【シリーズ・この人に聞く!第100回】世界中の聖地を巡る写真家 稲田美織さん

kodonara

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NYで9.11同時多発テロを偶然目撃した稲田美織さん。それから約1年衝撃のあまり写真が撮れませんんでした。しかし、その後世界中の聖地を巡り、導かれるように訪れた伊勢に触発され、魂を取り戻していく過程を美しい写真と文章で直感的に綴られ、日本だけでなく今や世界各国で展覧会を開く写真家として活躍中です。世界中の聖地を巡った写真家が最後に辿り着いた「本物の日本」の魅力をじっくり語って頂きました。

稲田 美織(いなた みおり)

写真家。多摩美術大学油絵科卒業。一橋中学校にて美術教員を務めた後、NYを中心に活動。
ハーバード大学、NY工科大学はじめ、世界中で個展を開催。MOMAやイスラエル美術館でも展覧会に出品。偶然目撃した9.11同時多発テロに衝撃を受けて、以来世界中の聖地を巡り続ける。2006年から伊勢神宮を撮影しはじめ東京国立博物館の大神社展では写真を展示。著書に「聖地へ---神々の大地に祈る」(ランダムハウス講談社)、「水と森の聖地 伊勢神宮」(小学館文庫)、「伊勢神宮」(亜紀書房)がある。

 Miori Inata 稲田美織
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二千年続く伊勢神宮「式年遷宮」の意味。

――美織さんには8年前に別企画でお目に掛かってお久しぶりですが、当時からずっと伊勢神宮を撮影されていらっしゃいます。そこまで足しげく通われる伊勢に何があるのかを今日は少しでもお聞きできれば。

水と森の聖地、伊勢神宮

水と森の聖地、伊勢神宮

昨年は「式年遷宮のお祭り」の撮影で伊勢に住みながら撮影していました。私は9年前に伊勢神宮に出会いましたが、まだまだ奥深い伊勢は知らないことばかり。ですからまだ伊勢神宮の扉の前に立っている感じです。生命、季節、水、精神性、技術など森羅万象すべてのものは循環しています。循環によって、すべてはバランスを整え、調和に向かっていく。伊勢神宮は20年に一度の「式年遷宮」を通じて壮大な循環を見せていただいているような気がしています。

――それだけ伊勢神宮には日本の財産がぎっしり詰まっていて、語りつくせないほどの宝庫なのですね。

二千年続く伊勢神宮には、日本の素晴らしさ、日本精神の基本が詰まっています。しかも「循環可能型の社会」というキーワードがずっと根底にあったことに、私は驚愕しました。こういう歴史を子どもたちに伝えるために講演もします。子どもは日本の素晴らしさを意外と親から教えてもらっていない。自国を好きになり、誇れるようにならないと他国を認めることはできないですし、真の国際人にはなれません。他国の人は自国の神話もよく知っていて、とてもポジティブにそれを捉えているにもかかわらず、日本ではそういう面が欠けているのが勿体ないです。

――伊勢神宮の話を聞く子どもたちの反応はどうですか?

私が話す対象は10代後半の子がメインですが、こういうテーマは退屈かな?と思ったら、話し終えると涙を流して「日本に生まれてよかった」と感想を言ってくれます。私も日本人でありながら歴史の意味もわからず海外へ移住してしまい、年を重ねてから伊勢神宮と出会って日本の素晴らしさに目覚めました。そういうプロセスを子どもたちに率直に話すと、深く理解し目からうろこのようでやる気を出してくる。己を好きになることは基本だと思います。

――己を好きになること、イコール自国を愛することなのですね。

自分の周囲を大事にすることはすべてにつながっています。自分を大事にすれば他人も大事にできます。それができずに自虐的に己を捉えていて国際人になろうとしても、それはただ外国へ逃げているだけです。怒りとかネガティブな感情から始まっていることは行き詰まる。私たちが金髪にしても英語堪能になっても外人にはなれませんがコンプレックスをもつ必要はなく、日本人という核を縦糸とすれば、横糸は自分が出会うもの。ですから若い人にはもっと自分を好きになって、自国を愛するようになってほしいです。

偶然が重なり表現の手段が絵画から写真へ。

――美織さんは写真家になる前は中学校で美術の先生をなさっていて、幼少期から絵が大好きでした?

