歴史の中の11月18日
▼794年 平安遷都
<旧暦:延暦13年[甲戌] 10月22日>第50代天皇・桓武天皇が長岡京から平安京への遷都を行う。桓武天皇は784年に平城京から長岡京へ遷都するが、10年後に長岡京の東北方向にあたる平安京に都を移した。桓武天皇は坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命するなどして東北地方での軍事行動を繰り返し行った天皇だった。
▼1901年 八幡製鐵所が操業開始
日清戦争で中国から得た賠償金を用いて建設を進めていた官営八幡製鐵所で、作業開始式がとり行われた。高炉を備えた近代的製鉄所としては初めての規模となるものだったため操業は困難の連続だった。当初は、先に近代的製鉄に成功していた釜石鉱山田中製鉄所の支援を仰いだり、大学教授の進言を容れるなどして、日露戦争中にはようやく操業が軌道に乗った。
製鐵所の地元・北九州市八幡東区では、毎年この時期に「まつり起業祭八幡」を開催している。また八幡製鐵所は民営化された後、1970年に富士製鐵と合併して新日本製鐵に、さらに2012年には住友金属工業と合併して新日鐵住金となっている。最初に高炉が建設された東田地域の一部は、宇宙がテーマのテーマパーク「スペースワールド」になっている。
官営八幡製鐵所旧本事務所などの4つの施設は2015年、ユネスコ世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」に登録された(一般公開はされていないが、遠くから見ることはできる)。八幡(地元では「やわた」と読む)の名産は何といっても、製鐵所の従業員の滋養のために開発された「くろがね羊羹」と「くろがね乾パン」。渋い味わいが人気。
▼1916年 第一次大戦の激戦「ソンムの戦い」が終わる
ソンムの戦いは、7月から4カ月半にわたり英独両軍が塹壕をはさんで激しい攻防を繰り返した激戦。開戦初日だけでイギリス軍は2万人近くの戦死者を出したことでも、戦闘の激しさが伺える。初めて戦車が実戦投入された戦闘でもある。
最近の研究では、中国政府がソンムなどに派遣し、ソンム周辺で農業や武器製造などを行っていた約10万人にのぼる中国人労働者がいたことが明らかになったという。異国で戦闘に巻き込まれた中国人約2,000人が犠牲になったという。
わずかの土地を占領するために多くの命が失われたソンムの戦いが終結した日付については、イギリス軍が前進した11月17日、戦線が最終的な膠着状態に入った18日などいくつかの考え方がある。この戦いでは両軍合わせて40万人以上が戦死したとされる。
▼1928年 『蒸気船ウィリー』公開
ミッキーマウスとミニーマウスのデビュー作。
▼1987年 日本航空が完全民営化
半官半民の経営で、しかも国際線はほぼ独占ながら国内線は幹線のみ(45/47体制:全日空は国内幹線とローカル線メイン、東亜国内航空はローカル線メイン)という大臣通達によって事業そのものが縛られていた日本航空が、1985年の45/47体制廃止に引き続いてこの年、完全民営化を遂げた。
完全民営化後は、湾岸戦争や同時多発テロ、世界的な不況、SARSなどの影響に加え、コンプライアンスの危機、日本エアシステムとの合併後の混乱、コスト削減の難航などの問題にたびたび直面し、業績の悪化と回復を繰り返す。2010年には会社更生法を申請し、企業再生支援機構をスポンサーに経営再建を行った。
この日が誕生日
◆1773年 徳川家斉(いえなり)
徳川幕府第11代将軍。在職は1787年~1837年(天明7年~天保8年)。一橋家の長男として生まれる。将軍就任後は将軍レースのライバルでもあった松平定信を登用し、寛政の改革を行う。定信を失脚させた後は、次第に側近政治に移行し、貨幣改鋳などの失政もあり世の混乱を招く。
50年に及ぶ家斉の治世は、寛政の改革、天保の改革の改革も行われた一方、江戸を中心に文化文政文化が花開いた。また、大塩平八郎の乱やモリソン号事件など幕末の混乱に向かう要素が顕在化していく時代でもあった。16人の妻や妾の間に50人以上の子をもうけたこと、異常なほどの健康体であったことでも知られる。
◆1787年 ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール
世界初の実用的写真「ダゲレオタイプ(銀板写真)」を発明したフランスの画家で写真家。露光時間を1~2分程度まで短縮(!)することに成功し、19世紀は世界中で肖像写真が撮影される時代になった。
◆1906年 アレック・イシゴニス
ミニ、オースチン・マキシなどを設計したギリシャ系イギリス人エンジニア。
この日亡くなった人たち
・1922年 マルセル・プルースト
フランスの作家。30代から死の直前まで20世紀を代表する小説と評される大作『失われた時を求めて』を書き続ける。作品の刊行は1913年から1927年に及んだ。
・1966年 河井寛次郎
島根県安来町出身の陶芸家。中国古陶磁に倣った技巧的な作品から、用の美を追求した戦前期、さらに戦後には用の美を踏まえながらもエネルギッシュな躍動感を表現した作品へと作風は時代とともに変化した。今日でも収集家の間での人気は根強い。「暮しが仕事、仕事が暮し」との言葉を残した。
・1976年 マン・レイ
ダダイスム、シュルレアリスムの時代を象徴する芸術家。アメリカ出身。女性モデルの背中にバイオリンの「f字孔」の模様を描いた写真作品「Ingre's Violin」、アイロンに13本の鋲を着けたオブジェ「The Gift」、メトロームに目の写真を付けた「Indestructible Object (or Object to Be Destroyed)」、ニューヨークにグッゲンハイム美術館を設立したソロモン・ロバート・グッゲンハイムの姪で、20世紀美術のコレクターだったペギー・グッゲンハイムの肖像写真など多彩な作品を制作した。
記念日など
◆土木の日
「土木」の文字を分解すると「十・一・十・八」に分けられること、日本工学会の前身「工学会」が1879年のこの日発足したことから。
土木学会は2008年から関連事業「土木コレクション」やシンポジウムなどを開催している。
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