【シリーズ・この人に聞く!第185回】土の研究者 藤井一至さん

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土は地球にしかないもの。私たちの暮らしにも大きく関わります。そんな足元に広がる小宇宙の魅力は、聞いているだけでワクワク好奇心が湧いてきます。身近なのにナゾの多い土の研究者・藤井さんは知りたい!という探求心に溢れています。その魅力についてじっくりお話を伺いました。

藤井 一至(ふじい かずみち)

土の研究者。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。1981年富山県生まれ。京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。京都大学研究員、日本学術振興会特別研究員を経て、現職。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界各地、日本の津々浦々を飛び回り、土の成り立ちと持続的な利用方法を研究している。第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。著書に『大地の五億年 せめぎあう土と生物たち』(山と渓谷社)、近著『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』(光文社新書)で、第7回河合隼雄学芸賞受賞。

 藤井一至のホームページ
sites.google.com  

土が好きだから、そのナゾを研究し続ける。

――以前ラジオ番組で藤井さんのお話を耳にしたことがあって、土のナゾを楽し気に語られていたのが印象的でした。ご著書の中に登場する「土とフンコロガシの関係性」など興味津々。このインタビューで、土の研究者にご登場いただくのは初めてです。

世界の土は12種類に分類でき、色もさまざま。

世界の土は12種類に分類でき、色もさまざま。

「土の研究者」という地味なところに興味を持っていただけて光栄です。ファーブル昆虫記に出てくるフンコロガシは有名ですが、実は日本にはいません。土の研究を始めて20年になりますが、いまだにナゾが山ほどあります(笑)。僕は土の専門家というより研究者でありたいと思っています。現在の科学技術をもってすれば土のことなんて全部分かっていそうなものです。でも、「土はなぜ黒いのか?」と聞かれると、いつも焦ります。専門家として、ちゃんと答えなくては、と思っていたので。でも、研究者の間でも土壌は「ファイナル・フロンティア」、地球最後のナゾと言われるほどわからないことが多くあります。今の僕は、うまく説明できなくても大丈夫!と思っています。

――専門家と研究者の違いって、おもしろいですね。姿勢が異なるという意味で。

専門家としては、「黒い土は、植物を微生物が分解することで腐葉土や腐植へと変化し、粘土と結合することで生成する」という説明もできます。でも、研究者として、あらゆる疑問に対して「なぜなんだろう?」と一緒に考えたい。知っていることよりも、わからないことやナゾを大切にしたい。既に蓄積した知識がないと新しいものは生み出せませんが、知っていることに対しても「本当にそうか?」と疑うことも楽しみたいのです。自分で研究を楽しめているかどうかを一番大切にしています。

――子どもの頃、土の色を真っ黒に塗ったら、茶色や灰色だと横から言われ、色の印象が皆バラバラだったというお話も著書の冒頭にありました。土って想像以上に多彩なのですね?

色は、土の性質をつかむ上で重要な手がかりです。土の構成成分のうち、腐植は黒色、砂は白色、粘土は黄色や赤色です。土の色は、腐植、砂、粘土の量のバランス、粘土の種類によって決まります。その配合の違いで、世界の土は12種類に分類することもできます。気候や岩石や時間、生物によって違う土ができます。基本は自然任せで、現代の科学技術をもってしても、土を生み出すことはできません。

――土は自然にしか生まれないものなんですね。そういえばうちの近くの森でカブトムシやクワガタムシをみかけなくなりました。以前は飛んできたのを捕まえたりしていたのに、異常気象で土にも変化が起きているのかな?と思ったり。土と虫、何か関係ありますか?

それは土ではなく、彼らが好むクヌギやクリの木が減っているのかもしれません。何千万年前から多くの環境変動を乗り越えてきた生物は、かなりタフだと思います。カブトムシは土とも関わり合いが深くて、幼虫の時期は、腐葉土を食べて過ごします。腐葉土に含まれる窒素という栄養分の量によって大人になってからのサイズが決まります。腐葉土をたくさんあげたカブトムシと、途中から全くあげないカブトムシの成長を比較した実験では、腐葉土をあげたカブトムシのほうが大きくなりました。植物も成長初期の栄養状態でその後の伸びが決まります。成長してから肥料をあげても限界がある。人間の体のサイズは遺伝子で決まることもありますが、よく寝てよく食べるほうが育つように、育つ“土壌”も重要です。

なぜ?本当にそうか?という疑問を大切にしたい。

――幼虫時代の土壌が大切というのは、人間も同じですね。藤井さんの子ども時代はどんなことがお好きでしたか?

虫取り網を手にする藤井少年。

虫取り網を手にする藤井少年。

家は富山の田舎だったので、山や田んぼに囲まれて育ちました。とはいえ、もともとは将棋が大好きなインドア派で、スコップを片手に世界を回るアウトドア派になるとは思いもしませんでした。研究者になったことも意外です。僕は自由研究がとても苦手でした。今だとインターネットで何を自由研究ネタにすればいいとか出てきますが、私の子ども時代は図書館頼みでした。みんな同じ本を見ているので、同級生のネタがかぶって仕方ありません。アゲハチョウやアリの成長過程を記録するというシブい自由研究をしていました。

――小学1,2年生の頃に描いた虫の絵を拝見しましたが、とても細かく観察されています。天才の片鱗を垣間見たような。

観察力の鋭い自由研究は、絵もよく描けている。

観察力の鋭い自由研究は、絵もよく描けている。

唯一、今に生きていることといえば、石のコレクションです。綺麗な石ころを河原で拾って集め、図鑑と見比べていました。それを思い出したのは環境問題や食糧問題に関心が芽生えた高校生の頃で、石ころのことならちょっと詳しいぞ!と。好きなことなら続けられると思ったのです。食糧問題は土と関係しており、石ころに詳しい自分なら土のこともすぐに理解できるはずと打算がありました(笑)。しかし大学へ進学して土の研究を始めると、これはそんなに安直な話ではないと気づき、ちゃんと勉強しなければと思い知りました。

