2か月半ほど西表島に滞在した。「普通の人が経験しないようなことをしよう」と思って、なんとなく西表島を選び、大学を休学して訪れたのだ。 帰る日の朝は晴れていた。
たかが2か月半と言えど、振り返ると濃い。宿のスタッフとして住み込みで働きながら色んな人に会った。
いちゃいちゃ
スタッフは男女合わせて最大時には7人いた。大学休学中だった僕はその中では最年少。仕事も速い方ではなかったので、わりと周りに気を遣いながら過ごしていた。時にはオーナーから厳しいことも言われた。当時は何か言われるたびに凹んでいたが、のちに社会人となって仕事をすることを思えば、理不尽な厳しさも前向きに捉えようと自分に言い聞かせていたっけ。 ある日の夜の仕事終わり、年上スタッフのにぃにぃとねぇねぇが何やらいちゃいちゃしていた。おーおー、なんだか楽しそうだな、おい。日々の仕事で疲れ切っていた僕は、そのいちゃいちゃを横目に、一人アウトドア用の椅子に腰かけて夜風にあたった。
仕事疲れるなぁ。でも、自分で望んでここに来たんだ。頑張ろう。 いちゃいちゃ。
オーナーも厳しいなぁ。飲食店のバイトなら主力で活躍できたのになぁ。ここの仕事もそこそこやれる自信があったんだけど。 いちゃいちゃ。
まぁ、とにかく・・・あれだ、頑張ろう。 いちゃいちゃ。
別に羨ましくなんか、別に羨ましくなんか、 いちゃいちゃ。
少し羨ましかった。
彼女の部屋へ
こんなこともあった。夜、スタッフルームで休憩していると、コンコンとノックをする音が。出てみると、その日チェックインしたばかりの女性が立っていた。部屋着にしては薄すぎる恰好で、胸元も開いている。目のやり場に困りながら、どうしたものかと戸惑う僕。そんな僕の腕を引き、「部屋に来てください」と彼女は言うのだ。 事情もわからぬまま、僕は彼女の部屋へ。女性客がチェックインしている部屋に入るのは初めてかも知れない。
「どうしたんですか?」 「ちょっと見てほしいんですけど・・・」
部屋は、彼女の衣服が乱れた状態で布団の上に散らかっていた。ドキドキしつつもあくまで平静を装い、彼女に指示されるまま彼女の衣服を手に取る僕。 「きゃーっ!!」
彼女は僕に飛びついてきた。 持ち上げた衣服から飛び出したのは西表島サイズの大きなゴキブリ。僕もゴキブリはかなり苦手なのだが、なんとか掃除機で吸い込み、宿の外へ逃がした。
しかし、70才で一人旅をするたくましさがあるのに、ゴキブリは苦手なんだな、彼女。
パワフルなおじさん
たった2か月半のうち、3度も西表島へ遊びに来たおじさんもいた。某航空会社のパイロットだったらしく、「お金が有り余ってんだ。」と笑いながら、毎晩高そうな酒を飲んでいた。
おじさんは僕をあちこちへ連れて行ってくれた。ある日はジャングルへ。またある日は滝へ。しかし、僕が西表島で泳いでいないと知ると、半ば強引に僕を海へ連れて行った。 僕はそこそこ泳げるのだが、泳ぐことにそれほど執着がなかった。そんな僕が物足りなかったのだろうか。サンゴ礁が広がるシュノーケリングスポットを色々と案内してくれた。どの場所も、人がほとんどいない。それでいて水中の景色は抜群だから凄い。これこそ、 “穴場” ってやつだろう。
「ほんとに人がいない時は全裸で泳ぐぜ!」 おじさんは豪快に笑う。あの異常に鍛え上げられた筋肉は定年過ぎとは思えない。最終的には結構な距離を泳いだ。楽しむという感じではなく、もはやトレーニングのレベルだった。さすがに疲れた僕は砂浜に寝そべっていると、おじさんが不意に何か長いものを目の前に出してきた。
「うわあああああああああああああ!!!」 僕は寝そべっていたけど、腰を抜かした。ウミヘビ(猛毒)だ!!人を襲うことは無いが、噛まれると最悪死ぬやつだ!!おじさん何やってんすか!!
おじさんはビビる僕を散々笑ったあと、ウミヘビを海に逃がした。2か月半で、あの日が一番大声を出したな、確実に。
遠路はるばる
関西から友達3人が来てくれたこともあった。ゴールデンウィークを過ぎたあたりでスタッフが大量に抜けたこともあり、その後も残っていた僕は20日ほど休みが無かった。だからこそ、友達が来たタイミングでまとまった休みがもらえたのは嬉しかった。
久々に関西弁を喋った。西表島とは言え、宿で働いた以上、観光客と話す機会の方が圧倒的に多く、関西出身の僕は、沖縄弁(八重山方言)よりも東京弁のような関東方面の訛りがクセづいてしまったようで、それをバカにされた。さらには、一人だけ段違いに日焼けをしている僕の写メを撮って、他の友達にメールで回したりされた。何気ないことだけど、こういうのが良かった。 水牛に乗ったり、海へ行ったり、遊覧船に乗ったり・・・。ベタな観光をしただけなのだが、馴染みの友達とそうやって遊ぶことで、改めてここが関西から遠く離れた島なんだと感じたものだ。わざわざ遠くまで来てくれたのが嬉しいと思った。
帰ったら、また飲むか。
思い出せばきりがないな。肉体的にはきつかったが、結局いい思い出だ。船の出港前は、どうしてだかその島での思い出を振り返ってしまう。厳しいオーナーのおかげで、少しタフになった気もする。嫌な思い出もあるにはあるが、それでも船が出る時は名残惜しいような、寂しさが勝つのだ。 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
高速船に乗り、西表島から空港のある石垣島へ。そうそう、この高速船がまぁ揺れるんだ。音もうるさいし、外にいれば波をざぶざぶ浴びるんだっけ。この船で、西表島へ来た時のことを思い出す。宿のスタッフを終えたとなれば、これからしばらく、誰かと会話をすることも無いだろう。なんだか、いちいち考えてしまう。そうか、もう帰るのか。 帰りの船は思い出が駆け巡る。
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