【おじいちゃんライターの思い出し話】原稿をポイッ!

Kazannonekko452

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新人記者が初めて書いた原稿を編集長のデスクに持っていく。編集長はさーっと目を通すと原稿用紙をくしゃくしゃっと丸めてゴミ箱へポイ。あるいは、ちらっと何行か見ただけで即ゴミ箱行き――。

「空飛ぶ広報室」の見どころ

昔のドラマでよく目にしたシーン。新人ライターという言葉から連想しがちなステレオタイプなエピソード。でも、そんなこと本当にあったのかなぁ。それってパワハラじゃん。だいいち今どき原稿用紙なんか使わないし。

自分が新人だった時のことなんか、すっかり忘れていたけれど、近頃ときどき思い出すことがある。半年くらい前にやってたTBSドラマ「空飛ぶ広報室」でも、ああそうだったよなぁと懐かしく思うシーンがあった。

TV局のチーフディレクター、阿久津守役の生瀬勝久が、主人公稲葉リカ役のガッキーが作った企画書をポイッ。

「どこがどう良くないのか、ちゃんと言ってください」

あぁ、そうそう。そう言って喰ってかかったもんだ。そして言い返された方は、ちょっと困った顔をするんだ。(まさに生瀬サン、はまり役!)

「どこが」って言われて具体的に指摘するとなると困惑してしまう。なぜかって、指摘するとしたら全部になるかもしれないから。じゃあ、全部ダメダメなのかというとそんなことはなくて、別にそのままでも悪くなかったりする。では何故にポイするのかというと、答えはひとつ。

「ほかの見方はないのか? おまえが見たものがすべてなのか?」

たぶん、ただそれだけ。自分が見たもの、認識していることの外側にも、自分が知らない領域が広がっているということを解った上での原稿(あるいは企画書)なのか? ってこと。見方とか意識とかの問題だから、どこがって詰問されると全部ということになる。でも、全部ダメなんてことじゃない。

サッカーでも剣道でも野球でも、懸命にがんばるのは、いい。でも、レベルが違うと状況の見え方が全然違う。スポーツや武道ならそれが結果として明らかだから解りやすいけど、物書き仕事となると客観的なジャッジが難しい。とくに、気がハヤっていると自分の見ているものがすべて、ということになりがちだ。しかし、見え方の違いは確かにある。

見える範囲を広げていくことが勝負、たぶん。

誰だって、見えるものしか見えない。知ってることしか知りえない。

当たり前のことだろう。でも、ただそこに立っているだけでは大きな変化は期待できない。住み慣れた狭い庭で遊んでるだけ。フレッシュな印象を直截に述べることはいいけれど、代役はごまんといる。みずみずしく語り続けるためにはフロンティアが必要だ。

当たり前のことだけど、見える範囲とか知りえる領域は拡大しうる。広げていくことは可能だけれど、それには力とか技とかがいる。だいいち庭の外側は真っ暗闇の暗黒のようなもの。認識すらされてない世界なんだから空気だってないかもしれない。しかし、未知の領域があるということを認めることが、領域を広げる前提になる。たぶん、その広げていく過程で身に着けていくものや、広げた領域そのものがその人の個性になる。

ポイッと捨てられた原稿を拾って広げて「どこがどうなんだか教えてください」と喰い下がって、なんとか聞き出したポイントについて、「じゃあ、ここだけ直せばいいんですね」と生意気なことを言ってまたポイされたり、没になったり、相手が折れて何とかなったり、というやり取りを何度か繰り返したのちに、「任せるよ」という時がくる。だからって免許皆伝ということではない。「とりあえずやってみな」でしかない。やり続けるしかない。

いろいろな人の話を聞いたり、本を読んだりするのももちろん大切だけど、物書き仕事に特徴的なのは、自分が書いているものから教えられるっていうこと。書いている途中、「自分はどうしてこんなふうに書いているんだろう」と自分が他人になったような感覚に陥ったり、たまには空からラジオが聞こえてくることだってある。道具として使っているつもりでいたものに教えられる。ダークマターとの境界面の小さな隙間に、道具の方が勝手に入って行って、テコみたいにして広げてくれる。その瞬間、これまで知らなかったフレッシュなものが飛び出してくる。

道具に教えられるってのは、職人さんの世界もいっしょかもしれない。硯掘りの職人さんも、町工場のヘラ絞りの職人さんも、道具と語り合っていた。ある意味ライターは間違いなく職人だ。使う道具が仕事を手伝ってくれることを一度でも経験すると、もう面白くってこの世界を離れられなくなる。

恥ずかしげもなく告白します。物書き仕事はおもしろい。

追記:近頃、ライターの面白さにはまってしまったらしき人が身近にいたことに気づきました。「いいね!」をお送りします。お互いがんばろうね。

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