古墳時代の石室につづいて今回も、洞穴みたいなところからリポート!
さて、ここはどこでしょう?
ヒント、人間が掘った横穴です。で、洞穴の入り口から振り返るとこんな景色。
ここは伊豆の西海岸。ダイビングや海水浴で人気の大瀬崎や恋人岬、タカアシガニで有名な戸田、土肥の温泉の湧き出る海水浴場などなど「夏といえば!」なリゾートスポットがずらりと並ぶ西伊豆の海岸線。
さらに詳しく説明すると、沼津インターチェンジからは10kmほどのマリーナ前。
わからない?
じゃあ究極の大ヒント!外観をお見せしましょう。
ここは71年前、太平洋戦争の末期に、日本に上陸してくるアメリカ軍を迎え撃つために帝国海軍が建造した秘密基地のひとつ。小型潜水艇やモーターボートで敵艦に体当たり攻撃する特攻隊の格納庫だった場所なのです。
海の近くに迫る崖にトンネルを掘って特攻艇を隠しておいて、敵の上陸部隊が近づくとレールで浜辺まで特攻艇を引っ張り出して発進。そんな施設がこの周辺だけでも数十カ所あったのだとか。現在ではコンクリートが吹き付けられていますが、ほんの数年前までは急傾斜の崖のあちこちに、同じような洞窟をいくつも見ることができました。この洞窟もそのうち埋められてしまう運命なのかも知れません。
さらに、ここから少し山の中に入った所には、海軍建造した地下工場の大洞窟も残されています。市民の一部から観光資源として整備したらどうかという声が上がったこともありましたが、その後どうなったことやら。
西伊豆の観光スポットにつながる国道沿いは、70年前にはリアルな秘密基地だったのです。
いまは沼津の市街地からクルマでびゅ~んですが、秘密基地が建築された当時、道路は通行止め。クルマはもとより人の出入りすら禁止。漁村の人たちは秘密基地の建設工事にかり出されたばかりでなく、厳しい箝口令が敷かれ、基地が造られていることはおろか、ここに海軍がいるということすら他言すると厳しく罰せられるような、とんでもない生活を余儀なくされたのだとか。
数年前にケガで入院した際に同室だったおじいさんがこの集落の出身で、当時のことを詳しく話してくれたことがありました。たとえばこんな話です。
「戦争中は食料が乏しかったけれど、海軍の基地には大量の備蓄があった。建設のための資金のほか、金(ゴールド)も蓄えられているという噂だった。そのうち戦争が終わって、海軍がいなくなった」
軍隊がいなくなったんじゃあ、村の人たちは備蓄をぶんどって食べることができたんじゃないですか?
「いやあ、それがダメだったんだ。備蓄のことをどうしようかと話し合っているうちに、これ(と手を頬の横で斜めに動かしながら)関係の人たちが夜中にやってきて、軍の物資は全部持ち出して行ったんだ。おかしかったことには、村の人間も運び出す手伝いをしたんだよ。何の報酬があるわけでもないのにね。戦争中に軍隊に協力させられてきた習慣でそうしたのかもしれない。でも、余計な物資なんかなくなって良かったんだと思う。昔と同じ漁の仕事ができるようになったんだから」
いまからほんの70年ほど前の話です。
薄暗くて湿っぽくてゴミだめみたいになっている洞穴に、教科書に載ることのない歴史があるのです。しかも観光名所の西伊豆の国道沿いに。
夏です。海に遊びに行きたくなる夏です。リゾートへの道の行き帰り、道路沿いにひっそりと残された「ひみつの歴史」を探してみてはいかがですか。
最終更新:
pamapama
そうだったんですか!小さいころからずーっと気になってたんですよ~