――石ころ好きから土好きへ。どちらもナゾが詰まっていそうです。

土の研究も観察から始まります。専門家になろうとするとハードルが高いですが、研究者は何かを「知りたい」と思っている人なら誰でもなれます。研究というと、遺伝子や人工知能など、何かすごいことを調べないといけないふうに勝手に敷居をあげてしまいがちです。でも、研究のテーマは自由です。例えば、ミミズが雨降った後にコンクリートで干からびて死んでいますよね。あれは、なぜなのか?ある研究者は「酸素不足で土から出てくる」といい、またある研究者は「異性と出会いたいからだ」という。まだ結論は出ていないんです。「知りたい」と思うことと、「なんでだろう?」と考え続けられること。研究所や大学で職員にならないと研究ができないわけではなく、身近なところに研究の材料はあるものです。もちろんそれを深めようとすれば継続は必要で、調べ続ける覚悟は要ります。でも、科学する心をもって、「なんでこうなんだろう?」と、ああでもないこうでもないとステップを踏んで、楽しめて研究できれば一人前の研究者だと思います。

――日常に「なぜだろう?」はたくさんありますね。子育てにも生かされていますか?

保育園に通っているうちの娘は「男はレンジャー、女はプリキュア」という固定観念を持ちつつあって、それは根づかせまいと思っているところです。一方で、大きくなってから気軽に男子トイレに入られても困りますので(笑)、大事なところは押さえたい。世の中の常識として教えられることが、自由な思考を制約するのは嫌だなと。一方で、穴掘りや家庭菜園に同行させてしまっているので、どうしても偏った趣向になりそうで心配しています。穴掘りの技術ではなく、親が楽しくやっているところを伝えたいです。

――家庭菜園は研究の延長で上手に育てていますか?

土のプロは家庭菜園のプロと思われがちですが、そんなことはありません。これまでは長期出張のたびに野菜を枯らしてしまっていました。これがステイ・ホームになってから、かなり成功しています。これは収穫でした。最初は野菜嫌いの娘の食育にと思って始めた家庭菜園でしたが、水やりは楽しんでも結局食べてくれません(笑)。今育てているのは、かぼちゃ、じゃがいも、トマト、そら豆、スナップエンドウ、ピーマン、ほうれん草、キャベツ…すべてプランターで育ててます。ひと通り自分で育てて、失敗して、そこから学ぶという意味では研究と似ています。

好奇心を持ち続ければ、自分の世界は広がる。

――藤井さんは子どもの頃、習い事は何かされていましたか?

幼少期から興味のあることに没頭するインドア派。

幼少期から興味のあることに没頭するインドア派。

小学3年生から6年生の3年間習字に通いました。友達が通っていたお寺の習字教室へ「藤井は字が綺麗だから一緒に行かないか?」と誘われて。勝手に習字教室をやっているお寺に行って、親が慌てて後から手続きをしていました。姉のおさがりの真っ赤な習字道具入れを笑われることもありましたが、男の子用の黒色よりも赤色の方が好きでした。

――お寺の習字教室は風情があっていいですね。中学受験はされたのでしょうか?

中学受験はしませんでしたが、小学5年生から高校1年生まで学習塾へ通いました。なぜか通う塾が次々に潰れてしまい4つくらい梯子しました。田舎の小学校では賢い方でしたが、進学塾では成績は最下位でした。難関中学校を目指す子は難しい四則計算もスラスラ解けるのに、僕は間違えてばかりでした。それでも、別の世界を見られたのは楽しかった。最初は塾で最下位の落ちこぼれでしたが、予習する癖を少しずつ重ねて、勉強すれば成績が上がるのもわかったのが収穫でした。「勉強しなくても100点取れた!」という天才にはなれなくても、「100点は取れなかったけれど、勉強できた!」と思う気持ちを大事にしようと思っています。

――勉強するのが楽しいと感じられたことも、研究者としてのベースがありましたね。

転々と塾をさまよっていた時は友達もおらず、休み時間は宮沢賢治の小説を読んでいたら、裏で「ケンジくん」と呼ばれていました。その宮沢賢治も土の研究者だったのを後に知ったので、奇遇ですね。習い事という場所で、学校と違う世界が見えるのはすごく幸せでした。浪人時代に宗谷岬で流氷を待ち続けた塾の先生、授業をやめて世界の軍事情勢を語る先生など。学校とは違う世界があると知れました。子どもにだって親や学校の先生以外と触れ合う気分転換は大事です。親が子どもに何か教えようとすると、どうしても感情的になってしまう。ついつい隣の子と比べて、「どうしてうちの子はできないのか」といらだったり。子どもには、親以外の大人との触れ合いは必要だと思います。

――コロナ禍はもう少し続きそうですが、どんな姿勢で今年後半の活動をされる予定ですか?

コロナ禍によって、手つかずにほったらかしていた仕事の山積みが露見しました。動き続けていたら、さらにそれを山積みにすることになったので片付けようと思うことができました。できないことに目を向けると不幸になってしまう。「コロナのおかげでこれできた!」と言えることを増やしたい。コロナのおかげで家庭菜園が上達しました。もちろんインドネシアでもっと研究が進展するはずだった…けれど、できるだけそれは考えないようにしています。インドネシアに不毛な土があるように、家のプランターにも不毛な土がある。トマトやオクラがうまく実るようにするには?と好奇心を持ち続けていれば、自分の世界が広がっていくことに気づかせてもらいました。

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