発見・今日の一枚「めぐる季節と月夜富士」

izunoshippo200000

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今年は雪解けが例年より早かったみたいで、月夜富士の季節は過ぎてしまったみたいです。

「月夜富士」というのは一般的な日本語ではないかもしれませんが、文字通り、月の光を浴びて夜空に仄かに浮かび上がる富士山のこと。伊豆や箱根のスカイラインを夜のドライブをしていると、目の前にぼんやりと青白く大きなものが迫って来ることがあります。それが月夜富士。太宰治は「富嶽百景」でその姿を「狐火」に例えました。富士山に化かされたのだと。それくらい不思議で妖婉な富士なのです。

おそろしく、明るい月夜だつた。富士が、よかつた。月光を受けて、青く透きとほるやうで、私は、狐に化かされてゐるやうな気がした。富士が、したたるやうに青いのだ。燐が燃えてゐるやうな感じだつた。鬼火。狐火。ほたる。すすき。葛の葉。私は、足のないやうな気持で、夜道を、まつすぐに歩いた。下駄の音だけが、自分のものでないやうに、他の生きもののやうに、からんころんからんころん、とても澄んで響く。そつと、振りむくと、富士がある。青く燃えて空に浮んでゐる。

(中略)

 富士に、化かされたのである。

太宰治「富嶽百景」青空文庫

富嶽百景ではその翌々日の朝、富士山に初雪が降ったと描かれていますが、うっすらと雪か氷がついていて、それが月の光を受けて「青く透きとおるよう」に仄かに光っていたのではないかと睨んでいるんですけどね。

月夜の富士が仄かに光ることはよく知られているようで、天体撮影に使うような頑丈な三脚にカメラをセットして長時間露光で夜空に浮かび上がる富士を撮影した写真を見ることもよくあります。日本平から夜景と一緒に写しとった富士山の写真も有名ですよね。ただ、肉眼で見る月夜富士は違うのです。

上の写真は絞りを開放にして、空が青く写るほど明るく撮影していますが、実際に目にした印象は下の写真みたいな感じ。

太宰治が記したように、まさに鬼火か狐火かといった姿なのです。

本当は肉眼ではもっと仄かな印象で、目に見たものをそのまま写真にするのは難しいのではないかと思うくらい。それでも写真に撮れるくらいの月夜富士は雪があってこそ。だから今年の晩秋まではしばらく月夜富士とはお別れです。

しかし、夏には夏の富士があるのです。これからしばらく富士山は、梅雨空の雲にしばらく隠れた状態が続きます。そして梅雨明けとともに再び現すその姿は夏の富士。鋼のように青かったり、あるいは銅のように赤かったり、日の光を浴びて微妙で複雑な色合いを見せてくれるのです。

そして、その頃にはもう山開きも行われ、夜になると富士山のシルエットの中を、登山者たちのヘッドライトの光の点が山頂に向けて伸びているのを目にすることができるようになるのです。

めぐる季節とともに、さまざまな姿を見せてくれる富士山。この夏の富士山も楽しみですね。

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