【シリーズ・この人に聞く!第11回】絵本作家 スズキコージさんが放つ 夢中のオーラ

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曼荼羅を彷彿させるような、自由奔放さと濃厚な色彩。絵本作家のスズキコージさんは全国各地で子ども対象のワークショップも精力的にこなしていらっしゃいます。ワイルドな外見からはイメージできない実年齢。これほどエネルギッシュな絵をなぜ描き続けられるのでしょう。作品にこめられたスズキさんのユニークな人生をお聞きしました。

スズキ コージ(すずき こうじ)

1948年2月28日 静岡県浜北市生まれ。
物心がついた頃から絵を描き始めて現在に至る。
1987年に「エンソくん きしゃにのる」(福音館書店)で小学館絵画賞、1988年「ガラスめだまときんのつののやぎ」(福音館書店)&1989年「やまのディスコ」(架空社)で絵本にっぽん賞、2004年「 おばけドライブ」(ビリケン出版)で 第35回講談社出版文化賞絵本賞を受賞。 創作絵本、画集、マンガ、映画や演劇のポスター、舞台装置や衣装、店の看板やマッチ箱、壁画など、その才能は止まるところを知らず、多くのマニアなファンを持つ。近年は自ら出演もするライブもこなし、好評を博している。東京都在住だが落ち着くことはなく、中南米、東南アジア、東欧などを行ったり来たりその幅広い活躍にはまだまだ目が離せない。別名『コージズキン』。

 スズキコージ公認ホームページ「ZUKING」はこちら
www.zuking.com  

ヤギの乳を飲んで育った小柄な少年時代

180センチくらいある長身のスズキさんの倍サイズのアンデルセン・ワールドは圧巻。描いている間はご飯を食べるのも忘れてしまうのだそう
180センチくらいある長身のスズキさんの倍サイズのアンデルセン・ワールドは圧巻。描いている間はご飯を食べるのも忘れてしまうのだそう

――スズキさんの絵には、絵本の中だけでおさまりきらないエネルギーがありますね。その表現の源にあるものって一体何でしょう。そんなお話を今日はじっくりお聞きしたいと思って参りました。まず、幼少時のお話を聞かせていただけますか?

僕は、戦後の復興期でベビーブームと呼ばれる時代に静岡県浜松市で育ちました。60人1クラスが1学年6クラスあって、車もまだそれほど走っていなかったから、至る所に遊び場所がありました。僕の母は病弱な人で、上に兄、下に双子の妹がいたのだけど、早死にしましてね。お乳も僕はヤギの乳を飲んで育ったんですよ。とにかく絵が好きで、描いていればご機嫌な子どもでした。右手にクレヨンをもって生まれてきたのだと思っています。

――たくさん子どもがいる中で、スズキさんはどんな存在でした?

小さくて黒くて痩せっぽちな子でした。背が伸びたのは高校生くらいの時、一気にね。貧乏だったけれど、よその家も同じような環境でした。当時の子は得意技が何かしらありましたね。それって素晴らしいことだったんじゃないかな。僕はね、勉強も運動もカラッキシ駄目でした。教科書の空白は全部絵で埋め尽くしていましたね。そんな子でも外で暗くなるまで遊んでいました。

――長身のスズキさんからは小柄だったなんて想像できませんね。学校を卒業する頃には、もう絵本作家になろうと思われていましたか。

高校卒業後に京都の染め物問屋に弟子入りの仕事をやらないかの話があったんだけど、厳しそうなので断りました。それから上京して、赤坂の高級割烹料理屋で住み込みで勤めたんです。何しろ電話が鳴っても出るのが怖くて、屋根裏で震えながら布団かぶっていました(笑)。その当時、18歳頃が一番冴え渡っていました。アイデアが浮かんできて、頭のてっぺんが傘のように割れて絵を描き始めました。

描いているのはなく、神様に描かされている?!

2006.9.9~18に開催した高崎市内のギャラリーにて。描いた絵をこうして眺めながら、次の絵の発想が湧いてくるのかもしれない
2006.9.9~18に開催した高崎市内のギャラリーにて。描いた絵をこうして眺めながら、次の絵の発想が湧いてくるのかもしれない

――割烹の調理場でお勤め後、画家としてデビューされたのですか。

母方の兄弟にあたる叔父さんが当時平凡パンチの編集者でして、堀内誠一さんという有名なアートディレクターと知り合いで、運よく僕の絵に目を留めてくれた。それで僕の絵が、今の『anan』の前身誌『平凡パンチ』女性版の中でイラストが起用されたのが一番最初。でも、デビューといえるかな……それで食っていけたわけではないから。その後も1~2年に1冊絵本の仕事に関わりながらアルバイト生活でした。絵を描くとお腹がすいているのも忘れて没頭しちゃう。絵は50年以上描き続けている僕にとって、衣食住と同じ。湧き上がってくるから描くんです。

――スズキさんのワークショップに先日私も見学させていただきましたが、まさに湧き上がって手が動いている感じがしました。絵だけでなく切り絵や工作もお得意ですよね。こうした催しは全国で?

