青春18きっぷを手にすると、どれだけ電車に乗っていても平気になってしまう。
--------------------------------------------------------------------------------------- ■青春18きっぷ
・JR北海道からJR九州まで、すべてのJRの普通列車が乗り放題になる。
(特急列車は不可)  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・使用期間は大まかに春、夏、冬。学生の休暇時期と重なるように設定される。
・5枚つづり11,500円で販売されるため、1日あたり2,300円で乗り放題。
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約2時間の途中下車・上川駅(かみかわえき)
列車はグウウンとうなりをあげ、旭川駅を発車した。
「この汽車に乗るべさ!」
と、走ってきたご婦人方に席を譲って立っていたが、2駅ほど停車するとすぐに席が空いたので、ふたたび腰掛ける。石北本線。ワンマン運転の1両編成。車両の前の方にはバスのように運賃箱がある。旭川から先は非電化区間らしく、今乗っている列車も、厳密に言えば“電車”ではなく“ディーゼルカー(汽車)”になるらしい。ご婦人方が「汽車に乗るべさ!」と言っていたのが、なんだか新鮮だった。
列車はほどなくして、旭川の街並みを抜け、山間部に入っていった。右も左も山。ときどき川と車道と線路が並走し、その川の上に架かる鉄橋を走る。目を凝らして看板を見ると、それが「石狩川」だとわかった。
「青春18きっぷで、札幌から北浜(網走市内)まで」
と言えば、なんだか慌ただしい大移動にも思えるが、こうして列車に乗っていると、大してやることもない。携帯電話は、電波が圏外だったり、1~2本立ったりとしているが、バッテリーも少ないので電源を落とすことにした。ただ、景色を眺め、景色に飽きれば本を読むだけ。でも、そんな時間も悪くないなと思えた。
旭川駅を出て約1時間。車内放送が
「次は終点、上川(かみかわ)です」
と伝えた。乗り換え案内によると、ここで一度下車し、次の網走方面行の列車を待たなくてはならないようだ。14時前に到着。次の列車は……15時49分。およそ2時間後(!)。
驚いたのは、旭川駅からの列車は、ほとんどが上川駅どまりということ。この上川駅以降、網走方面へ行く列車は1日わずか6本。そのうち4本は青春18きっぷが使えない特急列車である。
つまり、青春18きっぷで上川駅より先に行ける列車は1日2本しかない。
2時間も列車待ちをするのはさすがに厳しい。僕は予備知識が何もないこの上川駅で途中下車することに。朝に通過した岩見沢や旭川は晴れていたが、この上川はずっしりとした曇り空で、向こうに見える山は山頂部がすっぽりと雲に覆われていた。
お金を気にせず、自由に途中下車できるのが青春18きっぷの強み。せっかくなので、この2時間で出来ることを探した。
駅前の観光案内を見ると、この上川は大雪山系のふもとにあたるそうだ。近くには層雲峡(そううんきょう)と呼ばれる峡谷があるらしく、そこは道内屈指の温泉地であり、景色も素晴らしいと書いてある。
温泉地までバスで片道30分。2時間の間に「行って浸かって帰ってこれるかな?」と思ったが、そう都合よくいくはずもない。バスもまた1日数本しか走っておらず、温泉行きの次のバスより、2時間後の列車の方が先だった。
改めて考えてみると、この2時間は意外と短い。上川駅周辺に観光スポットはいくつかあるが、どれも2時間で楽しむには無理があったのだ。
仕方がないので、この街並みをぷらっと歩いてみることにした。
駅まわりに喫茶店や食堂でもあれば良かったが、これといったお店はない。畳店やクリーニング店など、昔ながらのお店が数件あるものの、どちらも閉まっていた。人けも少なく、車もそれほど見かけない。「静かな町だな」と思った。
それでも、僕の歩いていたところが町の中心地らしい。看板を見ると、半径500mほどの範囲内に、上川町役場、上川郵便局、上川医療センター、上川農協、上川幼稚園、小学校、中学校、高等学校が並ぶように立っている。静かな街並みながら、それぞれの学校からは賑やかな声も聞こえてきた。子供たちはこの町内で学び、大人たちは町外へ仕事に出かけているのだろう。そうすると、この町の静けさにも納得がいった。
書店を見つけたので、本を物色することにした。次の電車に乗れば、その後4時間くらいは乗りっぱなしの予定だ。
やはり昔ながらの書店という印象。ガラス戸の奥に見える店内には木の本棚がいくつか並び、軒先には雑誌が飾ってある。その中には、エプロン姿の書店の奥さんと、親しげに喋っているおばあさんがいた。
「あらあら、そんな重たそうな荷物を背負って」
書店にいたおばあさんに声を掛けられる。僕が振り向くと、
「ふふふ。ここは何にも無いでしょう?」
と、おばあさんは続けた。
「汽車を待ってるんです」
と、僕が言うと、
「まぁ、大変ねぇ。あと1時間くらい待つんじゃない?」
と、おばあさんは笑った。そのまま「おいくつ?」「どこから来たの?」「どこへ行くの?」と聞かれた僕は、「ハタチです」「兵庫県です」「札幌から網走の方まで」と答える。書店の奥さんもおばあさんもとても驚いていた。
「わざわざ遠いところからありがとうねぇ」
と、おばあさん。喜ばれることなんてしていないのに、「ありがとう」と言われ、なんだかこそばゆい気分だ。
穏やかな雰囲気を楽しんでいたが、時間はあっという間に過ぎてしまった。いつの間にか、時刻は15時15分を過ぎている。1日2本の網走方面行きの列車が来るまで、あとおよそ30分だ。
「気を付けてね」と、おばあさんは僕に缶コーヒーを渡してくれた。なんだか申し訳ない気持ちになったが、「いいのよ」と言う。お礼を言ってありがたく受け取り、おばあさんと別れた。北海道とは言え、まだ8月下旬で少し暑かったこの日。冷たい缶コーヒーが、気持ち良かった。
さっきまで曇っていた上川の空は日差しが差し、少し明るくなっている。授業が終わったのか、小学生の下校集団がわいわい言いながら、僕の前を歩いていく。中学校からは吹奏楽部のトランペットだろうか、低い音が響いていた。子供たちを迎えるお母さんの姿もちらほら。さらには、工事現場か何かのトラックが何台も通過した。
さっきまで静かに見えた上川の町が急に賑わいだしたように感じる。
少し明るくなった景色は山の木々を照らし、緑色が映えている。線路の方向を見ると、青い空、山の緑、黄色い踏切、灰色のアスファルトがとてもカラフルに見えた。ごく普通の景色だろうけれど、曇り空が晴れただけで見違えたように感じた。何にもない町だと思えたのに、何故か全てが心地よい。
急に、この町でもっとのんびり過ごしたくなった。
しかし、1日2本の列車は間もなくやってくる。これに乗り遅れると、大いに予定が狂ってしまう。後ろ髪を引かれる想いで駅へと戻ると、下校する高校生だろうか、制服姿がとても多かった。
15時49分。
網走方面・北見行きの列車がやってきた。ところが、この列車に乗ったのは僕だけ。駅にいた高校生たちは逆方向の列車を待っているらしい。(そりゃそうか)
上川駅を発車する。
実は、隣の上白滝駅(かみしらたきえき)までは34.0kmも離れているらしく、駅と駅の距離としては、日本でも指折りの長さらしい。列車は並走していた石狩川を離れ、本格的なへ進み、そのまま網走方面を目指す。
僕は座席に腰かけ、移りゆく景色をぼんやりと眺めた。
(つづく)
上川駅
網走はまだまだ遠い
旅の記事、いろいろあります。
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