今回は「虔十公園林」というお話です。名前は難しそうですが、深い優しさをたたえた物語です。虔十は人の名前。作品名は「けんじゅうこうえんりん」と読みます。
物語の最初はこの一文から始まります。
虔十はいつも縄の帯をしめてわらって杜の中や畑の間をゆっくりあるいているのでした。
雨の中の藪を見ても、空をとぶ鷹を見つけても虔十はよろこんで笑うのです。
けれどもあんまり子供らが虔十をばかにして笑うものですから虔十はだんだん笑わないふりをするようになりました。
それでもどうしても笑いたくなってしまって、虔十は笑うときに口の横をさも痒そうに指でこすりながら、はあはあ息だけで笑ったりもするのです。そんな虔十には、こんな一面もありました。
おっかさんに云いつけられると虔十は水を五百杯でも汲みました。一日一杯畑の草もとりました。けれども虔十のおっかさんもおとうさんも仲々そんなことを虔十に云いつけようとはしませんでした。
一度始めたらしっかり最後まで一心不乱に仕事をするのです。うん、たしかにそういう性格の人っていますよね。そんな虔十はある日、お母さんにおねだりをします。それは虔十にしてはとても珍しいことなのでした。
「お母、おらさ杉苗七百本、買って呉ろ。」
虔十のおっかさんはきらきらの三本鍬を動かすのをやめてじっと虔十の顔を見て云いました。
「杉苗七百ど、どごさ植ぇらぃ。」
「家のうしろの野原さ。」
そのとき虔十の兄さんが云いました。
「虔十、あそごは杉植ぇでも成長らなぃ処だ。それより少し田でも打って助けろ。」
虔十はきまり悪そうにもじもじして下を向いてしまいました。
すると虔十のお父さんが向うで汗を拭きながらからだを延ばして
「買ってやれ、買ってやれ。虔十ぁ今まで何一つだて頼んだごとぁ無ぃがったもの。買ってやれ。」と云いましたので虔十のお母さんも安心したように笑いました。
それから虔十は杉の世話を始めます。といってもどうやって世話をすればいいのかわからないのです。それに兄さんが言ったとおり、その土地は杉の木が育つのにはあまり適した場所ではなかったようです。7年たっても8年たっても3メートルに届かないほどの背丈にしかなりませんでした。
ある日、虔十にひとりの百姓が冗談で言いました。「あの杉は、枝打ちをしないのか」
「おおい、虔十。あの杉ぁ枝打ぢさなぃのか。」
「枝打ぢていうのは何だぃ。」
「枝打ぢつのは下の方の枝山刀で落すのさ。」
「おらも枝打ぢするべがな。」
虔十は走って行って山刀を持って来ました。
水を五百杯でも汲む虔十です。一日一杯畑の草とりをする虔十です。夕方には杉の木の上の方に3、4本枝を残すだけで、あとはすっかり払い落としていました。あんまりすっかり切り落としてしまった杉林を見て、虔十は胸が痛くなったほどでした。そこに虔十のお兄さんが通りかかって、すっかり変わってしまった杉の姿をみて笑いました。けれどもお兄さんは、焚き付けにする木がたくさんできてよかったな。林も立派になったぞと声を掛けたのでした。
翌日、杉林に驚くようなことが起きました。
愕ろいたことは学校帰りの子供らが五十人も集って一列になって歩調をそろえてその杉の木の間を行進しているのでした。
全く杉の列はどこを通っても並木道のようでした。それに青い服を着たような杉の木の方も列を組んであるいているように見えるのですから子供らのよろこび加減と云ったらとてもありません、みんな顔をまっ赤にしてもずのように叫んで杉の列の間を歩いているのでした。
その杉の列には、東京街道ロシヤ街道それから西洋街道というようにずんずん名前がついて行きました。
虔十もよろこんで杉のこっちにかくれながら口を大きくあいてはあはあ笑いました。
子供たちは次の日もやって来ました。毎日毎日、それから何年も先まで虔十の林に集まっては楽しそうに笑い声を立てて遊びました。
何年も何年もの時が流れました。虔十がいなくなった後にも、虔十の林は残り、小学校の子供たちが集まることも変わりませんでした。
何年も何年もの時が流れた後、アメリカのある大学で教授をしている若い博士が久しぶりに故郷に帰ってきました。彼は小学校の校長先生に杉林のことを尋ねます。子供たちが気兼ねなく遊んでいる場所なので、若い博士はてっきり学校の地続きだと思い込んでいたようです。しかし、虔十の父親の言葉を校長先生から紹介されて虔十のことを思い出し、つぶやくように言うのでした。
ああ全くたれがかしこくたれが賢くないかはわかりません。
写真は花巻駅前にある「風の鳴る林」というモニュメントです。虔十公園林がどこにあったのか、あるいは今もどこかにあるのかは分かりません。花巻市内の小学校に虔十公園林を記念する碑は設置されているようですが、虔十にゆかりの地というのはどうもはっきりしないのです。そのせいもあって、私には駅前に立つ「風の鳴る林」が虔十公園林を象ったもののように思えてならないのです。
いえ、虔十は自然の象徴のような存在です。彼のはあはあいう笑い声は、前回紹介した狼森の話で登場する、森たちや岩手山の声とよく似たような響きがあるように聞こえます。人は言葉をあやつって、まるで立派に合理的に生きているように見えますし、それが苦手な虔十のような人をバカにしたりもするものですが、合理というのは人がつくった理屈に合っているということでしかなく、その先に踏み込むことは至難なのです。虔十ははあはあと笑いながら見事に先の先まで行ってしまいます。
虔十公園林は、短い物語です。虔十公園林には、ここで紹介しなかった人物も登場します。ぜひ全編をお読みいただいて、虔十の声をいっしょに聞いてほしいと思います。
どうしよう、この言葉を紹介するのがいいことなのかどうなのか、自分にはよくわからないのですが、とても美しいので引用することにします。物語の最後の一文です。
そして林は虔十の居た時の通り雨が降ってはすき徹る冷たい雫をみじかい草にポタリポタリと落しお日さまが輝いては新らしい奇麗な空気をさわやかにはき出すのでした。
JR花巻駅前「風の鳴る林」
虔十という名は、「KENJU」つまり賢治をもじったものなのではないかという人もあるようです。
よろしければ、こちらもどうぞ。
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