毎月各地で開催しています。ワークショップのことを『同時多発アート』と呼んでいます。うまく創る必要なんてないんですよ。夢中で創るという時間や空気を共有するのが大切なわけで。万国旗やお面を作って、パレードしたり。最後に紙ふぶき吹いたり。創作した最後に、何かのアクションをするのはお約束です。

――楽しかった!という思いを胸にして皆、ご機嫌で帰途につくわけですね。スズキさんはワークショップで講師役でしたが、教えるという感じではないですよね。一緒に楽しんでいる……もっといえば、率先して楽しんでいるというか。

大人が熱中するものがあると、子どもはわかるものじゃないですか。僕は目を瞑って描いている。描かされているといったほうがいいかな。写実ではなくて想像でね。僕が子どもたちに何か教えこまなくても、皆自分で考えて見よう見まねで創りますよ。

干渉しない父親と同じ方向に進む子たち。

――スズキさんご自身のお子さんにもそういう方針でした?あんまり干渉せずに親の背中を見せつつ見守るというか。

いやいや、子どものことはお母さんに任せきりで何も知りませんでした。僕は普通の家庭で日常生活を営むのが不得意で、結婚も2度……今は独居生活です。上から33歳の長女、25歳の二女、20歳の長男と子どもは3人います。長女はデザインの道に進みましたが、二女はもうすぐ赤ん坊が産まれて母親になります。末の息子が今、ロンドンへ絵の勉強をしに留学中です。この仕送りが大変です!

――やはり絵やデザインの方面へ進まれるのはDNAなんでしょうね。

わかりません。僕はお金をかけずにここまできた。東京芸大や武蔵美なんかの授業をモグリで受けたことがありましたけれど。絵の道といっても、僕の歩んできた道と彼らとは全然違いますから。

――ところでスズキさんは子どもの頃、本をたくさん読んでいましたか?どんな本が好きでしたか?

漫画ですね。「冒険王」「鉄腕アトム」「赤銅鈴乃介」など夢中で読んでいました。洋書の絵本、蔵書がたくさんあって素晴らしいと感動した覚えがありますね。

――色々とご活躍ですが、これからのご予定は?

浜松と三島の美術館で300点ほど絵を並べた展覧会を開催します。絵本の絵も展示します。絵本は今年の新作として「ブンブンバチン」(教育画劇)、「ガッタンゴットン」(平凡社)を刊行しました。12月11日~24日はスズキコージのガッタンゴットン展を四ッ谷三丁目で開催します。劇団のチラシなども手がけています。見にいらしてください。

編集後記

――ありがとうございました。
インタビューはスズキさんのアトリエにお邪魔してお話をうかがいました。手土産に青山で一番おいしいと私が思っている焼き菓子を差し上げたのですが、中身のお菓子より、新しい箱をゲットしたことに目を輝かせていたのが印象的でした。箱にスズキコージ流のペインティングを施して、素晴らしい玉手箱になったボックスがいくつもアトリエに……とにかくおもしろい。すごいのは絵に限ったことではありません。ぜひ作品をご覧いただきたい。これからもスズキさんの作品を楽しみにしています。

取材・文/マザール あべみちこ

活動インフォメーション

■イベント

スズキコージのガッタンゴットン展
会 期 :12月11日(月)~24日(日) 11時~19時(最終日は17時まで)
会 場 :ゑいじう
〒160-0007
新宿区荒木町22-38
折りたたみ絵本「ブンブンバチン」原画も展示
恒例その場描き干支絵「猪・いのしし」同時開催

■ショップ

ネコヤナギジムショを中心に各業界の方々が制作したグッズを販売しています。
制作数が少ないので在庫限りです。
ご注文されても、行き違いで在庫切れの場合もございますのでご了承ください。
実際に商品がご覧になりたい方はコージズキン展覧会場にお越しいただくか、 トムズボックスなどの数少ない店鋪販売でご覧になってください。

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