【シリーズ・この人に聞く!第90回】中国思想を熟知する「論語」の達人 小島毅さん

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今夏は5歳から9歳までの子ども対象に「論語リーダー塾」という全12回プログラムの講師も務める小島先生。ふだんは東京大学大学院教授として中国思想の講義をされています。混沌とした今の時代、静かに論語ブームが湧きおこっています。私たちが普段何気なく生活している常識やルールには中国で二千年前から言われてきたことも多く、昔の人の智慧や工夫にはすべて意味があると気づかされます。小島先生はどんな勉強をされて今の道を選択されたのでしょう。論語が子どもたちに何をもたらすのか?をお聞きしてみました。

小島 毅(こじま つよし)

東京大学大学院人文社会系研究科教授。専攻は中国思想史。
群馬県生まれ。1981年麻布高等学校卒業。1985年東京大学文学部中国哲学専修卒業、1987年同大学院修士課程修了、同東洋文化研究所助手、1992年徳島大学講師、1994年助教授、1996年東大人文社会系研究科助教授、2007年准教授。2012年教授。儒教史、朱子学、東アジア王権論などを研究する。著書に『中国近世における礼の言説』『朱子学と陽明学』『父が子に語る日本史』など多数。

言葉の意味はわからなくても耳から覚える大切さ。

――中国思想史がご専門ということで、最近の世相を反映してか「論語」は大変注目を浴びています。今日は「論語」の魅力についてじっくりお伺いします。今夏開講の「論語リーダー塾」は5歳から9歳の児童対象です。まだ小さい子どもたちにとって「論語」は親しめる存在ですか?

『昨夏は2回のみの講座が、今夏は全12回プログラムに。論語の魅力がわかる貴重な学び場。』2012年8月開催『加地・小島式論語塾 東大教室』(C)フジテレビKIDS

『昨夏は2回のみの講座が、今夏は全12回プログラムに。論語の魅力がわかる貴重な学び場。』2012年8月開催『加地・小島式論語塾 東大教室』(C)フジテレビKIDS

いろいろな考え方があると思いますが、私は「論語」を言葉の面から捉えています。このくらいの年齢の子どもたちは、話の中身はともかく言葉を覚えるものですから。いわば「呪文」のように耳から言葉が入ってくる。その意味で、論語は百人一首と同じです。私も幼稚園の時に父に手ほどきされて百人一首を全部暗記しました。意味は全然わかりませんでしたが…。日本語の響きをまずはからだで覚えて欲しい。母国語の意味を理解してから第二外国語を習得するべきだと思います。そういうわけで、私は英語の早期教育には反対です。

――まずは日本語で思考力を身につける必要がありますよね。

テレビで流れている日本語や、メールの用語は、言語としてはまだまだ貧しいと思います。豊かな言葉の「蔵」というものがある。それが古典です。そうしたもののひとつが論語です。これらを丸暗記していくことで、子どもたち一人ひとりの中にも言葉の「蔵」を創る試みです。

――子どもたちはどんな授業を受けるのですか?

未就学児童と、就学児童の2つクラスがありますが、5,6歳のクラスは体を動かしながら言葉を覚えます。7歳から9歳については、意味や倫理もひも解いて、彼らの引き出しの一つとして記憶に残るような授業にしたいです。

――全12回のプログラムで何かが起きそうですか?

参加する子どもたちの親御さんは熱心な方が多いです。孔子の後継者である孟子について、「孟母三遷の教え」という話が伝わっています。教育には環境が大事だという趣旨で、子どもに良い教育環境を与えようと母親が何度も引っ越しをしたのです。母親が「うちの子は…」と気にするのは、きっと昔も今も同じなのですね。

歴史大好き少年の中学受験。

――先生ご自身は先程、幼稚園の頃に百人一首を覚えていらした…というお話しもございましたが小学生の頃はどんなことがお好きだったのでしょう?

