【シリーズ・この人に聞く!第147回】馬頭琴奏者 美炎 mihoさん

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モンゴルでモンゴル民謡の伴奏のために用いられてきた馬の楽器、モリン・ホール。弦は馬のしっぽの毛を束ねており、馬の毛を張った弓で弾きます。光と風を感じる力強い音色を奏でる馬頭琴奏者の第一人者 美炎 mihoさん。この楽器に魅せられた想いをお聞きしました。

美炎 miho(みほ)

馬頭琴奏者。幼少よりヴァイオリンに親しむ。民族音楽の枠を越えてオリジナル曲を中心に演奏活動をしている。馬頭琴を国家1級演奏家チ・ブルグッドに師事。馬頭琴の人間国宝チ・ボラグに認められ、馬頭琴アンサンブルの最高峰、野馬アンサンブルの一員としてアジア各国で演奏。
役所広司主演映画『13人の刺客』音楽やセガの『THE WORLD OF THREE KINGDOMS』のゲーム音楽に馬頭琴で参加。NHK交響楽団の弦楽器奏者とも数多く共演するなど、クラッシック・ポピュラー・世界の民族楽器等ジャンルを超えて共演している。
山の棚田コンサート(栃木県那珂川町)馬と暮らすまち遠野コンサート(岩手県遠野市)等、里山の暮らしを音楽で応援。スイス日本大使館公邸でのコンサート等様々な演奏活動。オリジナル曲集CDを4枚リリース。東京音大民族音楽研究所短期講座講師。宮地楽器渋谷講師。千葉市振興財団所属アーティスト。

 馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト
miho-batokin.com  

見た瞬間、馬頭琴は自分の楽器だ!と直感。

――昨年末、初めて馬頭琴の演奏を聴く機会があって、単に美しいだけじゃない体の細胞がザワザワ騒ぎだすような感動を受けました。数ある楽器からなぜ馬頭琴を?

緑の服を着たのが美炎 mihoさん。1日30分の練習が嫌だった。

緑の服を着たのが美炎 mihoさん。1日30分の練習が嫌だった。

モンゴルから来日した馬頭琴奏者と、親戚の叔父が知り合いで、遊びに行った時に楽器の先端に馬が付いている馬頭琴という楽器を初めて知りました。その時習っていたヴァイオリンと同じく弓を使って演奏するので、見た途端「これは私の楽器だ!」と思いました。音は全く聴いていないのにそう感じたのです。絶対にうまくなる!という確信がそこにありました。

――直感が素晴らしいですよね。ヴァイオリンはお好きで続けていらした?

3歳から中学2年生まで先生について習っていましたが、演奏することは好きでも練習が嫌いで…。他の習い事は、嫌だったら齧っただけでもやめさせてくれたのに、なぜかヴァイオリンだけはやめさせてくれず続けていました。1日30分だけの練習でも嫌で、いかにさぼるか?ばかり考えていました。練習に見せかけて遊んでいるうちに、楽器は何度か壊れました。高校3年生くらいまでは自分の好きな時に演奏はしていました。

――指導してくださった先生はどんな方でした?

物腰の柔らかな先生で、頭ごなしに叱られたことはなかったですね。耳は鋭くて、ちょっと弾いただけで演奏できていないと、今日はもうここまでって終わってしまう。習い始めた頃、全然うまくならなくて親戚が「先生変えたほうがいいのでは?」と助言してくれて、その先生に変わりました。伸び伸びと弾かせてもらえて、鈴木メソッドで最初の「きらきら星」から演奏指導し直され、めったに褒めてもらえませんでしたが今振り返るとよかったです。

――ヴァイオリンの基礎はあって、馬頭琴と出会ったのが18歳。そこからメキメキと馬頭琴の道へ進まれた?

