3月10日、日本のゴスペルの第一人者GONZAさんの歌声が聞かれると知って、大船渡の災害公営住宅の集会所に走った。ところが、前日の大雨で通行止めの道路が多くて、あちこち迂回してようやく到着したら、コンサートはちょうど終了したところ。
集会所から地域の人たちが出てくる。みんな笑顔だ、満足そうだ。そんな人たちの流れに逆行して集会所に入ると、仲良くしてもらっている集会所のリーダーのMちゃんが目を丸くした。「どうしたの、もう終わったよ。でもまあ、あべあべ(上がって)。はまってけらいん(はまっていきなさい)」
集会所に上がり込むと、GONZAさんとGONZAさんが連れて来たゴスペル隊の皆さんにカレーライスが振る舞われるところだった。
「まあ、いいからはまって」
辞退するなど許さないといった勢いだった。観念して(といっても内心はうれしい気持ちでいっぱい)、GONZAさんたちと同じテーブルについた。テーブルの回りには、集会所で何度も会った顔見知りの人たちの姿もある。みんな一様に笑顔なのだ。その笑顔を見ただけで、どんなにステキなコンサートだったのかが沁みてくる。聞きたかったなあと思っていたらカレーライスが運ばれてきた。気持ちを入れ替えて、感謝を込めて、両手を合わせて、いただきます!
おいしいカレーライスだった。前日からじっくり煮込んで、野菜なんてほとんどとろとろに融けた濃厚なカレーだった。
おかわりに席を立って台所の方に行くと、「ほら、こんななのよ」と1人の女性が炊飯器を開けて見せてくれた。炊飯器の中にはカレーのルー。炊飯器でじっくり煮詰めたから、こんなに美味しいカレーになったのよと彼女は笑った。
その彼女、とても上品で立ち居振る舞いもシュッとしている。そして僧服をまとっている。初めてお会いしたけれど、ちっともそんな感じがしない。すっととけ込めるような感じ。ズバッと言うけどとってもやさしいMちゃんにも通ずる。まるで今日のカレーライスのように、まろやかで平かな雰囲気。
近所のお寺の方なのかなと思っていたら、東京から立派な出で立ちのお坊さんが登場した。おつきあいがまだ浅くで私はよく存じ上げなかったのだが、震災後ずっとこの町のために心を砕いてこられたお坊さんたちなのだと知った。
お坊さんもテーブルについて一緒にカレーライスを食べる。たちまちお坊さんとGONZAさんたちが打ち解けていく。
とはいえGONZAさんたちは次の会場に向かわなければならない。
それではお坊さんたちのために、とGONZAさんがアメイジング・グレイスを歌いだす。ゴスペル隊、地域の人たち、支援の大学生たちで集会所はいっぱいで動きがとれないから、ゴスペル隊の中に混ざって立ったままアメイジング・グレイスを鑑賞することになった。
前からも隣からも後ろからもアメイジング・グレイスが響く。身体を楽器にするとはよく言ったものだ。歌うたくさんの身体の林の中に立って、リズムに合わせてゆっくりと揺れる歌う身体の林の中で歌を聴く。最高のコンサートだった。
感動の後は握手の嵐だ。次の会場に向かうGONZAさんたちのワゴン車に、手を振るお坊さんの右の手が、なんだかこういうことを言うのは失礼に当たるかもしれないが、可愛らしかった。
私の方はといえば、次の会場に走ってGONZAさんのゴスペル隊の追っかけをする積もりだったのだが、お坊さんたちと一緒に手を振ってGONZAさんたちを見送った流れのまま、法要に少しだけ参加させていただいた。
八回忌という言葉はないので、今回は八回目の法要ということになりますが、こうして大船渡で法要をつとめさせていただけることを有り難く思います。
そんなご挨拶とともにお念仏がはじまる。お念仏がゴスペルのように聞こえる。お坊さんの右手から蓮の花びらが散らされる。さっきゴスペル隊に手を振ったその右手が、大船渡の多くの御霊を慰める。
ゴスペル、カレーライス、お念仏。みんな思いは同じ。すべてがともに通じている。すべてが互いにつながっている。
お念仏されるお坊さんの前の祭壇には「邂逅」という言葉が彫り込まれた天然木が置かれている。いつもこの集会所に飾られているものだ。お念仏を聞いていると、文字がどんどん大きくなっていくように感じた。「邂逅」という、その意味を今日知った。
最終更新: