【シリーズ・この人に聞く!第54回】ボーダレスに活躍する数学者 秋山 仁さん

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もじゃもじゃヘアにバンダナ、ギョロ目に口ひげをたくわえたユニークな数学者といえば秋山仁さん。理学博士として研究に取り組まれる一方、さまざまなジャンルで活動されています。現在は、東海大学教育開発研究所所長として教育現場に携わる教師へ魅力的な教育・指導を行えるよう指揮を取られています。算数嫌いも算数好きな子どもも、それぞれどのように力を伸ばせばよいか、アドバイスをいただきました。

秋山 仁(あきやま じん)

1946年10月東京都生まれ。
理学博士、数学者。上智大学大学院数学科を修了後、ミシガン大学数学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント(非常勤)、日本医大助教授、東京理科大学教授、科学技術庁参与、文部省教育課程審議会委員などを経て、現在に至る。ヨーロッパ科学院会員、東海大学教育開発研究所所長、中国南開大学客員教授、 (NPO)体験型科学教育研究所理事長、(財)平成基礎科学財団理事、(社)全国幼児教育研究協会理事、日本文藝家協会会員、京都芸術高校名誉校長、NHKラジオ・テレビ講座講師、アコーディオン奏者など多数肩書きをもつ。
数学的業績として、専門誌にグラフ理論、離散幾何学に関する120編を超える論文を発表、啓発書、専門書など約100冊を執筆。
組み合わせ数学の国際専門誌“Graphs and Combinatorics”(Springer Verlag 社)の編集委員長。
著書は130冊あまりと多数。

束縛を嫌う自由な発想

――秋山先生の幼児期、たいへんおもしろく読ませていただきました。もともと算数や数学がお好きで、勉強がお好きだったわけではないんですか?

靴も服も束縛するものは大嫌い。パンツ一丁で泥だらけになって遊んでいた。(前列中央の坊主頭の少年が秋山先生)

靴も服も束縛するものは大嫌い。パンツ一丁で泥だらけになって遊んでいた。(前列中央の坊主頭の少年が秋山先生)

親や先生からの躾や束縛されるのが大嫌いで、大空の下で自由気ままに野山を駆け巡り遊ぶ子。ワガママで身勝手、でもちょっと弁解すると、やさしい面もありました。やりたいことや好きなことには集中するのに、嫌いなことには一切見向きもしなかった。母は育てるのに苦労して僕が就学前頃に、児童心理学や発達心理学でご高名な研究者でいらした岡宏子先生(当時、聖心女子大学教授)の元へ相談に通っていました。岡先生は僕には何も言いませんでしたが、母へは「自分で自分の行動に責任をとれる大人へ成長させるためには、この子を伸び伸びと生活できる学校へ通わせるほうがいい」とアドバイスしてくれたそうです。

――岡先生の助言があって武蔵野市の森の中の小学校へ通われました。大人になった45、6歳の頃、約40年ぶりに岡先生と再会され、その時のことを強烈に覚えてくださったとか。

40年前のことを覚えているのですから、相当印象に残る子だったのでしょう。
岡先生は『子どもは、親からの自立のために教育をする。自分で考えて判断し行動し責任をとるよう促す教育をしたほうがいい』と。そういうアドバイスを先生から母は受けて、僕は習い事もたくさんさせられていました。そろばん、絵、書道、バイオリンと一通りやりましたが、どれも長続きしなかったなぁ。おもしろさを知るまでに至らなかった。努力することで、おもしろくなると思わなかったものだから。両親も無理強いはしなかったですね。

――たくさん習い事をされる中で、スポーツは何かされていらしたんですか?

野球、柔道。チームに所属していたわけではなく、親が大枚はたいて道具を買ってくれたり調達してきて、それで遊んでいた感じです。テニスは小学校高学年の頃からスクールへ通いました。卓球もボロイ卓球台が家にあったので、友達や兄弟とよくやっていました。強制されたことは何一つ続かなくて、自分が楽しいと思ったことは結構長続きしました。

――子どもって概してそういうものだと思います。先生はご自身のそうした体験をふまえて、子ども時代の習い事をどのようにお考えでいらっしゃいますか?

好奇心があるものには、ほおっておいてもやる。でも子どもは初めから好奇心があるものもあるし、そうでないものもある。いろんなおもしろいものが生活環境の中にあるといいかもしれない。無理強いをして、できるようになることは、残念ながらあまりない。かえって嫌いになる副作用も生じる。熱心な親は、そこを気をつけないといけないね。

興味があれば進んで多くを学ぶ

――なぜ数学が一番好きで、得意だったのでしょうか。何かきっかけがありますか?

昭和20年代戦後まもなく少年期を送った。飼っているヤギの散歩もすすんでした。(前列中央の子が秋山先生)

昭和20年代戦後まもなく少年期を送った。飼っているヤギの散歩もすすんでした。(前列中央の子が秋山先生)

どんな教科でも下手ながらやっているのは、動機があるから。算数だと、おもしろいと思う大きな原動力は、解けた時の快感。他の科目に比べて算数は覚えることが少ないし、少ない知識で何とかなる。中学生くらいで勉強していた本当の理由は、もてたかったから。『不良だけど頭がいいやつ』と友達(特に女友達)に思われたかったんですね。国語や社会ができるのは真面目な努力家というイメージでしたから。優等生で成績がよくてもそれほどのことではないけれど、『危険な香りのするやつなのに数学ができる』ことに「もてる」原点を感じた。いつも勉強しないで軽く一番取っているようで、実は隠れて勉強していました(笑)。やらなかったらできませんから、誰だってそうだと思いますよ。

