2年前の夏の終わりのことだった。週末、私は東京・奥多摩の川へインフレータブル式のカヌーを持っていき、川下りをしていた。
その日は天気も良く、絶好のカヌー日和だった。途中、トラブルもなく出発から2時間ほどでゴール地点の広い河原に着いた。
上陸地点の付近では、数人の若者が川岸の切り立った崖によじ登り、川へ飛び込んでいた。どうやらバーベキューをしにきたグループのようで、ダイブしていた若者たちの仲間が飛び込みをはやし立てていた。とても夏らしい光景で微笑ましかった。
私は、飛び込み場所近くの河原にカヌーを引き上げて、一休みするとカヌーを片付け始めた。
しかし、カヌーを折りたたみ始めてすぐのことだった、急に河原が騒然となり、先ほど若者が飛び込んでいた近くの河原に小さな人だかりができていた。
何事かと思い、私も人だかりのところに行く。
すると、一人の若い男性が、意識を失った状態で血を流して倒れていた。先ほど、崖の上から川に飛び込んでいた若者だった。どうやら10m以上の高さから川への飛び込みを試みた際に、岩に激突したようだった。つい先ほどまで、元気いっぱいだった若者が目の前で血を流して倒れている光景を一瞬信じることができなかった。
倒れている若者のまわりを彼の友人たちが取り囲み、叫ぶように声をかけている。
心肺蘇生法の心得のある1人の男性が心臓マッサージを行っていた。しかし、救命処置は相当体力を消耗するらしく、彼一人では継続した心臓マッサージを行うことができなかった。私を含めて他の人は見ているだけしかできなかった。何をどうしていいのかわからなかった。
しばらくすると、救急車が到着して若者を搬送していった。搬送された若者の彼女だろうか。1人の若い女性が、携帯電話で若者の家族と思われる人に「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きながら、ただそれだけをひたすら繰り返し言っていた。
その二日後、若者の死をネット上のニュースで知った。
応急手当と救命処置について
先日、救命講習を受講してきました。救命講習は、消防本部や赤十字などで受講できます。私は消防本部で受けてきました。
消防本部での救命講習は、いくつかのコースがあります。地元の消防本部では「普通救命講習」と呼ばれる3時間コースしかなかったので、近隣の消防本部が実施している「上級救命講習」を受けてきました。
心肺蘇生などの「救命処置」の習得を目指す普通救命講習に対し、上級救命講習では、普通救命講習の内容に加え、止血法などの「応急手当」についても学ぶことができます。上級救命講習は朝8:30~夕方17:30までびっしりと行い、内容の濃い講習です。
今回、受講した救命講習について、前後編の2部構成で書きたいと思います。前編で「応急手当」、後編で「救命処置」について、受講の内容の一部を書きたいと思います。
「応急手当」と「救命処置」の違いですが、「応急手当」は、けがや病気におそわれた時、病院に行くまでに家庭や職場で行う手当のことを応急手当といいます。応急手当のなかでも、心臓や呼吸が止まっている人の命を救うための手当のことを「救命処置」といいます。救命処置は、すぐに手当をしなければ命を失う危険性があり、とても大切な処置です。
傷病者の管理
「応急手当」講習の最初に説明を受けるのが「傷病者管理」の方法です。
傷病者管理とは、傷病者の痛みを緩和し、症状の悪化を防いで、できるだけ楽な状態に傷病者を保つことです。傷病者の管理は以下の手順で行われます。
■傷病者管理法
1.周囲の安全確認
まず、一番最初にすることは、周囲の状況確認です。
傷病者、救護者に危険がないことを確認します。危険な場所ならば、
安全な所へ搬送します。
2.衣服を緩める
傷病者に「首もとのボタンを緩めますね」などと声をかけながら衣服を
緩めます。声かけは応急手当全般に共通する大切なことです。
衣服を緩める際の声かけは、第一に傷病者の方との意思疎通、緊張感緩和という
目的がありますが、それ以外にも、周囲に聞こえるように呼びかけることで、
周りにいる方からの誤解を避けることにもつながるとのことです。
