初夏、禁伐の森を歩く ~函南原生林 [後編]~

sKenji

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前回の話

 【ぽたるページ】初夏、禁伐の森を歩く ~函南原生林 [前編]~ - By sKenji - ぽたる
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原生の森公園側入口から、禁伐の森へ

禁伐の森へ
禁伐の森へ

原生の森公園側入口は、公園北側にある。

入口には、原生林との境を示しているかのように幅1mほどの水の流れがあり、その上には小橋がかかっている。脇には、立ち入る者を戒めるかのように「不伐の森」と書かれた石碑が立っていた。ぼくは、小さな橋を渡り、先祖代々守られてきたという聖域に足を踏み入れた。

原生林に入ると、森の様相の変化に気づく。それまでは、植林されたものとあきらかにわかる針葉樹が、規則正しく生えていたのだが、原生の森では植物の密度が増し、さまざまな種類の草木が無秩序に生えている。

森のあちらこちらから、鳥のさえずりが聞こえてくる。時折、風が吹き抜けると、木の葉のざわめきが聞こえる。音がする方を見上げてみる。木々が高い。葉は、夏の始まりを告げる瑞々しい色をしていた。

禁伐の森を歩く

原生林に入り、少し行くと、森を周回するように作られた観察路にぶつかる。僕は、周回路を反時計回りで歩くことにした。

森の中を歩いていると、様々なことに気く。まず、気になったのが、木の幹にできた不思議なコブである。大きさは、サッカーボール2、3個分ほどのコブもあれば、直径1m位のものもある。目線と同じくらいの場所にコブがある木もあれば、10m近い高さにあるものもあった。なぜ木にコブがあるのか。不思議でならなかった。

帰宅して調べてみると、恐らく「根頭癌腫病 (こんとうがんしゅびょう)」という、木の腫瘍であることを知った。根頭癌腫病は、アグロバクテリウム・ツメファシエンスという、細菌性の病原菌によって引き起こされる病気だそうだ。舌をかみそうな名前を持つこの細菌は、土壌の中に潜んでおり、植物の根や茎の傷口から入り込むと、驚くべきことに、植物の細胞に自分の遺伝子の一部を組み込むそうだ。遺伝子を組みこまれた植物は、植物ホルモンの合成が正常にできなくなり、その結果、異常な細胞増殖が起って、腫瘍を形成するそうである。木もやはり人間と同じ生き物。ガンにかかるようである。

ちなみに植物の遺伝子に自分の遺伝子を組み込む特性を持ったこの細菌は、バイオテクノロジーで活用され、植物の遺伝子組み換えなどで使われているそうである。

葉は生い茂っており、コブ以外は普通の木に見える。
葉は生い茂っており、コブ以外は普通の木に見える。
大きさは様々だが、これはサッカーボール2~3つ分位。
大きさは様々だが、これはサッカーボール2~3つ分位。

森では、いたるところに木が倒れていた。推定樹齢400年のブナ科のアカガシも倒れており、その上には、新しい小さな命が芽生えていた。倒木更新(とうぼくこうしん)と呼ばれるもので、倒れた古木を礎にして、新たな世代の木が育つ現象であり、森に生える木々の営みのひとつである。主に針葉樹でみられるそうなのだが、ブナでも倒木更新が行われるという。

函南原生林では、毎年、大きな木が風、落雷などにより枯れていくそうだ。しかし、その代わりに、また新しい植物が生えて、林を形成していくのだという。

推定樹齢400年のアカガシの巨木。
推定樹齢400年のアカガシの巨木。
倒れたアカガシの上には、新しい木が生えていた。
倒れたアカガシの上には、新しい木が生えていた。

歩いていると、幹がぽっかりと口を開いたような木があった。その樹木の根元をのぞいてみると・・・

地面が見える・・・
地面が見える・・・

地面が見えた・・・。まるで、くり抜かれたかのように、幹の根元付近が空洞になっている。空洞部分の木の厚さは、2~3cm程度。枯死していると思うかもしれないが、見上げてみると、