楽器と出会ってから、実際に演奏するまで少し時間があって、23歳で演奏を始めました。馬頭琴奏者として演奏家になろうと決めたのは30歳の時です。子どもの頃から一生の仕事を何かしたいと思って、ずっと探していたのに出会えていませんでした。馬頭琴の楽器は自分のためにある、と思ったのに馬頭琴奏者になろうとは思っていませんでした。2年通った大学を中退して、その後フラフラしていた時に結婚。社会に出る前に結婚して、20代で二人の子を出産。人生に迷いがあった時、一度だけ占い師に仕事の運勢をみてもらったことがありました。そこで馬頭琴の話をしたところ「それがあなたの仕事です!」と断言されて、なんだかストンと落ちたのです。

23歳で始めたスロースターターの演奏家。

――大人になってから、しかもお子さんをお二人出産されてから本気で馬頭琴に注いだ…情熱ってすごいですね。出産すると忙しくて自分の夢は後回しになるものかと。

たくさん本を読み、自然好きな少女時代。

たくさん本を読み、自然好きな少女時代。

子どもの頃からクラシックをやっていると、プロの演奏家になるには先生について音大に進学してエリートコースを歩まないとなれない…とわかっていたし、大人になってから身につけた楽器で演奏家になれるわけがない…と。結婚した夫はモンゴル人の馬頭琴奏者で、彼の父親は人間国宝級の馬頭琴奏者でした。プロになるなら、夫を超えなくては意味がない、と思うようになりました。馬頭琴をもっとうまく弾きたいと思っても、まさかプロの演奏家にはなれないだろう…という迷いがあったのです。

――迷いは占い師の一言によって断たれて、それから演奏家として何が変わりましたか?

自分の中でこうしなくてはいけない…というハードルを設けることで苦しめられ、演奏を楽しめなくなってその頃から民謡を弾くと違和感を覚えました。馴染めない民謡に向き合うにはどうすればよいか?と葛藤。違和感を覚えたのはプロになろうと思ったからです。私はモンゴル語を理解しているわけでなく、モンゴルの文化に飛び込みたいという情熱はそこまで湧かなかった。でも自分で曲を創り始めてから、また演奏が楽しくなって今ではほとんどオリジナル曲を演奏しています。意識が変わったことで、馬頭琴の師でもあった夫とは5年の別居を経て離婚しました。オリジナルの道に進んだことが、別れるきっかけになったと思いますが、それでもその道で行こうと決めました。

――意識が変わって本来の美炎 mihoさんが目覚めたわけですね。幼少期はどんな子でした?

父は日本文学研究者で家に大量の本があったので、小さな頃から本を読んでいた記憶があります。猫をたくさん飼っていたので猫と遊び。父の趣味で日本庭園があって、大きな池にもらいものの錦鯉が2匹泳いでいて。太郎と次郎という名前を付け、毎朝餌を与えてかわいがって私も一緒に泳いだりしていました。山奥とか自然がいっぱい溢れている田舎に住みたいと子どもの頃から思っていて、高校は山形にある全寮制の学校へ進学して伸び伸び過ごしました。受験勉強はせずに労働作業を重視して半分自給自足。電波も入らない山奥でした。

――15歳で家を出ると自立が早いですよね。どうしてその学校を選んだのですか?

母方の親戚がその学校の音楽教師で、前々から話には聞いていました。高校進学時に勉強は好きじゃないし、行きたい高校もなくて。親にそう言うと、山形の学校はちょっとおもしろいから見学する?と聞かれ、行ってみようかな~となって見学して気に入ったので決めました。小さな頃から憧れていた田舎暮らしができました。受験勉強はしない学校でしたが、森林生態学を学びたくて指定校推薦で東京農大へ進学しました。

音楽は自然とつながるための手段。

――音大へ進学していないことも経歴としてユニークですが、農大に進学されてからはどんなことに関心をお持ちでした?