緩める箇所としては、首、手首、足首、くびれなど「くび」という名称がつく
箇所を緩めるといいそうです。
3.保温
傷病者の体温を保ちます。保温はどのような状況でも必要です。
基本は毛布などを利用して体を温めますが、常に温めるとは限りません。
熱射病の時は、日陰に移動して、うちわなどであおいで体温を下げるように
します。保温とは体温を保つことであり、状況に応じて温めたり、
冷やしたりします。温める場合の注意点として、傷病者の身体が直接地面に
接すると体温を奪われやすいので、身体の下に毛布や服を厚めに敷きます。
ちなみに消防士の方は、傷病者を毛布でくるんで保温する際、
毛布の合わせ方も「右前」となるように気を使っているそうです。
「右前」とは、毛布の両端を胸の前で重ねる際に、傷病者の左側の
毛布が上側となるように重ねることです。逆の「左前」は亡くなった方
が着る着物の着方です。講習の際にも、「右前」で保温するように教えて
いただきました。
4.体位の管理
回復体位をとり、安静を保ちます。
※体位については、図入りで下記WEBサイトにわかりやすく書かれています。
止血法について
血液の20%が急速に失われるとショック状態になり、30%失うと生命に危険が及びます。人間の血液の量は、体重1㎏あたり70ml~80mlと言われています。体重60㎏の人ですと、体全体でおよそ4.5Lの血液があることになります。その30%ですから、1.35Lが急速に失われると命を失う恐れがあります。
そのために、すみやかに止血をする必要があります。止血法はいくつかありますが、現在の救命講習では、「直接圧迫止血法」を推奨しています。
直接圧迫止血法とは、清潔なハンカチ、ガーゼ、タオルなどを重ねて傷口に当てて、その上から圧迫して、血を止める方法です。
止血時の注意点は、感染防止のために血液に直接手で触れないことです。
ビニール製やゴム製の手袋をはめて行います。手袋がない場合は、スーパーなどのビニール袋を自分の手にかぶせて止血を行います。
血が止まらない場合は、圧迫する力が不足しているか、圧迫部位がずれています。
手足をひもなどで縛る止血法は、神経や筋肉を損傷する恐れがあるので、救命講習では推奨していませんでした。
ちなみに、応急手当の方法は原則5年に一度見直されます。そのため、常に最新の応急手当に関する知識の習得するように心がける必要があります。
三角巾法
三角巾の有用性の高さについて、話には聞いていましたが、救命講習を受講するまでは、その価値を十分に実感していませんでした。しかし、三角巾の使用方法を実際に学ぶと、これまでとは三角巾に対する見方が大きく変わりました。三角巾はまさに万能な魔法の布のようです。
応急手当での三角巾の用途として「止血」「被覆」「固定」があります。「止血」は、血を止めること、「被覆」は、細菌から守るために傷口を覆うこと、「固定」は、骨折やねんざの際に部位を固定することです。現在の救急現場では、それぞれに特化した優れたものがありますが、唯一、三角巾だけが上記3つの用途を同時に満たすことができるものだそうです。
三角巾の使用法について、埼玉県・白岡市のWEBサイトに写真入りで詳しい説明があります。
三角巾の使用方法で、個人的に最も利用するもののひとつと思うのが、「足首のねんざ」です。上記参考資料の「足首捻挫の固定」にも写真入りで詳しく書かれています。実際にやってみた感想として、ポイントさえ抑えて三角巾を縛れば、考えていた以上に固定力があるということです。ポイントは、一番最後、足首前側で縛る際に、前方に強く引いて縛るということです。そうすると強い固定力を得ることができます。
三角巾の使用法を受講した後は、防災用品に三角巾を絶対加えようと思いました。
<応急手当について ~後編~ に続く>
※後編では、最も大切な救命処置について書きます。
参考資料
・応急手当講習テキスト:一般財団法人 救急振興財団
・三角巾法:上級救命講習配布物
Text & Photo:sKenji
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