力強く緑の葉を生い茂らせている。
上部だけ見ると、まわりにある木と、さほど変わりがないように見える。たくましい生命力だ。「ただただ、必死に生きようとする」生物が持つ本質を垣間見たような気がした。

バネ状のロープでプレートがつけられている。

バネ状のロープでプレートがつけられている。

森とは関係のない人工物ではあるが、感心したものがあった。樹木につけられているプレートである。観察路沿いの木には、その名称が書かれたプラスチック製の札が取り付けられたものも多く、それらは全てバネ状のロープで取りつけられている。 以前、針金で札を付けられている木を見たことがあったのだが、木の成長により、針金が幹に食い込み、木の悲鳴が聞こえてきそうなほど、痛々しかった。バネならば成長に合わせて変化する。

函南原生林で最大の見どころと言われているのが、推定樹齢700年のアカガシの巨木である。

この原生林のヌシのような存在であり、その大きさは、幹周り6.0m、樹高20m、根回りが13.3mもある。枝張りは、東へ20m、西へ6m、南へ16m、北へ11.4mとなっている。幹周り6mという太さは、大人3~4人が手をつないだほどのものである。

700年前と言えば、時は鎌倉時代。いくつもの時代を生き抜いてきた風格を備えた巨樹である。

推定樹齢700年のアカガシ
推定樹齢700年のアカガシ

日本一のブナの巨木は・・・

かつて、函南原生林には推定樹齢700年と言われる、日本一のブナの巨木があったという。幹回り6.35m、樹高24.0mの巨樹であったが、現在、その姿はなく、かつてブナがあった場所には、1枚の看板が立てられており、次のように書かれていた。

函南原生林は、江戸時代から地域の農民が掟を定め、来光川源流部の水源の森として厳しく伐採並びに入山が禁止され、先祖代々保護されてきた。このため林内にはブナやアカガシ、ヒメシャラなどの巨樹が数多く見られ、このブナはその中でも最大のブナとして注目されてきた。
昭和63年度環境庁(現環境省)が第4回自然環境保全基礎調査(通称緑の国勢調査)の一環として初めて全国的な巨樹、巨木林の調査を実施した際、日本一のブナと認定され一躍世間の注目を集め、新聞やテレビ等で報道されたので訪れる人々が急増した。このため根元まで下草や灌木までも消失し、急遽木製の柵を設置し、更に観察台も設置した。しかし、年々樹勢が衰え、樹木医の診断により、幹の空洞部の腐朽防止、枝と枝をワイヤーを繋ぐ対策等を施したが台風等により枝の落下も進み、ついに平成17年6月18日から19日にかけて根元から崩れ倒木した。

函南原生林に設置された看板より、一部抜粋

帰り際に・・・

日が傾き始めたころ、原生林をでて、ふたたび公園に戻った。近くに展望台があり、登ってみると、少しかすみかかった富士山と駿河湾が見えた。

展望台でボォーとしながら、自分が住む町に、このような巨木が生える手付かずの森があったことに驚きを感じていた。以前、世界遺産のブナの森や巨樹を見たくて、はるばる青森県境にある白神山地や鹿児島県の屋久島まで行ったことを思いだした。当時、今とは別の場所に住んではいたものの、同じように豊かな自然を残した森が近くにもあった。なんでも、日本は、国土に占める森林の割合が世界で3番目の森の国でもあるそうだ。

展望台から降り、帰ろうかとすると、
「カッカッカッカッ」という、リズミカルな音が聞こえてきた。
キツツキが巣を作っているようだった。

最終更新:

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  • O

    onagawa986

    目に優しい爽やかな木々のグリーン!森に出かけたくなりました♪

    • S

      sKenji

      東北もいよいよ新緑シーズンですね!ぜひ、森へ。わたしも、今月末に東北の森を歩きたいと思います!