カメラで写した映像よりももっとずっとはかない。それでも肉眼では地球照の赤ははっきり見える。
もしかしたら、日蝕のときのように、消え行く最後にまばゆい輝きが見えるのではと期待してもいたのだが、残念ながら薄っすらと雪雲がかかってきたようだ。
赤い円形はほとんど見えなくなり、月の右肩の白い光だけが雲のベールを通して差し込んでくる。
月の右肩にかすかに残る光。それはやがて、カッターナイフの先端で穿った小さな穴から漏れる光のように心細くなっていく。
やがて、それもカメラに写らなくなった。肉眼にはかすかに、赤い円形が見えているのだが。
ドスン、ドスン…。月見をしている通りの両側の家の屋根から、まるで布団でも投げ落としているかのような大きな音を立てて、雪のかたまりが落ちてくる。身の危険を感じるほど。午後の日差しで緩んだ雪が寒気で凍って締まって落ちてきているのだろうか。あるいは、月蝕だからこその特別な現象なのか。あり得ないこととは知りながら、天体の異変を畏れている自分がいた。
そのとき電話が来た。「見てる、月食?」
続けて、
「こっちはさ、ちょうど赤い月が見えてるよ。なんか、なつかしいよね、『ハクション大魔王』の最終回」
言われて、はじめて、ジャジャジャジャァ〜ンって感じで笑った(もとは大魔王の決めゼリフ「呼ばれて、飛び出て、ジャジャジャァ〜ン」)。ギャグアニメだとばかり思っていた『ハクション大魔王』の最終回は、月蝕の日に大魔王と娘のアクビが壷に戻されることになり、それから100年は出てこれない、というまさかの設定。この世で仲良くなった友人たちは、魔王とアクビを壷に戻さないように手を尽くすのだが、けっきょくハクション大魔王とアクビ娘はこの世を去っていくというストーリーだった。
ちょっとさみしい気持ちにもなる。でも、消え行く月を見ているときに『ハクション大魔王』の話題が届いたのには和まされた。
カメラにはうまく写らなくても、赤い月は頭上にある。
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