと願っています。人生の荒波に対して、仁王立ちでひたすら耐えて踏ん張るんじゃなくて、サーファーのように荒波をひょいっと越えられるような、そんな強さとしなやかさを持ち合わせられる人に育つといいなぁと思います。
――高野さんのエッセイマンガを読むと三人のお嬢さんそれぞれが個性的。三人三様、今はどんなことに夢中なのですか?
長女は高校受験を終えたばかり。私が映画好きなので感化されてか舞台美術の仕事がしたいと。ところが昨年3.11があって心境の変化があったようで今はWFP(国連世界食糧計画)の活動に参加したいと言っています。ソフトボール部ではファーストをつとめ、今や背丈も私より大きいです。
中1の次女は卓球部ですが、これまで目立つことのない子でした。ところが百人一首にはまって覚えてしまったら、先生に褒められて。それが娘にとって自信につながっています。小3の三女は、小さな頃から体力が人一倍あって、小学生になってからサッカーと出会い、今は夢中でボールを追いかける毎日です。
――三姉妹だと同じ習い事を習ったり、同じようなスポーツをしたりという傾向が多いように思いますが、見事に別々の好きなことを見つけてらっしゃいますね。高野さんの幼少期はどんな習い事をされていましたか?
ピアノを12年、空手を9年間、習っていました。ピアノはなかなか上達しなくて、つまらないと感じていたことがあったんです。小学校高学年でスィングジャズと出逢ってからは、ジャズを弾いてみたいと先生にお願いをして、通常のピアノの教科書ではなく、弾きたい曲を自分で選ぶという形で通っていました。その後、ジュニアオーケストラに入り、中学からは吹奏楽と、音楽漬けの日々でしたが、ピアノの基本があったからこそ、より音楽を身近に感じることができました。
――ピアノと空手というコンビネーションで習い事をされていた方って高野さんが初めてかもしれません。空手は何がきっかけになって通われたんですか?
もともと空手を習うつもりはなかったんです。小学校の帰りに寄り道をしていたら、武道場で剣道をしている方達を目にして…。なんだか格好いいと思って母親に習いたいと話したところ、鍵っ子だったので家で留守番しているよりは、どこかで体を動かしたほうがいいと思ったのか、翌日、入会申し込みに行ってくれまして。でも、武道場は剣道と空手が交互に毎日使われていたんですね。たまたま申し込みの日は剣道ではなく空手の日だったので、家に帰ってきた母親が持っていたのは黒い剣道の防具ではなく、真っ白な空手着。「あれ~?」と思ったものの、好奇心からはじめました(笑)。一度はじめると、結果が残せるまで続けたいと思うほうなので、結局、黒帯になるまで続けました。学校では習うことのない、礼儀作法や静かな厳しさを学んだと思っています。
子育ては減点せずに、ゼロからおもしろがろう。
――高野さんはイラストレーターとして活躍されていますが、小さな頃はどんな大人になりたいと思っていました?
レコードを集めることが好きで、レコードジャケットのイラストやデザインをしたいと思っていました。化粧品や楽器のポスターが好きで、よくお店に行っては古いポスターを頂いて帰ってきたので部屋中、天井までポスターだらけ(笑)。自由を楽しむ大人に憧れがありましたね。プロのイラストレーターになるために、特に努力をしたというよりもイラストを描くことが大好きだった子どもが大きくなっても続けている、それだけかもしれません。
――6歳上にお姉さまがいらっしゃるとか。
姉は優等生で私とは180度違ったので、両親は戸惑いもあり、扱いにくい子どもだったと思います。いつも家では「ダメな子だ」と否定されてばかりでしたので「ここは自分がいる場所ではない」と早くから思って、高校生で家を出て寮生活でした。姉は高校卒業後、イギリスへ美術留学していましたね。
――お話しすることよりも、聞くことがお好きだとおっしゃってらしたのですが、その土台は学生時代に培われたものでしたか?
大人の話を聞くことが好きで、学生時代は職員室にいることが多かったんです。前職が刑務官という経歴の先生がいて、よく話しを聞いていました。友達と遊ぶことも大好きでしたが、本を読んだり、地図を片手に自転車や電車を乗り継いで、一人で遠くへ出かけることも好きでした。良く言えば好奇心旺盛、悪く言うと落ち着きがなく、両親には随分心配をかけたと思います。高校生の頃、アルバイトで貯めたお金を手に一人旅に出かけたのがきっかけで、働き始めてからもずっとバックパッカーをしていました。はじめて見る場所や出逢う人、知らない言葉、食事が好きでたまらないんです。
――自分のことを「ダメ」と否定されても、外の世界でちゃんと居場所を見つけられるのは素敵なことですね。その心意気は子どもを育てる上でも共通しているかもしれません。
親が育ててきたように子どもは育つと聞きます。実は私自身、親とのコミュニケーションがよくできなかったので、自分は母親になっても子どもと上手くいかないのでは?と不安でした。でも「あれもできない、これもできない」と何かの基準から減点するのではなくて、「こんなこともできる。あんなこともするんだ」とゼロからおもしろがって子どもを愛することができた。それは、私にとって財産です。
学校や家ではあじわえない挫折感や達成感を
――三姉妹に同じ習い事を強制していないのは高野さん流で素晴らしいと思いますが、学校の部活以外に何か習っていらしたのですか?