歴史の見方は一つでない事に気づかされるユーモア溢れる歴史副読本。

歴史の見方は一つでない事に気づかされるユーモア溢れる歴史副読本。

昭和40年代に小学生時代を過ごしましたが、その当時は各家庭に「○○全集」というような歴史本がありました。父が歴史好きでしたから貧しいながらも蔵書はありました。それとNHK大河ドラマ、日曜日の夜8時15分から9時(当時はこの時間帯でした)に放送されるこの番組だけは、幼い私も観てよいことになっていました。普段は夜8時には寝なければならない生活で、日曜日だけは特別でね。それが歴史好きになったきっかけです。

――子どもの頃から歴史好き、読書好きだと、とても賢い印象があります。先生は学校の勉強もとてもよくお出来になったのでは?

中学受験をして麻布中学に進学しました。文化祭見学に連れて行かれて「毅、この学校にはいりたいよね?」と。親の思いにうまく乗せられたというか(笑)。妻の父親は私の父よりさらに本好きで、蔵書量が半端ではなく、その重さで家が傾きかけているくらいです。そういう環境なので妻も歴史好きになったようです。

――中学受験をするには塾も行かれたと思いますが、習い事は何かされていらっしゃいましたか?

小学校入学前は児童劇団に入ったこともありますし、そろばんは小1から3年生まで通って1級を取得しました。親の訓育のもとでそうなったということもありますし、子どもの頃はそれほど判断力がないので「これ、やりたい?」と聞かれると「うん」と答えて、そうするとすぐに通うことになったりして。まんまと親の目論見にはまった(笑)。私の両親が目指していた子育てのレールに私はうまく乗ってしまったのかもしれません。当時は受験塾がまだ珍しい時代で、横浜市郊外の自宅から東京世田谷の自由が丘まで電車で週4回通っていました。往復1時間はかかる道のりで、「日本の歴史」と「世界の歴史」という中公文庫のシリーズを電車のなかで読破していました。

――本当に歴史好きでいらしたんですね。先生ご自身はご家庭でどんな子育てをされてこられたのですか?

私の場合、今大学3年生になる娘の子育てはまったく失敗しました(笑)。私も妻も子どもの頃から歴史好きで大河ドラマを観て「ここの歴史背景はおかしい」とか分析をするような夫婦で、それを幼い頃から聞いて育った彼女は、「歴史好きのやつは変人」とでも思ったか、歴史嫌いになってしまったようです。今彼女は経済学を専門にしています。親の思った通りには成らず…です。儒教の中では「親が子に直接教えるのは教育効果上よろしくない」という言い伝えがあります。娘を見てきて『親は子どもの先生にはなれないなぁ…』と私も思いました。もちろんそうではない事例もあるでしょう。私は自分の所業のせいで、娘が憧れるようなお父さんになれなかったのです。一般論として親の言いなりというのもどうかと思うので、これでいいのかもしれませんね。

繰り返し真似ることで身につく。

――今、中国思想研究の第一人者として教鞭を取られていますが、この道に進まれるきっかけの原点は小学生時代にありますか?

放送大学で使用された教材。現在は絶版だが増補版をリクエストされる声多数。

放送大学で使用された教材。現在は絶版だが増補版をリクエストされる声多数。

はい。それから麻布中学へ進学してからは漢文の先生にとても影響を受けました。たまたま家が近所だったこともありまして夏休みやお正月にご自宅へ遊びに行きました。ちょうど中国への観光旅行が可能になり、「シルクロード」という番組も始まって、そうしたお話を聞いていました。それで私も中国っておもしろいなぁと思ったんですね。親から買ってもらった児童文学全集にはいっていた『三国志』にはまり、吉川英治のものも読み、それから論語関係にも幅を広げて、という感じですかね。

――偶然にしてもそうしたつながりの中で中国のおもしろさに着目されて、第二外国語で当時まだ履修する人が少なかった中国語を勉強されて。幼い頃からかなりのお勉強家ですがクラブ活動は何かされていらしたんですか?

