【シリーズ・この人に聞く!第51回】中学受験システムに一石を投じる 瀬川 松子さん

kodonara

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昨冬、本屋で手にした「亡国の中学受験」はまさに中学受験を目前に控えた息子を持つ私にとって、ひじょうにタイムリーな一冊でした。中学受験は、高校や大学のそれと違う点が多々あります。そもそもなぜ少子化の時代にあえて私学を目指すのか?公立不信がもっともらしく語られるのは本当なのか?私立の中高一貫校へ進学すれば人生はバラ色になるような思想を真っ向なら批判しています。この壮大な受験ビジネスを俯瞰から眺めた瀬川さんに、その問題点とはどこにあるのか?のお話を伺ってみました。

瀬川 松子(せがわ まつこ)

1977年東京生まれ。お茶の水女子大学大学院博士後期課程に在籍中(専門は社会学ではない)。90年代より、四谷大塚系列の塾で中学受験生を指導。その後、複数の家庭教師会社に登録し、多くの中学受験家庭に派遣されるが、過剰な利益追求への疑問から、現在は個人で活動している。
『中学受験の失敗学』(光文社新書、2008年)では、中学受験に取り憑かれ、暴走の末疲れ果てる親を「ツカレ親」と名付け、大きな反響を呼んだ。尊敬する人は正岡子規。

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中学受験がおかしなことになっている!

――瀬川さんは一昨年、昨年と立て続けに本を出版されました。今回のインタビューでは2冊目の「亡国の中学受験」について特に伺いたいと思っておりますが、まだ瀬川さんの作品をお読みになってない方にもお伝えするために前作との違いをお話しいただけますか?

ノートの取り方も学力にあらわれる

ノートの取り方も学力にあらわれる

2冊とも中学受験をテーマにしていますが、全く視点が違うものです。
1冊目の「中学受験の失敗学」は、私自身の家庭教師としての経験を踏まえて書きました。現場では親の暴走でつぶれそうになる子どもを見てきましたから、親のエゴに対する怒りのようなものもありましたし、「がんばれば合格できる」のアドバイスにも疑問を感じていました。だから中学受験に直面している人に本当に役立つ本が書きたかった。
仕事柄、受験本と言われるものをけっこう読んできましたが、こんなにうまくいくわけがないと思う事例ばかりが載っていました。一番厄介なのは、ああいう本を読んで、そこに出てくる成功例を中学受験のスタンダードだと思ってしまうことです。一握りの成功例をモデルにしたら、うまくいかない方が普通です。だから「中学受験の失敗学」は、志望校全滅ケースを反面教師にする本にしたんです。そういう本はありませんでしたから、出版後は子育て雑誌の取材を受けることが多々ありました。
そこで、「なんか変だぞ」と思うことが重なったんですね。本では確かに暴走する親を問題視しましたが、親を煽る受験業界やメディアの問題も大きい。そのことを取材の度に訴えたのですが、掲載された記事を見ると、全て「親が悪い」で終わっているんです。2冊目の本は、そこで感じた疑問が出発点でした。

――暴走する親を煽るメディア。メディアの情報を素直に受けてしまうから、さらに暴走するということでしょうか。

「私立中高一貫校に行けばバラ色。公立は負け組」というアドバイスがあふれていれば、「何が何でも志望校に入らないと」と暴走する親が現れるのも不思議ではありません。中学受験アドバイスは、語り口はやさしいけれど強迫的な内容で、私立をひとくくりに礼賛して公立不信を必要以上に煽るものがほとんどです。でも、本当にそうなのか?そう言っておいた方が都合のいい人たちがそう言っているだけじゃないのか?教育委員会への報告義務のある公立の不祥事が表ざたになりやすいのに比べ、私立の負の情報は報道されにくいという側面があります。
実際は私立だからこそ表に出ないマイナス面がいっぱいあるのに。それに、公立不信を煽る受験本には、単純な嘘も見受けられます。たとえば今度の学習指導要領改訂では指導内容も授業時間も増えるのに、「授業時間は増えないから不安です」と書かれていたり。それがまかり通ってきたのは、批判自体が存在しなかったからでしょう。そこにあえてツッコミたいと考え、2冊目を上梓しました。

