しばらく見ることができなかった海

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のんきなことに、ここに来ると「きれいな海」とつぶやいてしまう。ここは高田高校仮設。津波で失われた校舎よりも高台にあった第2グラウンドにつくられた仮設団地。6年前の3月11日、たくさんの人が避難してきた場所。町が津波に吞み込まれていくのをなすすべもなく見るよりほかなかった場所。

それを知っていても、知識としては知っていても、海を見晴らすこの高台に立つと「ああきれいな海」と思ってしまう。この日もまた。

そのとき、後ろからSさんの声がした。

わたし、ここに逃げて来たんだよ。うち、このすぐ近くだったからね。そして自分の家が流されるのをここから見ていたんだ。

自分の家が流されるなんて。その様子を最初から最後までじっと見つめるほかなかったなんて。

Sさんは震災後、この場所に建てられた仮設住宅に入居した。そのこと自体おどろきだ。Sさんは言う。

わたしはいやだったんだけどね。夫がここでいいって言うからこの仮設に決めたんだ。でもね、しばらく海を見られなかったんだよ。

おしゃべり好きなSさんが言葉少なく、つぶやくように語る。返す言葉が見つからない。ただ言葉を噛み締める。

のんきなことに、いや愚かなことに、ここに来ると「きれいな海」と思ってしまう。しかし、この場所はたくさんの思いが、無念が、悲しみが、悔しさが宿る場所。流されたのは家や車ばかりではない。

それまでつぶやくように話していたSさんが、いつものように早口で付け加える。

でもね、ここの仮設に入って良かったんだ。たくさん友だちができたからね。仮設を出た後にもこうして付き合っていける仲間ができたんだからね。

Sさんはわたしの目を見てそう言った。

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