小学校卒業式のひとコマ。卒業文集には「アーティストになる」と宣言。

小学校卒業式のひとコマ。卒業文集には「アーティストになる」と宣言。

子どもの頃は朝霞市(埼玉県)で生まれ育って、小学校時代に東京へ引っ越してきました。一人で絵を描くのも好きでしたが、自然に囲まれた環境でしたから、野山を駆け巡るアウトドア派でした。縄文土器が出る畑が近所にあって、ザクザク掘り出しては縄目をうっとりと眺めて古代のロマンに浸っている変わった子どもでしたよ(笑)。好奇心旺盛で小学校低学年から習い事はピアノを始め高校生まで続けていました。絵も教室に通って描いていました。うちの家庭は特別に裕福ではありませんでしたが、私がやりたいと言ったことは何でもやらせてくれたんですね。

――絵を描くのが楽しくて仕方なかったのでは?

ある時、音楽は自分には向いていないなぁ…と思って辞めてしまいましたが、絵は何時間やっても疲れなかったし楽しかった。コンクールでもいくつか賞をいただきました。幼稚園である時ゾウがお題で、私は顔の正面から描きました。子どもってゾウは横からみた姿を描くのが多いようですが「このセンスは素晴らしい!」と絶賛されて。どんどん自信をつけて小学校卒業文集には「私はアーティストになる」と書いて、高校卒業後は迷わず美大へ進学しました。

――絵ではなく写真という手段で、現在は念願叶ってアーティストでいらっしゃいますが、写真家スタートは95年からということですが何がきっかけでしたか?

これにはいくつかの偶然が重なっています。NYへ渡って絵の勉強をしていた時、NYはまだ治安が悪くデッサン代わりに写真を撮っていたのです。当時どこにでもあるフィルムから現像するタイプのコンパクトカメラで。でも、そのデッサン代わりの写真をコンテストに出したら受賞して、それで絵ではなく写真という手段も表現としてはおもしろいかな、と思ったのです。一方で絵の他に陶芸もやっていて、またこれもコンクールで入賞して、バーニーズニューヨークのバイヤーに買っていただいたり、NYフォークアートミュージアムのギャラリーショップで販売していただいたりしたのですが、陶芸を続けるよりも自然と写真に傾いていったのです。

――さきほどから偶然とか自然と…という言葉が何度か上がっていますが、写真家を目指していたわけでなかったのですか?

気が付いたら写真を撮っていた…という感じでしょうか。それで友人と一緒にボストンへ行く用事があってついでだからハーバード大学の写真部門に写真を見せてみれば?とアドバイスを受けて、作品を持って事務局を訪ねました。それほど期待して行ったのではなくて、気軽な気持ちで訪問したら「この作品はフォトグラフィーコレクションのシニアキュレターが気にいるはず」と言ってもう一度アポを取り直して見せにきてほしい」と。それからそのシニアキュレターは作品を気に入ってくださって、トントン拍子に話は進んで1ヵ月間ハーバード大学で個展を開催しました。12~3点の写真を掲げて、テーマは「アメリカの原風景」でした。

伊勢には失っていた大事な物が埋まる、人生を賭けるものがある。

――一連のお話伺っていますと、何かに導かれている自然の流れがあります。NYへ移住され10年経った2001年に同時多発テロに遭遇されました。

伊勢神宮は桜の名所。宇治橋周辺のソメイヨシノを中心に陽光桜や神代桜が春を彩る。

伊勢神宮は桜の名所。宇治橋周辺のソメイヨシノを中心に陽光桜や神代桜が春を彩る。

同時多発テロを自宅アパートで目撃した時は、最初は火災か?と思っていましたが飛行機がビルに突っ込んでこれはただごとではない…と。目の前の現実が衝撃で呼吸することすらままならなかった。それからしばらく、生きることさえも辛くて、家に引きこもり、1年間は何も撮れませんでした。そんなある日、本屋でアメリカのサウスウエストの風景写真集を手に取りました。現代のアメリカ合衆国になる前のアメリカの原風景とネイティブアメリカンの聖地を写した写真集でした。直感的に一年間触ることも出来なかったカメラを持って彼の地へ飛んだのです。

――それが世界の聖地を巡るきっかけとなった最初の一歩となったのですね?

(著書「伊勢神宮」より一部抜粋)そこで見た水のある美しい風景や自然と一体になった聖地を巡る間に、体の中からエネルギーが泉のように湧いてきて、いつしか私は夢中でそれらの風景をカメラに収めていました。硬く凍りついていた心が、大自然のたおやかな力によって、どんどん解凍されていくかのようでした。世界中の神様は人々をどこに導こうとされているのか、この目と肌で感じたい…。
悲劇を嘆くばかりではなく、自分に何ができるかを考えてみた時に、亡くなった方々の分も自分ができることを精一杯やらなくてはと。

――そして世界の聖地を4年間撮影され、作品を東京・銀座で個展された際に、今度は「日本人なら伊勢神宮の式年遷宮を撮るべき」と勧めてくださる方がいらしたとか?

「調和の鍵」を求めてイスラエル、パレスチナ、トルコ、ギリシャ、アラブ首長国連邦、フランス、ウクライナ、カンボジア、チベット…と世界中の聖地を巡りました。日本人として出会えた伊勢神宮は、一歩足を踏み入れた途端何かが違うと感じました。「ありがとうございます。もし、何かできることがありましたら、どうぞ私の体を使ってください」と祈る自分がいました。それは、テロでビルが倒壊する時に神様に誓ったことでした。二千年の歴史を支える年間千五百回にも及ぶ祭典。そして千三百年にわたる式年遷宮の継承。すべてのものに神様が宿るとする私たちの感性は「人は自然に生かされている」ということを教えてくれます。伊勢神宮という存在は、人間が自然に寄り添い調和する究極の姿なのだと思います。それは、宗教というより、地球、宇宙の哲学のような気がしています。

――伊勢の神秘的な写真とそれらを表現されている文章は、いつの間にかこの地を美織さんと共に旅しているような気持ちになれます。では最後に、これからの日本を背負うティーンエイジャーへ何か言葉を贈って頂けますか?

自分を信じてやり続けること。第三者からの評価ではなく、自分がどう感じるか?です。自分を大切にしてほしい。それが周りを大切にすることにもつながります。今は情報が多く、それを追っていないと不安が募るのかもしれませんが『自分にしかできない自分の井戸』を掘っていただきたいと思います。そこには、水がどんどん湧いてきて、枯れることはありません。きっとそれはすべての人が持っている泉なのだと思います。

編集後記

――ありがとうございました!『自分を大切にすることは、周囲を大切にすることにつながる。そして自分を信じ続けることで、自分にしか掘れない井戸に泉が湧く』…なんと深い言葉でしょう。伊勢神宮の歴史は言葉にすると膨大ですが、まずは視覚からその素晴らしさを感じたいです。美織さんが届けてくださるのは、信じられないほど深く、色濃く、香りや音色すら感じる素晴らしい写真の数々。美しいものに触れると心身ともに浄化されます。ページを繰るたび、伊勢神宮の不思議なパワーも感じます。いつお会いしても元気で美しい美織さんですが、これからも益々のご活躍をお祈りしています!

取材・文/マザール あべみちこ

活動インフォメーション

奇跡に出逢える 世界の聖地
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稲田美織 著  小学館
定価 1,944円
発売日 2014年6月末

伊勢神宮 水のいのち、稲のいのち、木のいのち
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www.amazon.co.jp  

稲田美織 著  亜紀書房
定価 2,376円
発売日 2013年11月9日

20年に一度の「式年遷宮」を迎える今年の必読書 写真家・稲田美織が、感性に導かれるまま“撮り"、そして“書いた"。混迷を続ける社会、閉塞した精神に救いと癒しをもたらす究極のフォトブック。

水と森の聖地、伊勢神宮
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www.amazon.co.jp  

稲田美織 著  小学館文庫
定価 823円
発売日 2013年7月5日

ニューヨーク滞在中に目の前で同時多発テロを目撃し、衝撃のあまり写真を撮ることができなくなってしまった写真家・稲田美織。その後世界中の聖地を巡る旅を続け、最後に辿り着いた母なる国「日本」。導かれるように訪れた「伊勢神宮」を撮り続けることによって、世界に類を見ない「本物の日本」に気づかされる。その本質を美しい写真と文章で直感的に綴った一冊。「神様」とは何か。伊勢神宮が2000年の時をかけて、日本人そして人類に伝えようとしていることは何か。読んで、見て、感じさせてくれるオールカラーのヴィジュアル文庫。

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