――本でも「中学受験のアドバイスの大半に指摘できるのは、それが利害当事者によって担われているということ。言い方を換えると、中立の立場から語られる言葉が、あまりに少ない」と述べられていますね。私立に対して甘く、公立に対して厳しいという瀬川さんのコメントも、共感できました。雑誌媒体では、いいように表現を換えられてしまうのは、そこに大きな利害が絡んでいるからという理由がありそうですね。結局、雑誌も私立を持ち上げた特集を組むと売れますから、中学受験をマスコミが煽っているように受け取られるのは困るのでしょう。

雑誌の場合、私だけではなく受験業界のお偉いさんのコメントも掲載されますから、私が言った内容は無難な表現に編集されてしまいます。そこには確かにメディアのからんだ利害の構図がありますよね。1冊目の本は、そういうアドバイスを発信する側の問題に十分に切り込めていませんでした。あれを「親バッシングの本」という人もいるでしょうし、そう読まれても仕方ない面があります。でも、現実には、親バッシングでは済まされない根の深い問題がある。それで2作目は、もっと幅を広げて書けたらと。

――中学受験がおかしなくなっているのは親だけの問題でなく、社会的な背景のシステムにあると言及されたのが2冊目なわけですね。中学受験システムにおける現在の問題点とはズバリ何だとお考えですか?

この質問は難しいですね。問題がありまくりなので(笑)。一つ挙げるとすれば、中学受験のアドバイスをする側に、公共性の意識が全くないことでしょうか。忘れられがちなことですが、中学受験は誰にでも可能な選択肢ではありません。現実には、公立中学に進む子どもの方が圧倒的に多いのに、「公立に行くと将来真っ暗」というのは、大半の子どもの将来を全否定しているのと同じです。本当に「公立に行くと将来真っ暗」なら、公立を良くしようと働きかけるのが自然な流れでしょう。そういう素振りも見せず、受験業界の人々が10年近く喜々として公立バッシングを続けてきたのは、公立不信を煽って中学受験を勧めるビジネスモデルが出来上がってしまっているからだと思います。一方で少子化ゆえに生徒集めに必死な一部の私立と業界の癒着の問題もあります。そういう根深い病根のようなものが背景にあって、ただ公立不信を煽るメッセージが発信され続けているのは大問題です。

「バラ色の私立中」は、幻想でしかない

――なるほど。さまざまな問題が合わさっていますね。そもそもなぜこんなに中学受験をする家庭が増えたのでしょう。私もその一人に加担しちゃっていたのかもしれませんけれど。うちは母子家庭なので決して裕福だから私立へというエリート意識も無いですし、東大を目指すほど頭脳明晰な子どもを育てているわけでもありません。息子自身がサッカーを6年間続けてできる環境で勉強したいという単純な理由から始まった中学受験で、公立小・中・高で育ってきた私は「私立に何があるの?」と、さんざん息子と話し合ってきました。確かに環境設備面ではお金が掛かっているし、理念も立派な学校が多い。一方で大手進学塾に子どもを通わせる家庭の大多数は経済的に安定している。富裕層=私立中高一貫校という構図があるのかもしれませんが、そこには「なぜ私立中学を受験するのか?」という動機が曖昧になっているような気がしてならない。親自身、どんな生き方をしてきたの?と聞きたくなってしまうほど、情報に踊らされている人もいます。

