家の中をぴょんぴょん歩き回り、つぶらな瞳がかわいいハエトリグモ。日本には100種類以上もいるのだとか。そのハエトリグモに魅了され、最新刊「ハエトリグモ ハンドブック」という図鑑を出版されたスグモ先生こと須黒達巳さん。なんと103種類も採集し撮影と解説をした渾身の一冊。徹底した研究魂に火が付くまでと、愛してやまないハエトリグモの視点から見えてくる自然界の不思議をじっくりお聞きしました。
須黒 達巳(すぐろ たつみ)
ハエトリグモ研究者。1989年生まれ、横浜市育ち。高校時代にハエトリグモに出会い、魅了される。筑波大学にてハエトリグモの研究で修士号を得たのち、日本産のハエトリグモの全種を採集・撮影することを目指しフリーターに。野外調査や標本同定のアルバイトで収入を得ながら、2年間ひたすらハエトリグモを追いかけた。現在は慶應義塾幼稚舎にて理科の教諭を務める。HP「ハエトリひろば」とそのTwitterアカウントを開設してハエトリグモの魅力を発信。著書に「世にも美しい瞳 ハエトリグモ」(ナツメ社)、最新刊は「ハエトリグモハンドブック」(文一総合出版)。
ハエトリグモは新種の宝庫。
――虫の中でもハエトリグモに目をつけたところがすごくユニーク!と思いましたが、今回新たに出版された図鑑を拝見して突き抜けた「クモ愛」を感じました。昔から虫好きで?
小さなころから虫、カエル、トカゲ、恐竜、怪獣…などがすごく好きで、理科部や生物部に所属していたわけではありませんが、趣味として自分の空いている時間を虫探しに費やしてきました。大学は研究の道に進みたいと思うようになって筑波大学生物学部へ進学。私がついた指導教官は「やりたいことがあれば、どんどんやりなさい」という方針で、持ち込みテーマを許容してくれる方でした。好き勝手に研究できたのはありがたかった。生物学部は同期が80名。そのうち2名がこの先生につき、もう一人はトンボの研究をやっていました。
――そもそもハエトリグモに着目されたきっかけは何だったのですか?
高校生の時、初めてデジカメを買って蝶を撮ったりして喜んでいました。そのうちオレンジ色のきれいなクモを見つけて衝撃をうけ、インターネットでハエトリグモの種類を調べてみたら、とても多くの種類がいることがわかった。2017年8月現在、日本で名前がついているハエトリグモは105種類。ちなみに私の図鑑には103種類載っています。ハエトリグモに興味を持ち始めた2006年当時は、名前のついていたのが90種ほど、さらに新種候補が数多く存在することがわかっていた。
――103種類!虫が嫌いな人は、泣いてしまいますが(笑)私も虫好きなのでコンパクトサイズの図鑑をもって森歩きしたくってワクワクします。
近くの空き地で探しても10種類ほど見つけました。沖縄とかに行くと明らかに当時の図鑑に載っていないようなのがうじゃうじゃ。地域によってかなり異なる種類が生息しています。ハエトリグモといっても、ハエを餌にするだけではない。木の上に住むものもいれば、草の根元や落ち葉の間に住むものもいて、住んでいる所が違うと餌も違う。落ち葉の下などにいる非常に小さな昆虫を食べる種類や、クモを好んで食べる種類もいます。
――クモって巣を張り巡らせて餌を捕獲するものだと勝手に思っていましたが、そうではないんですか?
一般にクモの巣と呼びますが、あれは“住むところ”ではなく”餌を捕るための道具“なので、クモの研究者は「クモの網」と呼びます。例えば森の中ならオニグモやジョロウグモの大きな網をみることができますが、あのような網を作らず、餌に直接飛び掛かって捕まえるクモもいます。ハエトリグモはそんなクモの仲間です。さっき挙げた「クモを食べる種類」は、他のクモの網に忍び込み、糸をツンツン引っ張って主をおびき出して捕まえる、というスゴ技をもっています。
安定志向を捨て図鑑づくりに全力投球。
――クモのことを知れば知るほど、なんだか人間社会の縮図みたいですね。図鑑にのっていないクモを見つけて、どうされましたか?
大学二年生の時、宮古島で見つけたクモが何か?をクモの研究者にメールで尋ねましたが「新種かもしれないが、標本がないと正確なところはわからない」という返事でした。それなら自分でクモに名前をつけてみよう!と思ったのがきっかけとなり、本格的に研究を始めました。新種に名前をつけるには、ほかのどの種類とも区別できるような特徴を押さえて論文を書きます。そうした手順を踏まえて晴れて新種と認定されます。僕が一番最初に名前をつけたのは「ミカヅキハエトリ」(ハエトリグモハンドブックP.41掲載)。黒い頭に黄白色のCの字型模様があり、夜空に輝く三日月を連想させます。その後も新種が次々に見つかり、論文を書き続けていたら「ハエトリグモの図鑑を出しませんか?」と編集者の方から声を掛けられました。
――何がどう巡るのかわかりませんね。好きなことに取り組み続けているエネルギーって、人にも伝わりますよね。
高校生の頃からハエトリグモの撮影をしては「これは何ですか?」とメールでお尋ねしていた方は、ハエトリグモのフォトギャラリーサイトの作者さんなのですが、実は図鑑の出版社と仕事をされているデザイナーの方でした。そうした経緯からハエトリグモの図鑑を出したいとなった時に、「須黒がいますよ」と伝えてくださった。それが大学院1年修士の終わり頃のことです。
――大学卒業してすぐ企業に勤めるのでなく、大学院まで進学して研究をされました。その先はどのように未来図を描かれていらしたのでしょう?