――自ら進んで好きなこと、やりたいことを見出せるのは子ども自身の力もあるでしょうけれど、その環境にいる大人の責任もありますね。

子どもへ物事のおもしろさを知らせるコーディネーター役が、親や先生だと思います。一旦何かを好きになれば、ほおっておいても子どもはどんどんやる。『算数を好きにさせるために、どうしたらいいですか?』とよく聞かれますが、物づくりやパズルなどでおもしろさの真髄をどこかの段階でしっかり体感させれば、あとは親も先生もいらない。
たとえば女子中高生は携帯やiPhoneの使い方をマニュアルなんか見ないでどんどん使いこなしているでしょう?一方で数学の問題は全然できない。それは最初から方程式なんて全く関心がない。因数分解や二次方程式ができないからって、能力がないわけではない。だって私なんて未だにメールできないですけれど、それは覚える気もないから。興味の対象がそこにないだけ。

――なるほど。今、ゲームや携帯が日常に当たり前にあって、その処理能力=筋道を立てて考える力のようにつながっています。算数に強い子の伸ばし方は、どのような導き方があるのでしょう?

ただペーパーテストができても生活に応用できなければあまり意義はありません。
数学でも文学でも何でもいいのだけれど、真の教育というのは、そのおもしろさの真髄を体感させる環境をつくること。大自然の中に子どもを誘い、大空のもとで自然の神秘に触れ、生命の営みに感動させたり、大宇宙のしくみに心をときめかせたり、そういうスケールの大きい感動を与えることが教育の基本です。一方でW杯で活躍した南アフリカのエトーは貧しくて逆境だらけの環境で育ちましたが、悔しさをバネにして力を伸ばすことだってある。

――悔しいという思いが、今の子どもたちが普通に生活していてもなかなか体験できません。好きなことで競争して敗れて、泣いて初めて掴める力があるのかもしれませんね。

えらい人になるためには2種類あります。一つは、才能に恵まれ、その才能を伸ばして人生をつくる人。もう一つは、才能はなくても、なりたくてなる人生。前者のケースは皆に平等に与えられているとは限らない。才能なんて誰でもめったに無いものだから。でも後者のケースは、可能性に溢れている。努力すれば誰でもできるのですから。才能は後からしっかりついてくる。教育は、努力の尊さを教えることに尽きるかもしれません。

徳・体・知、真の教育を追究

――先生は研究者としての他に、現在は東海大学教育開発研究所の所長というお立場でいらっしゃいます。具体的にはどんなお仕事に取り組まれていらっしゃるのでしょう?

数学者の第一線として世界各国で活躍し教鞭をとってきた。ユニークな考え方はどの国でも絶賛。

数学者の第一線として世界各国で活躍し教鞭をとってきた。ユニークな考え方はどの国でも絶賛。

知育偏重の教育を推し進めてきた日本は、徳育や体育を疎かにしがちだ。昔なら14歳で自立をした「元服」でしたが、今はかなり自立の年齢が上がっている。発達段階をみながら徳育や体育、知育のバランスのとれた教育を東海大では行っています。安っぽい教育を打破して、人のために尽くすとか、「その人がいてくれることによって私の人生がよくなった」と言ってくれるような存在を目指し、そういう人間を育てようと創始者の建学の精神に基づいて教育開発研究所が98年設立されて、東海学園グループの20あまりの初中等教育に携わる教員の指導力の強化と授業の質の向上を常に図っています。他の中高一貫教育の私学と比べて、かなり真剣に教員たちが勉強をしていると思います。
そのお手伝いをするのが私たちの役目です。

――先生方の先生ということで、教員の腕を鍛え直しているわけですね。では、秋山先生は中学と高校のどちらが大切な時期だと思われますか?

中学です。もっと遡れば一番基礎になるのは幼稚園、保育園。その次大切なのが小学校。10歳頃までに他人との関係すなわち、社会生活や我慢の仕方を学ばせる。中学校では自立や奉仕の精神や自分で責任を取ることを知る経験も必要です。だから高校よりも中学に、もっと教育の重きを置かないといけない。
偏差値でしか学校選びができない親も、真の教育とは何かを学んだほうがいい。
難関大学への合格者を何名輩出しているかで、その学校の良し悪しを決めるなんて感心しないな(笑)。世間がそれを望んでいるなら、世間のレベルがまだまだってことだね。

――多忙でありながら、駿台予備校の講師をずいぶん長くお勤めになられましたね?

受験生は真剣だから、やり甲斐があった。大学院生の22~3歳頃から50歳くらいまでバイトでしたが週1、2回教壇に立っていました。一線を退いてからは、名誉校長とか顧問として現在に至っています。

――では、最後にこれから子どもに習い事をさせたい親世代へメッセージをお願いします。

お母さんがまず何でもいいからやってみておもしろいことを発見する体験をしてみたらいいと思う。ガーデニングでもお料理でも本を読むことでも何でもいいから夢中になること。そういう楽しそうな親の姿を子どもに見せると、なんだか楽しそうだなと思うでしょう。子どもを算数好きにしたいなら、親がまず算数好きになることです。自分は嫌いなことを子どもだけに押しつけて、やれやれと言っても無理ですよ。まず親は自ら範をたれることです。まず、親が新しいことにチャレンジすることです。

編集後記

――ありがとうございました!秋山先生の子ども時代の話は、中1になったうちの息子と共通点がたくさんあり、興味津々でお話しを伺いました。ペーパーテストで判断するような学力を重んじるのではなく、「徳・体・知」の教育理念に基づいて先生方の教育を行っていらっしゃるとのこと。ぜひ学校の現場でこの理念を叩きこんでほしい!と願わずにはいられません。これからも第一線でお元気でご活躍ください!

取材・文/マザール あべみちこ

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