願い事が叶うと片目に目玉を入れる

願い事が叶うと片目に目玉を入れる

色んな要因があると思いますが、中学受験ブームが過熱した背景に、ゆとり教育批判や公立不信とセットになった私立中高一貫校幻想があるのは確かでしょう。
中学受験で暴走する親御さんに限って、そういう情報を鵜呑みにしてしまっている印象もあります。確かに、私立には建学の理念があって、問題のある教師や生徒を辞めさせることができるというのはその通りです。しかし、だから全ての私立が公立よりいいと言うのは、あまりに現実を知らな過ぎる。
たとえば最近では、進学校化を掲げて学校改革をする学校がありますね。
「今年からうちは進学校になります」と。全てがそうとは言いませんが、そういう学校では、無理な先取り授業で置きざりにされたり、それについていくため塾や家庭教師漬けの生活になったりという悲劇が起こっています。改革の発表からわずか一年で「やっぱやめた」という学校もありましたし、学校のあり方に疑問を投げかけた教師や生徒が辞めさせられたケースもあります。つまり、問題は、これまで私立の良さと言われてきたところで起こっているんです。そういう現実がきちんと伝えられて中学受験が勧められているならいいのですが、そうではないところに中学受験ブームのおかしさがあるように思います。

――第一志望に合格しても、通ってみたら皆学力が高くて授業に付いてゆけずに不登校になるとか、校風にどうしても合わず……などの理由で公立中へ転校するケースが増えているようですね。これも中学受験の歪みでしょうか。

中学受験の準備が始まるのは一般的に小4になる春休みから(※写真はイメージでモデルは本文内容と関係ありません)

中学受験の準備が始まるのは一般的に小4になる春休みから(※写真はイメージでモデルは本文内容と関係ありません)

経済的な理由でなく中途退学するケースが増えていることは、東京都の公立中学の校長会がデータをもとに問題視していましたね。そういうデータはなかなか公表されません。最近では私立大学の情報公開が徹底されてきていますから、私立中高一貫校もそうあるべきじゃないでしょうか。そうすれば、「公立が悪くて私立がいい」ではなく、問題を抱える私立と、本当にいい私立があるということがはっきりすると思います。

――公立vs私立のような構図もおかしいですし、公立を批判するところから私立を目指すのはやめませんか?という提言も含めて「亡国の中学受験」をお書きになっていらっしゃるので、とても中立的な俯瞰の立場で中学受験を語られていますね。本当におもしろくて、F学園とかA学園とかあの学校のことでは??という話がいっぱいありました。そういう具体性とかリアリティが読者を惹きつけている一因では。

そうかもしれませんね。私が取り上げたような事例は、めずらしくもなんともない、前から噂になっていたことですから。「ああやっぱり」と思われる方は多いと思います。
意外だったのは、実際私立中高一貫校の教壇に立っている先生たちから好意的な声が寄せられたことでした。みんながみんなイエスマンじゃないですから、現場でも、私と同じような疑問を感じている先生はいるんですね。

――親のみならず、教育現場に携わっている教師にも読まれているほどおもしろいわけですね。ちなみに問題を抱えている私立の見分け方などはあるのでしょうか。

中学受験生をお持ちの親御さんが一番気になるのはそこですよね。私が見聞きしてきた限りで、ある年から急に「これから伸びる学校」と騒がれ出し、ほうぼうに広告が掲載されたり、「今年はこの学校がおすすめなのでみなさん受けましょう」と勧められるような学校には、逆に慎重になった方がいいように思います。
考えても見てください。「これから伸びる」かどうかは入った生徒次第なのに、どうしてそんなこと断言できるんでしょう。それから、先生の離職率の高い学校も要注意です。
なかなかつかみにくい情報とは思いますが。

中学受験ブームを斜めから見てみよう

――私が一番心に響いた言葉は、瀬川さんの著書の最後のほうに書かれていらした「子どもがいつ伸びを見せるか、いつが学びに適した時期であるかは、子どもによって異なっている。中学受験をしないと、あるいは中学受験の世界で成功しないと、希望がないということでは、決してない。システムの外側に、解決策があるかもしれないということ。そして、システムというものが、あくまで人為的に作られたものであるということ。それを忘れてしまうと、何の意味もない時間と労力を費やした挙句、悲劇を買わされて終わってしまう。」この一文です。その通りだと思います。

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