公務員か教員どちらかになろうと。かなり安定志向で、研究者は食い扶持が限られているので、このままこの道に進むのも不安がありました。周りの大人から、収入を得ることは大事と言われていたので、「安定した仕事」を志していましたが書籍企画を頂いたのは、すぐに公務員試験が控えていた時期。このまま公務員になって慣れない仕事の片手間で人生初の書籍に取り組むのは中途半端になる、と思いました。3.11の大震災もあった頃で「いつ死ぬかわからない人生で、安定を最優先事項にしていいのか?」「人生の価値観を周りに言われたことだけで決めていいのか?」といろいろ迷いながらも「今はこの図鑑に全力を出し切るのだ!」と決めて、大学院卒業後のその後2年間はフリーターになりました。
――すごくマジメに積極的選択をした感があって爽快です。この図鑑に凝縮されている内容から想像するとフリーター時代、どんな2年間をお過ごしになられた?
虫の野外調査という「環境調査」の仕事をしながら収入を得ては書籍企画に投じていました。「環境アセスメント」といって道路とかダムを造る時、山を切り崩す前に、地盤や水や生態系に至るまで、そこの環境調査をしなければなりません。例えば、鷹が巣を作るような場所なら開発はしないほうが良いということにもなります。こうした環境調査の仕事は国や地方自治体などさまざまなところで管轄されています。僕は、ある地域にどんな虫・どれだけいろいろな虫がいるかの調査に参加しており、採集調査や標本の同定などの作業をしていました。2年間で10団体以上と仕事しましたが、その合間にクモ採集の旅に出て、給料が入ったらすぐにそれが次の旅費に消え、貯蓄が最低506円なんてこともありました。飲食店でバイトする…のは、クモ採集のためまとまった休みが思うように取れないので、しませんでした。
生きている蜘蛛を採集し成長させて撮影。
――ところでスグモ先生は虫の図鑑が好きでしたか?習い事は何をされていました?
図鑑で文字を覚えたくらい舐めるように読んでいましたね。3つ上に兄がいますが、最初は兄にくっついて虫捕りに行っていました。でも虫捕りだけしていたわけではない。習い事は、幼稚園から中1まで10年ピアノ。小学校6年間はサッカー。水泳は小1~3、4年までの3~4年間やっていました。うちは両親とも理系で、父は工学系のシステムエンジニア。母は好奇心旺盛で虫も好きで、かなりおもしろがって一緒にアゲハの幼虫を飼ったりして。僕らが家を巣立ってからも育てているようなので本当に好きなのだと思います。母親が虫に抵抗がなかったのは僕にとっては幸いでした。お母さんが虫に抵抗あると、子どもが虫好きを貫くのが稀有なことになるので、母の影響は大きい。
――なるほど!お母さんの存在は大きいですね。では今回出版された図鑑のこだわりを教えてください。
たくさんありますが一つ目は、生きているクモを撮っていることです。クモの標本はアルコール漬けで、色がどんどん抜けてしまうので、生きている姿からかなりかけ離れてしまう。もしくは二酸化炭素のガスで10秒20秒麻酔をかけられますが、糸の切れた操り人形のようになってしまう。だから基本、捕獲したものを生きて動いているままA4サイズのプラスチックの板の上に放してカメラを構え撮影しました。103種類すべてそのように撮影しましたので、もう一度同じことをやるのはちょっと…無理ですね(笑)。
――まぁ、気が遠くなるような努力を!(笑)実寸サイズもページの端っこに載せてありますのでそれぞれ違うのがリアルに伝わります。
クモは脱皮をしながら成長します。図鑑に載せているのは特徴がハッキリしている親。汚れたり毛がはげたりしていない親を載せるために、あと一回脱皮したら親になるクモをわざと捕ってきて飼って脱皮させ、新品のきれいな親を用意し、さらにそれを一番かっこよく見える体型にするため餌をあげて多少太らせたりしました。ですから103種類すべて飼ったということです(笑)。種類にもよりますが親になるまで大体3か月から1年くらい掛かります。撮影後は標本にしました。
こだわりの二つ目は、見つけた場所からクモの種類がわかるように、場所別に候補をチェックでき、さらにそれぞれの種類の解説ページには「似ているのはどれで、どこで区別できるのか」を明記しました。これにより、名前を調べたい時にできるだけ正解にたどり着けるものを目指しました。これ案外ほかの図鑑ではやっていないので。
――最後に、自然に触れることやサマーキャンプなど子どもの習い事を考える親へ何かメッセージをお願いします。
わざわざ休日に「自然に浸りに行くぞ」と気合を入れなくても、その気になれば近くでいくらでも自然を感じることができます。僕の勤務する慶應義塾幼稚舎も都会にありながら300種類以上の虫が生息しています。自然はどこか遠くにあるものではなく、自分とつながっているもの。自分にとっての新発見はいくらでもある。まず、身近なところに目を向けてほしい。
親が一生懸命にやらせようとしても主役は子ども。やりなさいと言われたことに答えるだけの子はクリエイティブではなくなります。安全を与え過ぎないのが一番ではないでしょうか。
編集後記
――ありがとうございました!記事にできないこぼれ話がたくさんあり過ぎて、楽しくていっぱい笑えた取材でした。教育者というより研究者として熱心な先生の姿から、好きこそものの上手なれを思い出した次第です。仕事って自分が語れることで貢献できるのが一番素敵なことですし、まだお若いスグモ先生のご活躍が楽しみです!トークも楽しいのでまた機会を改めてお話しお聞きしたい~。
取材・文/マザール あべみちこ
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このページは株式会社ジェーピーツーワンが運営する「子供の習い事.net 『シリーズこの人に聞く!第139回』」から転載しています。
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