青空の似合う「草原のチェロ」馬頭琴を演奏する姿は、自然と一体化している。

青空の似合う「草原のチェロ」馬頭琴を演奏する姿は、自然と一体化している。

当時の農大はバイオテクノロジーに力を入れていて、森林生態学という研究はできないとわかりました。自然が好き、旅が好きという趣向から、入学後は探検部に所属。父の仕事にくっ付いて日本全国各地を旅していたので、ジプシーのような生活にも憧れていて、アラスカとモンゴルに行きたい強い想いがありました。探検部でアラスカのユーコン川へ3か月ゴムボートでくだるという体験をして、自分の中で大学は自主卒業。母は卒業してほしかったと思いますが、言っても聞かない私のことはよくわかっていました。父も反対すると思ったら、喜んでくれて「いいじゃないか?」と賛成してくれました。

――どこまでもオリジナルな思考をお持ちですね。その頃は既に馬頭琴と出会っていらしたのですね。

18歳で馬頭琴という楽器には出会っていましたが、楽器だけ持っていた時期が長かったのです。後に夫となる馬頭琴奏者となかなか予定が合わず、弾きかたを教えてもらえなかった頃です。馬頭琴を演奏すること以前に、私にとって好きなのは旅や民俗学。音楽を通じて、知らない土地で初めて出会う人から、土地の由来などを聞けるのがうれしいです。一貫しているのは、私が広大な自然に惹かれること。自然とつながるための手段が音楽なのだと思います。ヴァイオリンだったら叶えられなかったと思います。

――子どもの頃やっていた習い事はヴァイオリンの他にも?

水泳は幼稚園から中3まで、好きでずっと続けていました。ピアノは小3から小6。三味線は体験レッスンを小1の時に。やりたいと言ったことは何でもやらせてくれた母でした。続けるかどうか、うまくなるかどうかは別にどちらでもよかった。なぜかヴァイオリンだけはやめさせてくれませんでしたが(笑)。

――習い事によって何を得られるかを最後にお聞かせ頂けますか。

体験させる自体がよいことで、自分のことをわかってくる機会だと思います。自分が好きなこと、楽しいこと。おもしろくない、嫌いなこと。人間関係も含めて、何となく世界を垣間見ることができます。私は、いろいろやらせてもらってよかったと思っています。二人の息子たちには習い事というよりも、自然に触れる体験をさせてきました。長男は、私が卒業した山形の高校に進学しました。音楽を聴いて体感できたら、音楽を求めるのではないでしょうか。

編集後記

――ありがとうございました!身長161cmの私と2cmしか変わらないはずの美炎 mihoさんですが、とてもダイナミックで大きく見えるのは奏でる音色が骨太だからでしょうか?ユニークな弦楽器を聴くと、解放される気分を味わえます。「月みちる」というオリジナル曲の入ったアルバムが私のお気に入り。これからも益々のご活躍を応援しています。

2018年3月取材・文/マザール あべみちこ

活動インフォメーション

八街 Why? Nut’s Live
 八街 Why? Nut’s Live
miho-batokin.com  

日時:4月21日(土)第一部 11:30~13:30 第二部 13:50~15:00
会場:八街 ホワイナッツ(千葉県八街市山田台1193-63)
出演:馬頭琴 美炎 / ピアノ 竹井美子 / ドラム 前田仁
会費:当日現金にて。一部&二部 6,000円 /  二部(コンサート) 2,000円
チケット&お問い合わせ Why nuts?  043-308-8078 

夏の銀河夜行
 夏の銀河夜行
theglee.jp  

日時:7月27日(金)開場 18:30 開演 19:30
会場:THE GLEE(東京都新宿区神楽坂3-4 AYビルB1F)
出演:馬頭琴 美炎 / ピアノ 竹井美子 / ドラム・パーカッション 前田仁 / ベース 山田章典 
会費:予約 4,000円 /  当日 4,500円 ※ご飲食代別途 / 予約制 / 先着順自由席 
ご予約:03-5261-3124 

銀河夜行
 銀河夜行
miho-batokin.com  

定価:2,314円(税別)
発売日:2017/05/07
発売元:Great Journey project / SEOO-7/
演奏者:Morinfuu<馬頭琴> & Vo 美炎 / Piano & Keyboard 竹井美子

このページについて

このページは株式会社ジェーピーツーワンが運営する「子供の習い事.net 『シリーズこの人に聞く!第147回』」から転載しています。

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