伊豆に転居してきてちょっと驚いたことのひとつが、場所を案内する時に「どこそこの北」とか「その3軒東隣」など東西南北で説明する人が多いこと。そりゃ東京や大阪でも西新宿とか大阪キタなど方位入りの地名はよくあるけれど、普段の生活の中で東西南北を意識することは少ないような気がする。そんなことを伊豆で仲良くなった友人に話したら、「あぁ、そりゃ富士山があるからだろう」とあっさり答えてくれたのだ。伊豆から見て富士山が見える方角がほぼ北。それが基準になっているんだという説明に唸らされたものだ。(奈良時代や律令時代に条里制で田んぼが区画された際、四角い田んぼの四つの辺がほぼ東西南北で、その区画が今もほぼ引き継がれているからという説も後に聞いた。)
さてさて、長い枕でしたが、今日の写真は東西南北とは関係なくて、こちらも伊豆に越してきて不思議に思った「電車も走ってないのに駅と呼ばれる場所」での一枚。
夜明けの温泉街から立ち上る湯気。もうもうと立ち込める(写真より実際の方がよほどもうもうとしている)湯気の中をバスがゆっくり走っていくのである。
ちょっとだけ伊豆長岡温泉のこと
伊豆箱根鉄道「伊豆長岡」駅からてくてく歩いて10分ほどにある伊豆長岡温泉。もともとは狩野川の西の岸の辺りに湧いた「古奈(こな)温泉」が発祥の地で、伊豆山の走り湯や修善寺温泉と同様に正確な歴史が分からないくらい古い温泉らしい。古奈温泉には「ぬえ退治」で有名な源三位頼政はもちろん(彼、この辺が地元だから)、伊豆に配流されていた源頼朝も入ったと伝えられているそうな。
その後、明治も末の頃になって古奈温泉から小さな丘(源氏山)を回り込んだ西側の農村地帯に新たに温泉が湧いて出て、あれよあれよという間に温泉旅館が立ち並び、まるで一時の熱海温泉みたいに栄えた温泉町になったとさ。
古い歴史を誇る古奈温泉地区よりむしろ賑やかになった山の西側の温泉町。駅からはちょっと遠いので、鉄道でやってきた人は源氏山の東側にある古奈温泉を伊豆長岡温泉だと勘違いしてしまうかもしれない。だからかどうだか源氏山の西側の温泉町のすぐ近くにバスの発着所がつくられて、どういう訳だか「温泉駅」と呼ばれるようになった。
汽車も電車も走ってないのに駅と呼ばれる理由はよく分からない。やはり古代の律令時代に街道の宿場を「駅」と呼んでいたことに理由を求めるのは、いくら何でもこじつけが過ぎるだろう。
ついでに温泉まんじゅうのこと
さて、どこの温泉町でも「温泉まんじゅう」はおみやげ品の横綱だけど、伊豆長岡温泉の温泉まんじゅうはちょっと違う。いやどこが違うかと聞かれるとちょっと困ってしまうのだけど、なんだか上品な味わいで、「まんじゅう」というより「和菓子」といった雰囲気がある。(と書きながら、住んで数年ですっかり伊豆に染まってしまったなぁなどと思わないでもない。しかし実際に遠方からのお客さんにも「おいしい!」と「お」の音にアクセントを置いた感嘆の声で喜んでもらえるのは事実)
黒柳さんや柳月さんなど名店の誉高いお店は町の東西に点在している。町の観光イベントでは、いろいろなお店の温泉まんじゅうを食べ比べできる「温泉まんじゅう詰め合わせ」が販売されることもあったりする。温泉の歴史や町の雰囲気では源氏山の東と西で大きな違いがある伊豆長岡だが、まんじゅうに関しては「オール伊豆長岡温泉」ってのがちょっといい感じ。
そんな歴史やら文化やら、さびれつつある温泉街をどうするかといった終わることなき議論やら、いろんな薫りやら微粒子やらを含んでもうもうと立ち上る温泉まんじゅうの湯気(この湯気は温泉の湯気ではなくて温泉まんじゅうを蒸かす湯気だったのです)。温泉駅を出発した路線バスは、そんなもうもうの中をゆっくりと走ってゆくのです。
最終更新:
izunoshippo200000
あわしまマリンパークの船着場の近くの富士山がよく見えるところに、富士山にかかる雲と観天望気を10パターンくらい紹介したパネルがあって、スゲーと感動したのを思い出しました。今度、写真を探してみます。
51mister
そうです、伊豆では富士山が北です!方位磁石は不要です。あと、富士山が笠をかぶっていたら雨が降ると信じて、傘を持ちます。いつも富士山が見れていいねとよく言われますが、そんな時しか富士山を見ていないのも事実です。