小学校も中学校も地歴部に所属していました。鉄道マニアの人が鉄道について詳しいのと同じで、歴史のことを調べるのが好きですから、勉強というよりも趣味なんです。調べるだけではなくて、架空の歴史を作って自分で書いたりしていました。『三国志』に影響受けて王朝の名前を漢字でつけて、地図も描いたりね。それと童話も書いていました。一人っ子だったので親がぬいぐるみをたくさん買ってくれていて、そのぬいぐるみ同士に会話をさせたり、『ドリトル先生物語』を真似て自作の童話を書いていました。子どもって何でも真似たがるものなんです。

――真似るというのは論語リーダー塾の、耳から聞いて真似る呪文ともつながっています。

論語の出だしは「学びて時(とき)に之(これ)を習ふ、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。」これは学問をする楽しみとその心がまえについて述べたものですが、「学問をして(その学んだことを)常に反復練習する。(そうすると理解が深まって身についてくる)なんとうれしいことではないか。」という意味です。論語で言っているのは当たり前のこと。例えば「己の欲せざる所は、人に施す勿れ」とは、「自分がいやだと思うようなことを人にしてはいけない。」という意味。別に孔子様にわざわざそんなことを言われなくても、人類にとってみればお爺ちゃんの智慧みたいなもの。それを孔子様が言っているという権威付けをして語り継がれています。本当は、論語のなかにはこうした当たり前でない内容のほうが多いんです。私は当たり前ではなくて説明が必要なほうをむしろ研究しています。そのままスッとわからないところにこそ論語の深い教えがあるんですよ。

――こうして論語の世界をナビゲーションされますと意味を一つずつひも解いてみたくなりますね。では最後に子育て世代へ論語的メッセージをお願い致します。

「四海の内は皆兄弟たり」…という言葉があります。少子化ですし私自身も一人っ子ですので血縁関係だけでなく、地域や国や地球規模で皆が仲良く暮らすことを考えましょう。殺し合いで決着をつけるというのも選択肢の一つですが、お互いにwin-winの関係をめざすためにはケンカせずに仲良くするべきでしょう。他者の存在を認めて、他者との共存を図るのがだいじ。子どもたちに「日本は素晴らしい国なんだぞ」という意識を刷りこんで自信を持たせるだけではうまくいかないでしょう。隣国との違いを知ってどう立ちまわれば仲良くできるかという智慧を見出すことこそ、これからの時代を担う子どもたちには必要です。論語は、そういう視点を学べるものです。

編集後記

――ありがとうございました!論語の世界をよく知らない私でも、ついつい論語の魅力に引き込まれてしまいました。とってもやさしい物腰で簡潔明快に教えてくださるのが上手な小島先生。幼い子どもたちでも楽しくてあっという間の講義になることでしょう。論語には人間の智慧が詰まっている奥深さがあります。混沌とした今の時代にこそ、改めてひも解いてみたくなりました。

取材・文/マザール あべみちこ

活動インフォメーション

『中国近世における礼の言説』
 『中国近世における礼の言説』
www.amazon.co.jp  

小島 毅 著  東京大学出版会
定価 4,968円
発売日 1996年6月

西暦12世紀から16世紀の中国で、礼がどのように語られ、どのように実践されようとしていたかを、当時の著述を解読しながら、その意味を考察する。中国哲学史、中国社会史、いずれとも立場を異にした「礼」の言説分析。

論語リーダー塾
 論語リーダー塾
be-pon.fujitvkidsclub.jp  

フジテレビKIDSは加地伸行先生と小島毅先生に子どもたちへの論語教育企画の根幹となる論語指導方法や教材を開発していただき、これを論語リーダー塾の教育課程としました。<今期お申し込みは終了しました>

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