長女は音楽が好きなので、クラシックギターと和太鼓を6年ほど習っていました。受験期になって少しお休みしていましたが落ち着いたら復活するようです。次女はピアノとバレエを習っていたものの、すぐにやめてしまいましたが。三人の誰かはピアノを選ぶかと思いましたが、誰もいませんでした(笑)。私自身、6歳上の姉と常に比較されてきたので、子どもたちには同じ習い事ではなく、好きなことをさせたいと決めていたのです。
――三女さんは幼少期から体力のあるお子さんで…というお話がありました。サッカーと出会う前は何かスポーツをされていらしたのですか?
足腰が丈夫で、クライミングのスクールに通っていたことがあります。娘はどんどん上達して「上級クラスへ通わないか?」とお誘いを受けたりもしました。でも親のほうが尻込みをしてしまったんです。怖いものしらずな娘のこと、無茶をしてケガをしたら…と、心配でやめさせてしまったんです。娘はやりたいのに、続けられなかった…という思いがあったはずですが、それからサッカーと出会って、今度こそ続けたい!と。
――今、小学3年生の三女さんはサッカーを熱心にされていますが、夢は「なでしこジャパン」?
チームでは紅一点ですが、だれが見ても男の子に見えるので違和感を感じません(笑)。どんなに熱があってもケガをしてもサッカーには行きたがるし、チームメイトに少しでも追い付きたいと自主練も欠かしません。人数も多く鮮やかなプレーをする子が多いので、先日の試合ではずっとベンチでした。その日の夜は悔しいのと、ふがいなさからかボールを磨きながら延々と泣き続け、翌朝は目をひどくはらしたまま学校に行ったほどです。
――悔しくて泣くのって、ほんの9歳でなかなかできない体験ですよね。そういうことがあると精神的にすごく成長すると思います。
親としては、そんなにつらい思いをしてまで続ける必要があるのかなと首をかしげてしまう。技術や体力の差もついてきたし、男の子の中でプレーするのは、そろそろ限界じゃないかとも。それでも「サッカーが好きだから続けたい!」と、まっすぐな目で言われたら、もうしょうがないかなぁと。泣きたくなるほど悔しい気持ちや挫折感、逆にあふれるほどの喜びや達成感は、決して学校では得ることのできない貴重な体験なのかもしれません。プレーでミスして涙ぐんだり、PKで成功して喜んだり、チームメイトを大切に思ったり、コーチを敬うなど…、いろんな感情をスポーツから学んでいるようです。親は子どもにとって給水場みたいな役割でいいんでしょうね。娘が自分からスパイクを脱ぐというその日まで、見守ろうと思っています。
よく、家でヒーローインタビューのまね事をするんです。気分はすっかり20歳くらいのプロサッカー選手のようで、「今日のゴールは、小学校のときにお世話になったコーチ達にささげます」と話すんですね。できることなら、私にもちょっとはささげてほしいなぁと思いつつ、習い事を通してたくさんの喜びと悔しさを知って、大きく育てばと思っています。
――泣けちゃいます…好きなことにまっすぐな人は年齢問わず応援したいです。そんなお子さんを3人も育ててらっしゃる高野優さんのあたらしい作品や活動が楽しみです。
2月末にはじめての絵本を出版予定です。ここ数年、めまぐるしいほどたくさんのできごとがあって…、ようやくそれを絵本という形にすることができました。また、去年から子育ての講演会のほかに、イラストのワークショップも始めました。子育ての講演会で、一人でも多くの保護者の方達にほっとした気持ちを、ワークショップでは一人でも多くの子ども達にイラストの楽しさを伝えられたらと思います。
編集後記
――ありがとうございました!取材当日、高野さんは着物姿で現れ、とってもよくお似合いでした。最近は着物のリサイクルショップでもお手頃価格で購入できるとか。でも、やっぱり着る人の粋な心が伴ってこそです。以前テレビで拝見していた時もふんわりと優し気なイメージでしたが、実際お会いしていろんなお話しを通じて、その優しさは単なるイメージで はなくて、人間的な厚みとあったかさがあってこそなのでした。情緒不安定な私は大人気なくゴウゴウと泣きながらのインタビューとなってしまいプロとして情けない。でも、そんな弱さもしっかりと受けとめてくださる大きな器に甘えてしまいました。2月末に発売される絵本は、大切な人を失った経験をもつすべての人に読んでほ しい。これからも応援しています!今、お会いできたことに心から感謝です。
取材・文/マザール あべみちこ
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